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第1章 幼年期からの始まり
その17 過去・現在・そして未来と約束を
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17
おれは21世紀の地球、日本に生きていたことを思い出した。
名前は、並河泰三。
横浜で、先祖代々の家業である貿易会社を経営していた。
初恋の女性、沙織と結婚して、娘を授かり、香織と名付けた。
幸福に暮らしていた。
だが、娘が高校一年のときに妻が他界した。
病名は不明、眠るように息を引き取った。
後悔した。もっと家族での時間を持てば良かったと思いながらも妻を失った哀しみから逃避するように仕事に打ち込んだ。そして香織が止めるのも聞かずに出張のために乗った飛行機が落ちて、死んだ。
……そこまで思い出して。ゆっくりと目を開けた。
全てが純白に染め上げられた、白き精霊の森。
目の前には、少女の姿をした沙織がいた。
七、八歳くらいだろうか。
歩み寄り、手を差し伸べたとき。
自分自身もまた、沙織と同じくらいに幼くなっていることに気づき。
記憶がフラッシュバックする。
過去・現在・そして遠い未来の予感めいたものが……
!!!!!
そうだ。『おれ』は、青竜様の従者。
コマラパ!
やっと思い出した!
今生での母親の顔。
黒い髪と浅黒い肌、白い歯が美しかった、母さんの名前はセーア。
太陽神の息子と言われていた、部族の長と、太陽神に仕える巫女であるセーア母さんの間に生まれた子供、ティトゥ。
おれの部族では『生贄』は、神様への使いとして選ばれた聖なる存在だった。
だから生まれからして特別な存在でなくてはならなかった。『神の子』である部族の長と巫女の子だとか。
おれが六歳のとき、皆既日食が起こった。
最高神『青白く若き太陽神アズナワク』が、見えない黒い手ですっかり覆われて消えてしまい、黒い太陽になる。
ずっと昔から、決まった年月を経て繰り返し起こると預言されていた現象だ。
おれは、役目を果たすのだと、父である部族の長に告げられた。
天候を司る雨の竜神様に天空へ送っていただき、新しい太陽の誕生を見届けたその後に、竜神様にお仕えする従者となる『聖なる生贄』の役目。
母さんは泣いていたが、おれを助けることはできなかった。実の父を含めた部族全員の総意なのだから。
聖なる泉に落とされた、おれは。
水底に住む神、青竜様に出会って従者となった。
古い身体と名前を脱ぎ捨て、抜け殻は生まれた部族の岸辺に流れ着いて祀られる。
青竜様のもとで、おれは様々な事柄について教えを受けて育った。
現在、八歳。
この白き森に迷い込み、沙織に出会った。
「沙織!」
「泰三さん。わたしも、やっと前世を思い出した……!」
先ほど、沙織の表情にあった戸惑いは、今はもう、ない。
真っ黒なその目の奥底に、明るい青の光が浮かんでいた。
「私は名前のない、肉体の制約もなく彷徨う精霊だった。人は私たちを魔女と呼んだ。けれど私はあなたに名前をもらった。あなたに愛されて子供を授かった。そして魂を持つ人間として死んだの。人生に満足していたわ。けれど、できるなら、あなたと、香織と、ずっと一緒に生きていたかった」
「沙織!」
「あなた」
頬を染める、初々しい沙織。
二人は抱き合い……
時間が止まった。
『あ~、オホン、ゴホン。すまんな、そこらへんにしておかぬか、コマラパ』
『沙織か。美しい、良き名じゃのう。しかし、なんじゃな。若者たちの初々しい触れ合いも悪くはないが、はたで見ていると気恥ずかしくなるものじゃ』
「こ、こ、コパ君! ダメだから! どういう理由だか成長してる! でもね、あなたまだ子供だから! それ以上はダメだから!」
そのとき聞こえてきたのは、『青竜様』と『白竜様』の、どうにも困惑を隠せないような声。おまけにシエナ先輩があたふたとし、真っ赤になっているのだった。
「成長?」
シエナ先輩の言葉で気がついた。
おれは前世で死んだときのような体格になっていたのだ。
45歳、壮年男性。
沙織もまた、少女の姿ではない。大人の女性になっていた。
大人? 子供? 青年?
前世の記憶と今生の幼い子供だった記憶が混じりあった影響なのだろうか。
「やれやれ全く人間というものは、せっかちよのう。まあ所詮は野獣よな」
皮肉な声に振り返れば、銀髪美女な精霊グラウケーが肩をすくめている。
……グラウケー……?
前世で沙織さんの側に居た妖精と同じ名前。
大きさこそ違うけれど、面差しとか、似ているような?
「不快な」
グラウケーは眉をひそめた。何かを感じ取ったようすだ。
「余計なことを思い出すなとは言わぬが、口にするな。今、おまえが思い浮かべたことを黙っていれば、わたしから、ささやかながら二人に贈り物をしてやらぬでもない」
腕を組み、どや顔で胸をはる精霊。
『おや、精霊様が人の子に慈悲を!』
『これは珍しいものを見た!』
「……人聞きの悪い。白竜に青竜。沈黙の値というものを知らぬのか。昔から、精霊は気まぐれにして自由気ままに、お気に入りのヒトには慈悲を与えてきたのだからな」
怒らせないほうがよさそうだ。おれは跪いた。
「貴き精霊様。発言をお許しください」
「申してみよ、並河泰三、いや、コマラパ」
「異世界から転生して、この白き森にて、前世で妻だった彼女と再会しました。できることなら二度と離れたくありません。どうか、どうしたらこの世界で彼女と共にいられるのかを、ご教示ください」
どんな無茶でもルール違反でも、なんでもする。
もう、沙織を失いたくない。
「ふふん。殊勝であるな」
精霊グラウケーは、一同の姿を、ずらっと見やり。
「記憶を取り戻して前世の姿になっているが、すぐ結婚できるわけではない。今のおまえたちは、魂なのだ。転生後まもなく生贄となり死んだ。イル・リリヤ直属の守護者である青竜や白竜に預かりの身となっている」
青竜様の教えてくれていたことを思い出した。
生贄は仮の肉体を脱ぎ捨てて青竜様の従者になる。ただ、これまで生贄となったであろう子供たちの数を考えてみると、意外なほどに従者は少ない。
運命を受け入れた者。
あるいは、青竜様のもとで過ごすうちに、この世への未練を昇華して、大いなる世界に還元していく者たちがいるのだ。
『悪いことではないぞコマラパ! わしも、新たに生まれ変わるおまえの前途を祝って贈り物を約束しよう』
焦ったように青竜様が言う。
『そうじゃ! 妾も、可愛い織り姫のために加護と贈り物を賜るぞ!』
言いつのる白竜様。
「あ、あたしも! なんか、あげるから! 二人の新生活に役立つものを!」
シエナ先輩、二人の新生活って。
なんか、だんだん結婚祝いを贈る先輩社員のノリになっている気がする。
「では、約束したからには、我ら精霊が、婚約の立ち会い人となってやろう!」
上機嫌のグラウケーが手を打つ。
すると白き森のそこかしこから銀色の髪とアクアマリン色の目をした精霊たちが、少しずつ姿をあらわした。最終的には十人ほどになっただろうか。言葉は発しないが、穏やかな眼差しでおれたちを見守るように佇んでいた。
精霊たちが、白い小花をちりばめた冠(ティアラ)を沙織の黒髪に乗せる。
純白のヴェールを彼女に纏わせる。
「わたしからの贈り物だ。まずは婚約指輪」
グラウケーが絹地のような純白のごく小さなクッションに乗せて、差し出したのは、二つの指輪。
お揃いのデザインの指輪だ。それは氷のように透明で、内部に小さな花のようなものが封じ込められていた。
「この指輪は水に不自由しなくなる魔法の祝福であると同時に「緊急避難」の効力がある。もしも、転生したのちに、どうにもならない苦難にあったときには、指輪を掲げて願うがよい。即座にこの森へと戻ることができる。魂だけではなく肉体も共にな」
にやりと、グラウケーは笑った。
グラウケーは、おれたちがこの指輪を使わなくてはならない場面が必ずあるだろうと思ってるってことだよな……。
新しい人生、ピンチの予感しかしない。
おれは21世紀の地球、日本に生きていたことを思い出した。
名前は、並河泰三。
横浜で、先祖代々の家業である貿易会社を経営していた。
初恋の女性、沙織と結婚して、娘を授かり、香織と名付けた。
幸福に暮らしていた。
だが、娘が高校一年のときに妻が他界した。
病名は不明、眠るように息を引き取った。
後悔した。もっと家族での時間を持てば良かったと思いながらも妻を失った哀しみから逃避するように仕事に打ち込んだ。そして香織が止めるのも聞かずに出張のために乗った飛行機が落ちて、死んだ。
……そこまで思い出して。ゆっくりと目を開けた。
全てが純白に染め上げられた、白き精霊の森。
目の前には、少女の姿をした沙織がいた。
七、八歳くらいだろうか。
歩み寄り、手を差し伸べたとき。
自分自身もまた、沙織と同じくらいに幼くなっていることに気づき。
記憶がフラッシュバックする。
過去・現在・そして遠い未来の予感めいたものが……
!!!!!
そうだ。『おれ』は、青竜様の従者。
コマラパ!
やっと思い出した!
今生での母親の顔。
黒い髪と浅黒い肌、白い歯が美しかった、母さんの名前はセーア。
太陽神の息子と言われていた、部族の長と、太陽神に仕える巫女であるセーア母さんの間に生まれた子供、ティトゥ。
おれの部族では『生贄』は、神様への使いとして選ばれた聖なる存在だった。
だから生まれからして特別な存在でなくてはならなかった。『神の子』である部族の長と巫女の子だとか。
おれが六歳のとき、皆既日食が起こった。
最高神『青白く若き太陽神アズナワク』が、見えない黒い手ですっかり覆われて消えてしまい、黒い太陽になる。
ずっと昔から、決まった年月を経て繰り返し起こると預言されていた現象だ。
おれは、役目を果たすのだと、父である部族の長に告げられた。
天候を司る雨の竜神様に天空へ送っていただき、新しい太陽の誕生を見届けたその後に、竜神様にお仕えする従者となる『聖なる生贄』の役目。
母さんは泣いていたが、おれを助けることはできなかった。実の父を含めた部族全員の総意なのだから。
聖なる泉に落とされた、おれは。
水底に住む神、青竜様に出会って従者となった。
古い身体と名前を脱ぎ捨て、抜け殻は生まれた部族の岸辺に流れ着いて祀られる。
青竜様のもとで、おれは様々な事柄について教えを受けて育った。
現在、八歳。
この白き森に迷い込み、沙織に出会った。
「沙織!」
「泰三さん。わたしも、やっと前世を思い出した……!」
先ほど、沙織の表情にあった戸惑いは、今はもう、ない。
真っ黒なその目の奥底に、明るい青の光が浮かんでいた。
「私は名前のない、肉体の制約もなく彷徨う精霊だった。人は私たちを魔女と呼んだ。けれど私はあなたに名前をもらった。あなたに愛されて子供を授かった。そして魂を持つ人間として死んだの。人生に満足していたわ。けれど、できるなら、あなたと、香織と、ずっと一緒に生きていたかった」
「沙織!」
「あなた」
頬を染める、初々しい沙織。
二人は抱き合い……
時間が止まった。
『あ~、オホン、ゴホン。すまんな、そこらへんにしておかぬか、コマラパ』
『沙織か。美しい、良き名じゃのう。しかし、なんじゃな。若者たちの初々しい触れ合いも悪くはないが、はたで見ていると気恥ずかしくなるものじゃ』
「こ、こ、コパ君! ダメだから! どういう理由だか成長してる! でもね、あなたまだ子供だから! それ以上はダメだから!」
そのとき聞こえてきたのは、『青竜様』と『白竜様』の、どうにも困惑を隠せないような声。おまけにシエナ先輩があたふたとし、真っ赤になっているのだった。
「成長?」
シエナ先輩の言葉で気がついた。
おれは前世で死んだときのような体格になっていたのだ。
45歳、壮年男性。
沙織もまた、少女の姿ではない。大人の女性になっていた。
大人? 子供? 青年?
前世の記憶と今生の幼い子供だった記憶が混じりあった影響なのだろうか。
「やれやれ全く人間というものは、せっかちよのう。まあ所詮は野獣よな」
皮肉な声に振り返れば、銀髪美女な精霊グラウケーが肩をすくめている。
……グラウケー……?
前世で沙織さんの側に居た妖精と同じ名前。
大きさこそ違うけれど、面差しとか、似ているような?
「不快な」
グラウケーは眉をひそめた。何かを感じ取ったようすだ。
「余計なことを思い出すなとは言わぬが、口にするな。今、おまえが思い浮かべたことを黙っていれば、わたしから、ささやかながら二人に贈り物をしてやらぬでもない」
腕を組み、どや顔で胸をはる精霊。
『おや、精霊様が人の子に慈悲を!』
『これは珍しいものを見た!』
「……人聞きの悪い。白竜に青竜。沈黙の値というものを知らぬのか。昔から、精霊は気まぐれにして自由気ままに、お気に入りのヒトには慈悲を与えてきたのだからな」
怒らせないほうがよさそうだ。おれは跪いた。
「貴き精霊様。発言をお許しください」
「申してみよ、並河泰三、いや、コマラパ」
「異世界から転生して、この白き森にて、前世で妻だった彼女と再会しました。できることなら二度と離れたくありません。どうか、どうしたらこの世界で彼女と共にいられるのかを、ご教示ください」
どんな無茶でもルール違反でも、なんでもする。
もう、沙織を失いたくない。
「ふふん。殊勝であるな」
精霊グラウケーは、一同の姿を、ずらっと見やり。
「記憶を取り戻して前世の姿になっているが、すぐ結婚できるわけではない。今のおまえたちは、魂なのだ。転生後まもなく生贄となり死んだ。イル・リリヤ直属の守護者である青竜や白竜に預かりの身となっている」
青竜様の教えてくれていたことを思い出した。
生贄は仮の肉体を脱ぎ捨てて青竜様の従者になる。ただ、これまで生贄となったであろう子供たちの数を考えてみると、意外なほどに従者は少ない。
運命を受け入れた者。
あるいは、青竜様のもとで過ごすうちに、この世への未練を昇華して、大いなる世界に還元していく者たちがいるのだ。
『悪いことではないぞコマラパ! わしも、新たに生まれ変わるおまえの前途を祝って贈り物を約束しよう』
焦ったように青竜様が言う。
『そうじゃ! 妾も、可愛い織り姫のために加護と贈り物を賜るぞ!』
言いつのる白竜様。
「あ、あたしも! なんか、あげるから! 二人の新生活に役立つものを!」
シエナ先輩、二人の新生活って。
なんか、だんだん結婚祝いを贈る先輩社員のノリになっている気がする。
「では、約束したからには、我ら精霊が、婚約の立ち会い人となってやろう!」
上機嫌のグラウケーが手を打つ。
すると白き森のそこかしこから銀色の髪とアクアマリン色の目をした精霊たちが、少しずつ姿をあらわした。最終的には十人ほどになっただろうか。言葉は発しないが、穏やかな眼差しでおれたちを見守るように佇んでいた。
精霊たちが、白い小花をちりばめた冠(ティアラ)を沙織の黒髪に乗せる。
純白のヴェールを彼女に纏わせる。
「わたしからの贈り物だ。まずは婚約指輪」
グラウケーが絹地のような純白のごく小さなクッションに乗せて、差し出したのは、二つの指輪。
お揃いのデザインの指輪だ。それは氷のように透明で、内部に小さな花のようなものが封じ込められていた。
「この指輪は水に不自由しなくなる魔法の祝福であると同時に「緊急避難」の効力がある。もしも、転生したのちに、どうにもならない苦難にあったときには、指輪を掲げて願うがよい。即座にこの森へと戻ることができる。魂だけではなく肉体も共にな」
にやりと、グラウケーは笑った。
グラウケーは、おれたちがこの指輪を使わなくてはならない場面が必ずあるだろうと思ってるってことだよな……。
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