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第1章
その1
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第一章
1
そう広くもない、木造りの部屋に薬草の匂いが充満していた。
真ん中にはどっしりとした大きな机があり、その上は積み重ねられた夥しい数の本と、大小の瓶、天秤やら小型蒸留器など何やら理学関連の器材で埋め尽くされている。
その他には本棚と薬瓶、陶器の壺、そしてあちこちに本の山が山脈を形成していた。
狭いがなかなか本格的な実験室の様相を呈している。
よく見ると、部屋の隅にひとり掛けの小さなソファがあった。
暖かい日差しの入る窓際。
ここが、この部屋の主、フィオン・リーリウムのお気に入りの場所なのである。
白い上着の背中が微かに上下する。
白に近い金色の短髪が日差しを受けて光る。
白い肌に青い血管が浮いている。
とにかくどこもかしこも色素の薄い、白っぽい人物だ。年齢は16かそこらであろう。
うっすらと瞼を開くと、やはり眼の色も透明に近い青だ。
体型から辛うじて少女とわかる。が、シャ-プな頬やいかにも鋭敏な顔つきと氷にも似た冷やかな眼差しから受ける印象は、宛ら貴公子のようである。
目を擦りながら、もぞもぞと起き上がりかけて「うっ」と小さく叫ぶ。
腰を抑えて震える貴公子。どうやら寝違えたらしい。
「い、痛い・・・」そっと座り直して呟いた。
しばらくして立ち上がり、よろよろと部屋を移動する。へっぴり腰である。
出入口のドアを開くと数段の階段があり、その先、ほど近くに母屋が見えた。
ログハウスというやつだ。
フィオンは懸命に草地を歩いた。
母屋に近づくと、いい匂い。中で誰かが美味しいものを作っているに違いない。
台所から楽しそうな話し声も聞こえる。
「おおー、カモマイルの花ごとすりつぶすのかあ!」
「そうなの。でも茎とか固いとこは取り除かなきゃだめ。そいで粉とバターを混ぜて、牛乳を入れる。耳たぶよりちょっと硬めになったら、こうやって丸めてね」
「おう。後は普通に焼くだけだよな」
どうやらお菓子の作り方を教わっているようだ。
ひとりは、ログハウスの持ち主、キース・マルスだ。フィオンの大家である。
もうひとりは聞いたことのない高めのハスキーボイスだ。
フィオンは痛みを堪えて室内に入り、そっと様子を伺う。
まず目に入ったのは、赤い髪、赭土色の肌と引き締まった体躯。
生粋のフィエスタの民、キースである。
日頃あまり表情豊かな方ではなく生真面目な彼が、珍しくにこやかにしているのが不思議で、フィオンは少し頭をかしげる。
もう少し近づくと、彼がそのような態度になった訳がわかった。
キースの隣に花が咲いていた。
花のように可愛らしい少女が、可愛らしいエプロン姿でとびきりの笑顔を振りまいていたのだ。
フィオンも、その見慣れぬ少女に見入った。
普段、常に眠た気な眼も、今は全開になっている。
女性も頑丈元気な外観を有するフィエスタ村にあって際立つ柔らかな愛嬌のある少女だが、フィオンが眼を見開いた理由は意外なものであった。
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そう広くもない、木造りの部屋に薬草の匂いが充満していた。
真ん中にはどっしりとした大きな机があり、その上は積み重ねられた夥しい数の本と、大小の瓶、天秤やら小型蒸留器など何やら理学関連の器材で埋め尽くされている。
その他には本棚と薬瓶、陶器の壺、そしてあちこちに本の山が山脈を形成していた。
狭いがなかなか本格的な実験室の様相を呈している。
よく見ると、部屋の隅にひとり掛けの小さなソファがあった。
暖かい日差しの入る窓際。
ここが、この部屋の主、フィオン・リーリウムのお気に入りの場所なのである。
白い上着の背中が微かに上下する。
白に近い金色の短髪が日差しを受けて光る。
白い肌に青い血管が浮いている。
とにかくどこもかしこも色素の薄い、白っぽい人物だ。年齢は16かそこらであろう。
うっすらと瞼を開くと、やはり眼の色も透明に近い青だ。
体型から辛うじて少女とわかる。が、シャ-プな頬やいかにも鋭敏な顔つきと氷にも似た冷やかな眼差しから受ける印象は、宛ら貴公子のようである。
目を擦りながら、もぞもぞと起き上がりかけて「うっ」と小さく叫ぶ。
腰を抑えて震える貴公子。どうやら寝違えたらしい。
「い、痛い・・・」そっと座り直して呟いた。
しばらくして立ち上がり、よろよろと部屋を移動する。へっぴり腰である。
出入口のドアを開くと数段の階段があり、その先、ほど近くに母屋が見えた。
ログハウスというやつだ。
フィオンは懸命に草地を歩いた。
母屋に近づくと、いい匂い。中で誰かが美味しいものを作っているに違いない。
台所から楽しそうな話し声も聞こえる。
「おおー、カモマイルの花ごとすりつぶすのかあ!」
「そうなの。でも茎とか固いとこは取り除かなきゃだめ。そいで粉とバターを混ぜて、牛乳を入れる。耳たぶよりちょっと硬めになったら、こうやって丸めてね」
「おう。後は普通に焼くだけだよな」
どうやらお菓子の作り方を教わっているようだ。
ひとりは、ログハウスの持ち主、キース・マルスだ。フィオンの大家である。
もうひとりは聞いたことのない高めのハスキーボイスだ。
フィオンは痛みを堪えて室内に入り、そっと様子を伺う。
まず目に入ったのは、赤い髪、赭土色の肌と引き締まった体躯。
生粋のフィエスタの民、キースである。
日頃あまり表情豊かな方ではなく生真面目な彼が、珍しくにこやかにしているのが不思議で、フィオンは少し頭をかしげる。
もう少し近づくと、彼がそのような態度になった訳がわかった。
キースの隣に花が咲いていた。
花のように可愛らしい少女が、可愛らしいエプロン姿でとびきりの笑顔を振りまいていたのだ。
フィオンも、その見慣れぬ少女に見入った。
普段、常に眠た気な眼も、今は全開になっている。
女性も頑丈元気な外観を有するフィエスタ村にあって際立つ柔らかな愛嬌のある少女だが、フィオンが眼を見開いた理由は意外なものであった。
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