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第1章 幼年期からの始まり
その16 魔女の長と孫娘(前世3からの……)
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16
じいちゃんは、今のおれくらいの頃に彼女に出会ったことを話してくれた。
先代……じいちゃんの父親だから、おれにとっては曾祖父(ひいじいちゃん)……に連れられて、彼女たちが住んでいる森に会いに行ったという。
おれの家は、山林を所有している大地主だったのだ。
先祖代々、不思議な一族と取引をして財を築いた。
林だと思ったが、あの森は非常に奥深く、もしもさらに進んでいれば戻れなくなったかもしれないそうだ。
「彼女たちがいる森は、現代では日本であって日本ではない。そして彼女たちが許可している者でなければたどり着くことも森から出ていくこともできない」
「なんで、おれは……?」
「さてな。まあ、話の続きを聞け」
じいちゃんと先代当主は、彼女たちの長に会った。
長い黒髪と青い瞳が印象的な、エキゾチックな妙齢の美女であった。
若い頃のじいちゃんが恋に落ちた相手は、長である美女。
しかし恋しても打ち明けるなんてできない。
じいちゃんの若い頃と言えば太平洋戦争よりも前だ。
女性と面と向かって話すなんて考えられない時代。
「ところが先代……親父は何を思ったか、おれを置いて黙って帰宅してしまってな。しばらく、その村にやっかいになることになった」
恋した相手の家に泊めてもらうなんてドキドキするばかり。おまけに世話をしてくれるのも美人ばかりという、幸せなんだか怖いのかわからない状態だった、じいちゃん。
出してもらった食事もろくに喉を通らない。
ときたま薪を割っている老人もいたりするのを見かけると、心底、ほっとした。とはいえ男性の割合は非常に少なかったという。
心労で疲れ果てたじいちゃんは風呂を辞退したものの、入浴する女性たちを妄想してしまい赤面したりドキドキして眠れなかった。
落ち着かない夜を過ごした翌朝は、早くから起き出して『長』の姿を追った。
恋する女性を見つけても、なんと呼びかければいいかと困っていると、長は言った。
名前はないから好きに呼べと。
「そこでおれは『麗』さんと呼んだ。現代風に言えば自然の中でのスローライフそのものの暮らしだったな」
小麦や野菜の畑を作り、繊維をとる植物を育て、牛や羊も飼って自給自足。
悠然と暮らしを楽しんでいた。
さらに、長は「あなたの家と取引をしている品物を見せよう」と、じいちゃんを森へ連れていった。
そこでは数人の少女達が、薄緑色の繭玉を集めていた。
「あれは何かと尋ねるおれに『天蚕』の繭だと教えてくれたよ。彼女たちはそれで生糸を紡ぎ、薄く丈夫な布を織り上げていた」
そこで初めて、じいちゃんは、家業で扱っている高級な絹布がどこから来ていたのかを知った。
その昔、魔女狩りという嵐が吹き荒れたことがあった。
彼女たち、男性も含めた『魔女』たちはそのとき故郷を離れ、遙かな国にやってきた。森づたいに。
「繭を集めていた少女の中に、長にそっくりな黒髪と青い目の少女がいた。孫娘だと紹介されたよ。人見知りな子でな。すばらしい織物を作っていた」
(そういえば)
思い出した。
おれの好きになった、あの子は。
周囲を飛び回っていた妖精から《グラン・ドーター》って呼ばれてたっけ。それって英語で《孫娘》の意味だよな。
村長の孫か。
「今日出会ったときも、布を織っていたよ」
じいちゃんは、にやりと笑って頷く。
「おまえがもらってきたのも彼女の織ったものだろう」
「うん。おれが日焼けで首や背中が火傷みたいに赤くなっていたのを見て、かぶれって、自分が織ったものだから、あげるといってくれたんだ」
「いいものをもらったな」
じいちゃんが笑う。
「……だが、縁を結んだ」
あの妖精と同じことを、じいちゃんも言った。
その夜、なかなか寝付けなかったおれは、ようやく疲れが押し寄せてきて眠りに落ちるとき、彼女のことを思っていた。
美しい、紗のように透ける布を織る、織り姫。
……さ、お、り。……沙織……
※
「沙織さん!」
飛び起きたおれ、コマラパが見たのは。
心配そうに見ている、彼女の、透き通る青い目だった。
「コマラパ。もう起きて大丈夫なの?」
おれは頷く。
「もちろん大丈夫だ」
彼女は安心したように、そっと目を伏せて。
「あの、ねえコマラパ。さっき、言っていたじゃない。私のこと、沙織って……それが、私の名前なの?」
突然、雷に打たれたようだった。
心臓をわし掴みにされた気がした。
ぜんぶすっかり思い出した……っ!
おれは異世界に転生したんだ!
彼女(沙織)と、再び出会うために。
じいちゃんは、今のおれくらいの頃に彼女に出会ったことを話してくれた。
先代……じいちゃんの父親だから、おれにとっては曾祖父(ひいじいちゃん)……に連れられて、彼女たちが住んでいる森に会いに行ったという。
おれの家は、山林を所有している大地主だったのだ。
先祖代々、不思議な一族と取引をして財を築いた。
林だと思ったが、あの森は非常に奥深く、もしもさらに進んでいれば戻れなくなったかもしれないそうだ。
「彼女たちがいる森は、現代では日本であって日本ではない。そして彼女たちが許可している者でなければたどり着くことも森から出ていくこともできない」
「なんで、おれは……?」
「さてな。まあ、話の続きを聞け」
じいちゃんと先代当主は、彼女たちの長に会った。
長い黒髪と青い瞳が印象的な、エキゾチックな妙齢の美女であった。
若い頃のじいちゃんが恋に落ちた相手は、長である美女。
しかし恋しても打ち明けるなんてできない。
じいちゃんの若い頃と言えば太平洋戦争よりも前だ。
女性と面と向かって話すなんて考えられない時代。
「ところが先代……親父は何を思ったか、おれを置いて黙って帰宅してしまってな。しばらく、その村にやっかいになることになった」
恋した相手の家に泊めてもらうなんてドキドキするばかり。おまけに世話をしてくれるのも美人ばかりという、幸せなんだか怖いのかわからない状態だった、じいちゃん。
出してもらった食事もろくに喉を通らない。
ときたま薪を割っている老人もいたりするのを見かけると、心底、ほっとした。とはいえ男性の割合は非常に少なかったという。
心労で疲れ果てたじいちゃんは風呂を辞退したものの、入浴する女性たちを妄想してしまい赤面したりドキドキして眠れなかった。
落ち着かない夜を過ごした翌朝は、早くから起き出して『長』の姿を追った。
恋する女性を見つけても、なんと呼びかければいいかと困っていると、長は言った。
名前はないから好きに呼べと。
「そこでおれは『麗』さんと呼んだ。現代風に言えば自然の中でのスローライフそのものの暮らしだったな」
小麦や野菜の畑を作り、繊維をとる植物を育て、牛や羊も飼って自給自足。
悠然と暮らしを楽しんでいた。
さらに、長は「あなたの家と取引をしている品物を見せよう」と、じいちゃんを森へ連れていった。
そこでは数人の少女達が、薄緑色の繭玉を集めていた。
「あれは何かと尋ねるおれに『天蚕』の繭だと教えてくれたよ。彼女たちはそれで生糸を紡ぎ、薄く丈夫な布を織り上げていた」
そこで初めて、じいちゃんは、家業で扱っている高級な絹布がどこから来ていたのかを知った。
その昔、魔女狩りという嵐が吹き荒れたことがあった。
彼女たち、男性も含めた『魔女』たちはそのとき故郷を離れ、遙かな国にやってきた。森づたいに。
「繭を集めていた少女の中に、長にそっくりな黒髪と青い目の少女がいた。孫娘だと紹介されたよ。人見知りな子でな。すばらしい織物を作っていた」
(そういえば)
思い出した。
おれの好きになった、あの子は。
周囲を飛び回っていた妖精から《グラン・ドーター》って呼ばれてたっけ。それって英語で《孫娘》の意味だよな。
村長の孫か。
「今日出会ったときも、布を織っていたよ」
じいちゃんは、にやりと笑って頷く。
「おまえがもらってきたのも彼女の織ったものだろう」
「うん。おれが日焼けで首や背中が火傷みたいに赤くなっていたのを見て、かぶれって、自分が織ったものだから、あげるといってくれたんだ」
「いいものをもらったな」
じいちゃんが笑う。
「……だが、縁を結んだ」
あの妖精と同じことを、じいちゃんも言った。
その夜、なかなか寝付けなかったおれは、ようやく疲れが押し寄せてきて眠りに落ちるとき、彼女のことを思っていた。
美しい、紗のように透ける布を織る、織り姫。
……さ、お、り。……沙織……
※
「沙織さん!」
飛び起きたおれ、コマラパが見たのは。
心配そうに見ている、彼女の、透き通る青い目だった。
「コマラパ。もう起きて大丈夫なの?」
おれは頷く。
「もちろん大丈夫だ」
彼女は安心したように、そっと目を伏せて。
「あの、ねえコマラパ。さっき、言っていたじゃない。私のこと、沙織って……それが、私の名前なの?」
突然、雷に打たれたようだった。
心臓をわし掴みにされた気がした。
ぜんぶすっかり思い出した……っ!
おれは異世界に転生したんだ!
彼女(沙織)と、再び出会うために。
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