生贄から始まるアラフォー男の異世界転生。

紺野たくみ

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第1章 幼年期からの始まり

その10 まるで初めてのデート?

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        10

 いつの間に仲間たちとはぐれたのだろう。見回しても、誰も近くにいない。

 気が付けば、周囲のすべてが純白に覆われていた。
 白い森、白い叢。
 咲き乱れる花々もキノコも、いま飛び出していった野ウサギまで、真っ白だ。

 物珍しさもあった。
 青竜様の住むセノーテの底の異界とは、ずいぶん違う。
 おれはしばらく、ひとりで歩いた。

 どこからか、歌声が聞こえてきた。
 きれいな、少女の声だ。
 自然と、声のしたほうに足が向かう。

 やがて見えてきた光景に、おれは魅入られて立ち止まった。

 白い木の梢に、一人の少女がいた。
 静かに歌っているのは彼女だったのだ。
 歌詞らしいものはなくて、ハミングのようだ。
 ふっと歌がやんだ。
 少女が、こちらを見ている。

「ここは白竜さまの統べる森。あなたはだれ? どこから入ってきたの」

 小首をかしげる。
 おれと同い年くらいかな。
 つやつやで真っ直ぐな、長い黒髪が、腰まで届いている。
 印象的なのは、ものすごくクリアで淡い、青色の瞳だ。

 うっわー!
 なんだかよくわからねえけど、すごく、どきっとした。

「おれはコマラパ。青竜様の従者だ。仲間と来ているんだけど、迷ってしまって。きみはだれ。何をしてるの?」
 緊張している。いつものおれらしくもない丁寧な言葉遣いを意識していた。

「私は白竜様にお仕えしている巫女よ」
 少女は答えたが、自分の名前は言わなかった。

「やりかけのお仕事があるの。これが終わるまで待ってて。案内するわ」

 手にしていた真っ白な小枝を高く掲げ、それを軽く振る。
 くいっと何かを引っかけるようなしぐさをする。すると枝の先にキラキラ光ってるものがある。
 それを探り寄せて、手にしている棒に巻き付ける。紡いだ糸を素早く、どんどんと巻き付けていく。

 見ると、彼女は持ち手のついた篭を近くの枝に乗せていて、糸を巻き付けた棒が、他にも何個もあった。
「今のが終わったら帰るの。だから少し待っててね」
 みるみる、糸巻き棒に糸がどんどん巻き上がっていく。

「できたわ」
 少女は立ち上がり、いきなり……飛び降りた。

 しかし、まるで重さなどないかのように、ふわりと降り立ったのだ。

「そんなに一杯、重くないか? 持つよ」

「ありがとう。でも重くないのよ。とっても軽いの」
 少女が笑う。
 おれも、心が浮きたって、自分の体重もぴんとこない。

「私は生まれてすぐに巫女になることが決まったの。だからすぐに白竜さまのもとへやられたのよ」

「へえ」

 なんてきれいな髪だ。なんて淡いブルーに生き生きと輝く瞳だろう。見つめられていると思うだけでドキドキして止まらない!

「白竜さまの身の回りのこととか、お召し物を整えたりするの」

「す、すごくきれい……な糸だね」

「ありがとう。これは空中から集めているのよ。この世界に満ちているエネルギーなの。それを糸にして紡いでいるのよ。それを織って、白竜様のお召し物を作るの」
 にっこりと微笑んだ。

「機織り? 大変じゃ無いのか」

 少女は首を振って、
「いいえ、だいじょうぶ。すぐに布にできるのよ。でも、私なんかまだまだ。この世界の大いなる意思につながる精霊たちなら、織機なんて使わないわ。直接、空中からなんでも取り出せるのよ」

「そいつはたまげたな」
 おれは目を剝いた。
 どれだけとんでもないことか、おれにだって容易にわかるのに、少女は自分なんて、と謙遜する。本気で思っていそうだ。

 少女と並んで歩く、白い森。
 なんとなくあれだ、デートコースみたいだな。

 どれだけ歩いただろう。
 やがて小さな空き地があり、そこに、織機が一台、置いてあった。

 生まれて初めて見るものの筈だ。普通なら何に使うかもわからないだろう。それがわかるのが、たぶん、おれの前世の記憶ってやつだな。

「白竜さま? おいでになりませんか?」
 彼女が少し困っている。
「いらっしゃらないみたい。ごめんなさいね」

「かまわないよ。きみと散歩できたし」
 よっしゃ! 思い切って言えたぞ!

「……」
 あれ? 失敗か?
 彼女の顔が赤くなって、手が震えている。

「し、仕事があるの! やりかけだから!」
 真っ赤な顔で言い放った。

「じゃあ、白竜様がお戻りになるまで、ちょっと織っていようと思うんだけど、いいかしら?」
 そして彼女は、集めてきた糸を織機にかけると織り始めた。

 すっげえ!
 息もつかせぬ速さ。
 みるみる、布ができあがっていく。

 それは、とてつもなく……透明な、布だった。

   
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