34 / 64
第1章
その34 今日から転校生なリトルホーク
しおりを挟む
34
数日間、留め置かれていた、窓の無い部屋から、転移魔法陣というもので連れ出されたおれ、リトルホークは。
まったく事情がよくわかっていなかった。
転移した先は、古い趣のある建物で、とにかくだだっぴろい。
今日から、おれが通うことになっている、このエルレーン公国首都にある魔法使い養成学院なのだ。
これが、学長室?
無垢の樫材であろうと思われる、重厚な扉がゆっくりと開いていき、内部から透明な光が差した。
案内人である赤毛のルビーと鳶色の髪のサファイア。二人の美少女にせき立てられて、学長室に足を踏み入れた。
「ようこそ、リトルホーク。きみも今日から、我が学院の生徒だ。外国からの留学生も、きみの他にもいる。仲良くやってくれたまえ」
学長の机につき、穏やかに微笑むのは。
おれの、《呪術師(ブルッホ)》だった。
かつてのレギオン王国にいた『聖堂』の最高権力者だったガルデルの末子レニウス・レギオン。おれにとっては、4年ぶりに再会したカルナックの成長した姿だ。
「私が、この魔法使い養成学院の代表を務めるレニウス・レギオンだ。呼び名は《呪術師(ブルッホ)》でいい。最初に説明しておこう。そこに座りなさい。ルビーとサファイアも、すまないが、もう少し立ち会ってくれ」
「はい、お師匠さま」
「ここに控えておりますわ」
おれの前では憎まれ口を叩く二人が、しおらしく答え、ドアの脇に退いた。
「さてリトルホーク。学院の中は、ほぼ初めて見るのだろう。どうかな、この建物はエルレーン公国公子フィリクス殿から寄贈を受けて使用しているので、箔がつく。さも由緒がありそうだろう?」
「ええ、そう見えますね」
おれは頷いた。
コマラパとレニウス・レギオンがこのエルレーン公国首都シ・イル・リリヤにやってきたのは4年より以前ではないことを、おれはよく知っているのだが、ルビーとサファイアが同席している場面でそれに言及するのは、まずいかもしれない。
「実際には、学院の設立は4年ほど前だ。まだ卒業生はいない。学生の身ながら抜きんでた能力を持つ者には、時折、仕事に関わってもらっている。このルビーとサファイアのように。彼女たちは非情に優秀なんだ」
学長の《呪術師(ブルッホ)》が褒めると、彼女たちの顔が赤く上気したのが、気配で察知できた。すごく、わかりやすい。
「先日、摘発した連続誘拐事件に巻き込んでしまったことは、すまないと思っている。謝罪させてくれ」
「そんな、あんたが謝ることは」
ない、と。言いかけたのだが。
「ダメです! お師匠様が謝罪するなんてあり得ません!」
「こんなバカに!」
おれの言葉を遮ったのは、ルビーとサファイアである。
一般的な礼儀には反するのだろう。しかし《呪術師(ブルッホ)》は、彼女たちを強くたしなめることはしなかった。
「ルビー、サファイア。ありがとう。きみたちの気持ちは嬉しいよ。だが、彼に謝ることも大切なんだ。今後、ラゼル商会のご隠居を裁判にかけるときには重要な証人になるのだからね」
「…はぁい」
「わかりました」
二人は、しゅんとしておとなしくなった。
「では改めて。リトルホーク。今日からきみは当学院の生徒だ。学院の中を見て回るといい。後で寄宿舎にも案内させる」
「お師匠様。案内って、あたしたちがですか?」
すごく嫌そうに、ルビーが言う。
「心配には及ばないよ」
《呪術師(ブルッホ)》が、くすりと笑うのと、同時に。
学長室の扉をノックする音がした。
「お呼びでしょうか、お師匠様」
涼しげな声がした。
「入りたまえ」
学長である《呪術師(ブルッホ)》が答えると、閉じていた重そうな扉が、すっと開く。
「失礼します」
そこに、姿を見せたのは。
絹糸のごとき黄金の髪を肩までのばした、色白の少年だった。
ほっそりとした気品のある面差し、瞳は光を宿す金茶色。
ブラッド・リー・レインと、昨日おれに名乗った生徒だった。
おや。
ここに呼ばれたということは。
もしかして、彼が?
「うむ。呼びつけてすまないね、ブラッド。だいたいの事情は聞き及んでいると思うが。彼はリトルホーク。留学生だ。きみと同じ部屋に入寮する。寄宿舎まで連れて行ってやってくれないか」
ブラッドは、さすがにお育ちがいい。
学長からの申し出に驚かなかったし、どこの馬の骨ともしれないおれと同室になるというのに、嫌悪も示さなかった。
呼ばれたときに事情は聞かされていたのだろうけれども。
むしろ驚かされたのは、おれのほうなのだった。
「ブラッドと同室!? でも、おれ平民だし! 彼は貴族なんじゃないのか」
「今さらそれを、リトルホークが気にするのかね?」
面白そうに、《呪術師(ブルッホ)》が笑う。
「問題ない。ここはエルレーン公国立、魔法使い養成学院。正式には、公国国立学院というのだ。平民も貴族も、身分の別なく平等に学べる場所。私と、父、コマラパが、そしてフィリクス公子殿下が作りたかったのは、そういう組織なんだよ」
「今日からよろしく、リトルホーク」
ブラッドは、まぶしいくらい清らかな笑顔で、おれに、右手を差し出した。
「こちらこそ、よろしく。ブラッド」
おれは、その手を握り返す。
昨日、中庭で初めて会ったときの握手は、お互い探り合っていたから、力比べみたいになってしまったのだった。
だが、今回の握手は。
心からの親愛を示す、友好的な挨拶になった。
「でも」
ブラッドは笑顔のまま、握手に、力を込めた。
「きみがもしムーンチャイルドを悲しませるようなことをしたら、ぼくは、決してきみを許しません」
金茶色の瞳は、曇りのないままに、罪人を裁くだろう。
だけどな、ブラッド。
おれも、はんぱな気持ちじゃないんだ。
「そんなことはしない。この世界の大いなる意思に誓って。おれは必ずムーンチャイルドを守り、幸せにする」
互いに握った手に、熱がこもる。
おれとブラッドは、真摯に向き合う。
彼には、嘘もごまかしも通用しないな、と、思わされる。
「それならば良いのです。きみが彼女にふさわしい行いをするなら、ぼくと、ぼくら紳士同盟は。心から、きみとムーンチャイルドを祝福し、応援すると誓うよ」
数日間、留め置かれていた、窓の無い部屋から、転移魔法陣というもので連れ出されたおれ、リトルホークは。
まったく事情がよくわかっていなかった。
転移した先は、古い趣のある建物で、とにかくだだっぴろい。
今日から、おれが通うことになっている、このエルレーン公国首都にある魔法使い養成学院なのだ。
これが、学長室?
無垢の樫材であろうと思われる、重厚な扉がゆっくりと開いていき、内部から透明な光が差した。
案内人である赤毛のルビーと鳶色の髪のサファイア。二人の美少女にせき立てられて、学長室に足を踏み入れた。
「ようこそ、リトルホーク。きみも今日から、我が学院の生徒だ。外国からの留学生も、きみの他にもいる。仲良くやってくれたまえ」
学長の机につき、穏やかに微笑むのは。
おれの、《呪術師(ブルッホ)》だった。
かつてのレギオン王国にいた『聖堂』の最高権力者だったガルデルの末子レニウス・レギオン。おれにとっては、4年ぶりに再会したカルナックの成長した姿だ。
「私が、この魔法使い養成学院の代表を務めるレニウス・レギオンだ。呼び名は《呪術師(ブルッホ)》でいい。最初に説明しておこう。そこに座りなさい。ルビーとサファイアも、すまないが、もう少し立ち会ってくれ」
「はい、お師匠さま」
「ここに控えておりますわ」
おれの前では憎まれ口を叩く二人が、しおらしく答え、ドアの脇に退いた。
「さてリトルホーク。学院の中は、ほぼ初めて見るのだろう。どうかな、この建物はエルレーン公国公子フィリクス殿から寄贈を受けて使用しているので、箔がつく。さも由緒がありそうだろう?」
「ええ、そう見えますね」
おれは頷いた。
コマラパとレニウス・レギオンがこのエルレーン公国首都シ・イル・リリヤにやってきたのは4年より以前ではないことを、おれはよく知っているのだが、ルビーとサファイアが同席している場面でそれに言及するのは、まずいかもしれない。
「実際には、学院の設立は4年ほど前だ。まだ卒業生はいない。学生の身ながら抜きんでた能力を持つ者には、時折、仕事に関わってもらっている。このルビーとサファイアのように。彼女たちは非情に優秀なんだ」
学長の《呪術師(ブルッホ)》が褒めると、彼女たちの顔が赤く上気したのが、気配で察知できた。すごく、わかりやすい。
「先日、摘発した連続誘拐事件に巻き込んでしまったことは、すまないと思っている。謝罪させてくれ」
「そんな、あんたが謝ることは」
ない、と。言いかけたのだが。
「ダメです! お師匠様が謝罪するなんてあり得ません!」
「こんなバカに!」
おれの言葉を遮ったのは、ルビーとサファイアである。
一般的な礼儀には反するのだろう。しかし《呪術師(ブルッホ)》は、彼女たちを強くたしなめることはしなかった。
「ルビー、サファイア。ありがとう。きみたちの気持ちは嬉しいよ。だが、彼に謝ることも大切なんだ。今後、ラゼル商会のご隠居を裁判にかけるときには重要な証人になるのだからね」
「…はぁい」
「わかりました」
二人は、しゅんとしておとなしくなった。
「では改めて。リトルホーク。今日からきみは当学院の生徒だ。学院の中を見て回るといい。後で寄宿舎にも案内させる」
「お師匠様。案内って、あたしたちがですか?」
すごく嫌そうに、ルビーが言う。
「心配には及ばないよ」
《呪術師(ブルッホ)》が、くすりと笑うのと、同時に。
学長室の扉をノックする音がした。
「お呼びでしょうか、お師匠様」
涼しげな声がした。
「入りたまえ」
学長である《呪術師(ブルッホ)》が答えると、閉じていた重そうな扉が、すっと開く。
「失礼します」
そこに、姿を見せたのは。
絹糸のごとき黄金の髪を肩までのばした、色白の少年だった。
ほっそりとした気品のある面差し、瞳は光を宿す金茶色。
ブラッド・リー・レインと、昨日おれに名乗った生徒だった。
おや。
ここに呼ばれたということは。
もしかして、彼が?
「うむ。呼びつけてすまないね、ブラッド。だいたいの事情は聞き及んでいると思うが。彼はリトルホーク。留学生だ。きみと同じ部屋に入寮する。寄宿舎まで連れて行ってやってくれないか」
ブラッドは、さすがにお育ちがいい。
学長からの申し出に驚かなかったし、どこの馬の骨ともしれないおれと同室になるというのに、嫌悪も示さなかった。
呼ばれたときに事情は聞かされていたのだろうけれども。
むしろ驚かされたのは、おれのほうなのだった。
「ブラッドと同室!? でも、おれ平民だし! 彼は貴族なんじゃないのか」
「今さらそれを、リトルホークが気にするのかね?」
面白そうに、《呪術師(ブルッホ)》が笑う。
「問題ない。ここはエルレーン公国立、魔法使い養成学院。正式には、公国国立学院というのだ。平民も貴族も、身分の別なく平等に学べる場所。私と、父、コマラパが、そしてフィリクス公子殿下が作りたかったのは、そういう組織なんだよ」
「今日からよろしく、リトルホーク」
ブラッドは、まぶしいくらい清らかな笑顔で、おれに、右手を差し出した。
「こちらこそ、よろしく。ブラッド」
おれは、その手を握り返す。
昨日、中庭で初めて会ったときの握手は、お互い探り合っていたから、力比べみたいになってしまったのだった。
だが、今回の握手は。
心からの親愛を示す、友好的な挨拶になった。
「でも」
ブラッドは笑顔のまま、握手に、力を込めた。
「きみがもしムーンチャイルドを悲しませるようなことをしたら、ぼくは、決してきみを許しません」
金茶色の瞳は、曇りのないままに、罪人を裁くだろう。
だけどな、ブラッド。
おれも、はんぱな気持ちじゃないんだ。
「そんなことはしない。この世界の大いなる意思に誓って。おれは必ずムーンチャイルドを守り、幸せにする」
互いに握った手に、熱がこもる。
おれとブラッドは、真摯に向き合う。
彼には、嘘もごまかしも通用しないな、と、思わされる。
「それならば良いのです。きみが彼女にふさわしい行いをするなら、ぼくと、ぼくら紳士同盟は。心から、きみとムーンチャイルドを祝福し、応援すると誓うよ」
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

生贄から始まるアラフォー男の異世界転生。
紺野たくみ
ファンタジー
事故死して異世界転生したアラフォー男。転生した直後、生贄の聖なる泉「セノーテ」に突き落とされたところから始まる冒険譚。雨の神様である青竜に弟子入り。加護を得て故郷に戻る。やがて『大森林の賢者』と呼ばれるように。一目惚れした相手は、前世の妻?
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる