1 / 28
プロローグ
その1 お土産はトナカイのぬいぐるみだからね?と愛娘は言った
しおりを挟む成田空港は、快晴だった。
大勢の乗客でごった返している中を、泰三はスーツケースを引きながら歩いていた。
並河泰三(なみかわたいぞう)は四十五歳。
貿易会社を経営している。
筋肉を鍛え、顎髭をしっかりたくわえているのは、仕事で海外に行くことが多いからでもある。日本人はたいがい童顔とまではいかなくとも幼く見えるようだから。
腹の探り合いをしつつ込み入ったビジネスの話をするのには、威厳が必要なのだというのは彼の経験則だった。
中年である。若い頃に比べれば体力の衰えも感じないことはないが、反面、まだまだ若い者には負けないという自負もある。
自分で自分の限界を作っていては何も始まらないのだ。
海外への出張も慣れているので困る事も無い。
有能な秘書の青年もついている。
いつもの海外出張だ。
ただ一つ、常と違うのは、彼の一人娘、香織の存在だった。
空港の出発ロビーに立っていると、注目を浴びないではいない。我が娘ながら、華やかな美人だ。
腰まで届く長い黒髪、色白で、切れ長の目はきりりとして理知的な美しさ。
今は、沈んだ表情をしているけれど、それはそれで、憂いに満ちた薄幸の美女のようで、たまらないのである。
……絶対、当分、嫁にはやらん!
ごくありふれた海外出張。
いつもなら香織は空港までは来ない。
だが今日は、彼氏も一緒に見送りに来ているのだ。高校の同級生同士で、真面目な交際。いずれ正式に婚約をと、泰三も理解は示していた。
ひとり娘の香織は、高校三年。志望する大学への推薦も決まっている。
泰三が気になるのは、彼氏が少々頼りなさそうな小柄な美少年であることだ。優しげで誠実そうなのはいいのだが。
(香織、彼氏を顔で選んでないか?)
内心の不満を抑えつつ、香織と、彼氏である少年を見やる。
「そろそろ搭乗時間ですね」
彼氏が、言う。
「うむ。それにしても、沢口くん。君まで見送りに来なくてもよかったんだぞ。学校はどうしたんだ」
「香織さんの大事なことですから。おれは彼女を支えます」
生真面目な表情だった。
傍らに立っている香織は、うつむいて目線を合わせない。
「……パパのバカ」
視線を床に落としたまま、ぼそりと言った。
「あんなに、行かないでって言ったのに」
「しょうがないんだ。今回の会議は、どうしても私が出席しないとおさまらなくてね」
言い訳になってしまう。
ため息が出た。
もちろん、泰三だって望んで行くわけではないのだ。
経営している貿易会社の海外支店が、とんでもない高額の損失さえ、出さなければ。
「そんなの現地の誰かにやってもらえばいいじゃない!」
突然、香織が顔をあげた。
……こうしてみると、確かに似ている。
香織と、二年前に亡くなった妻の沙織は。
どちらも、人間離れした美しさだ……
香織の、綺麗な顔が、悲しみの表情に覆われる。
次いで、憤りへと変わって。
「なんでパパが行くの? それにヘンよパパ! 今までだったら、私の言うこと聞いてくれたわ。いろんな占いに、全部出てるの。お願い、行かないで!」
ガツンッ!
泰三は胸に釘を打ちこまれたように感じた。
そうだ、どうして私は。
今までなら香織の忠告を聞いていたはずなのに。
なぜ今回は、強硬なまでにスケジュールの変更を受け付けなかった?
「かおり」
やっぱり行くのをやめようと、言いかけた瞬間。
「社長。まいりましょう。搭乗手続きを急いでおかないとなりません」
秘書の青年が、刻限を告げた。
まだ香織は納得していないようだが、どうしようもなかった。
「お義父さん」
沢口くんが、口を開いた。
……いや、「お義父さん」は、まだ早くないかね?
いずれ遠くない将来には、そうなるのだろうが。
「道中、お気をつけて」
あらたまった表情の、彼氏。沢口充くん。
「……パパ。無事に帰ってきて。お土産はトナカイのぬいぐるみにして」
香織は、ぬいぐるみの土産をねだる。
子供っぽいところもあるんだな。
意外に思った。
「ああ。必ず。大きなトナカイを買ってくるから」
「ぬいぐるみだからね? 本物はダメ」
「はは。もちろん」
旅立つ刻限の空模様は、青空から一転して暗雲に覆われつつあった。
この時点で早くも、泰三は後悔していた。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。
亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。
さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。
南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。
ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。
異世界に飛ばされたおっさんは何処へ行く?
シ・ガレット
ファンタジー
おっさんが異世界を満喫する、ほのぼの冒険ファンタジー、開幕! 気づくと、異世界に飛ばされていたおっさん・タクマ(35歳)。その世界を管理する女神によると、もう地球には帰れないとのこと……。しかし、諦めのいい彼は運命を受け入れ、異世界で生きることを決意。女神により付与された、地球の商品を購入できる能力「異世界商店」で、バイクを買ったり、キャンプ道具を揃えたり、気ままな異世界ライフを謳歌する! 懐いてくれた子狼のヴァイス、愛くるしい孤児たち、そんな可愛い存在たちに囲まれて、おっさんは今日も何処へ行く?
2017/12/14 コミカライズ公開となりました!作画のひらぶき先生はしっかりとした描写力に定評のある方なので、また違った世界を見せてくれるものと信じております。
2021年1月 小説10巻&漫画6巻発売
皆様のお陰で、累計(電子込み)55万部突破!!
是非、小説、コミカライズ共々「異世界おっさん」をよろしくお願い致します。
※感想はいつでも受付ていますが、初めて読む方は感想は見ない方が良いと思います。ネタバレを隠していないので^^;
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します
湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。
そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。
しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。
そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。
この死亡は神様の手違いによるものだった!?
神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。
せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!!
※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる