リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険

紺野たくみ

文字の大きさ
上 下
27 / 64
第1章

その27 もしもこうだったら、という幸福な幻想

しおりを挟む
          27

「では、行きましょう」
 先導するのはレフィス・トール。
 おれの左側にはラト・ナ・ルア。
 右にはルナ(ムーンチャイルド)がいて、つやつやした黒い目で、おれを、期待をこめて見上げている。頬を赤らめて、手を差し出して。

「手、つなごうか」
 こういうと、
「うん!」
 満面の笑みがひろがった。

 そうして、おれとルナは、手を繋いで歩いた。
 たったそれだけなのに、ルナは、すごく楽しそうにして。
「えへへ。でえと!」
 頬を染めて。くすぐったそうに笑う。
 ああ。かわいい~!
 
「いいから急いで。注目集めてるわよ」
 萌えている場合ではないと、ラトは冷たく言う。
「まったく、今がどういうときか、わかっているのかしら。建物に入ったら、近道を行くわよ」
 足早に進みながらラトは手短に説明する。
「ここはエルレーン公の別荘だったの。もともと、平民の子どもたちのために学校を作る予定でフィリックス公子様が改装をしていたところでね。コマラパ師の弟子だったのが縁で、まるごと寄贈してくれたのよ。おかげで助かったわ。本拠地は必要だったから」

 中庭を後にして、重厚な建物に、おれたちは足を踏み入れた。

「うわぁ」
 思わず声をあげた。
 ここが聖域だということが、わかる。
 空気が違うのだ。

「ね。わかった? ここは精霊の森と同じなの」
 ラト・ナ・ルアは、決してささやかではないが一般の成人女性のように豊満、とはいいがたい胸を張る。
「すべてはカルナックのためよ」
 愛おしそうに、おれと手を繋いでいるルナ(カルナック)に、優しげな目を向けた。

            ※

 近道をする、とは、本当だった。
 どこをどう通ったのか、気がつくと、どこかの部屋にたどり着いていた。
 重そうな、樫の木の扉を押し開けて。

 まず目に付いたのは、大きな、天井まで達しているであろう、巨大な書棚だった。
 それにいかにも魔術に使いそうな材料や、あやしげな雰囲気が漂っている。

「そこらへんに、適当に座って」
 精霊のラト・ナ・ルアが、言う。
 違和感ありありだよ。

「最初にいっておくわ。カルナックの設定のことよ」
 聞かれるのを恐れるように、静かに言う。
 おれは神妙に、拝聴した。
 それは、こうだ。

 三十数年前、レギオン王国で起こった事件。
 国の教えである『聖堂』の教主ガルデルが、肉親、親族、全てを殺して、怪しげな神に捧げた。ガルデルはレギオン王国を出奔して南へ逃げ、そこで国を興して自らが皇帝となったのだ。
 このとき、生き延びた人間が、いた。

「えっそれほんとか! すげえっ」

「バカなのクイブロ。設定だって言ってるでしょ。そういうことにしたのよ」
 ラト・ナ・ルアの視線が、冷たい。

「大森林の賢者様、コマラパ老師が、事件の現場の捜査に同行していて、生存者を発見したの。瀕死で、ほぼ仮死状態で」

「それはだれ?」

「レニウス・レギオンと、母親のフランカよ。ガルデルも、最も愛した女性とその息子だけは、躊躇いがあって殺しきれなかった。コマラパ老師は、瀕死の二人を救うために精霊に助けを願い、私たちは応え、受け入れた」

「ここまでで、もう捏造なんですけどね」
 レフィスは苦笑している。

「そして、コマラパは二人の保護者となった。フランカは、命の恩人であるコマラパと、いつしか好意を抱き会い、再婚するのよ。ロマンチックじゃない? それから数年を経て、カルナックが生まれる。家族四人は、ずっと精霊の森で過ごしていたの。ささやかな幸福よ。……本当にそうだったら、どんなによかったかしらね……」

 そうではなかったことを誰より知っているのは、精霊たちだ。

「でも人間はロマンを求めるもの。だから、夢や憧れを提供してあげるのも、この世界の意思と繋がる存在としては、ある意味、義務かもしれないわ」


 ……せめて、美しい夢物語を。


「フランカは、精霊の森で静養していることになっているわ。死んだなんて言う必要も無い。この国へは、コマラパと義理の息子となったレニウス・レギオンが、啓蒙活動を行うためにやってきた。コマラパとフランカの間に生まれたカルナックを伴って。本名ではないのもガルデルへの用心だわ」

「ここまでは、わかったかな」
 家庭教師のようにレフィス・トールが確認する。

「うん。そういう設定にした理由もわかったよ。たださ、それだと……レニウス・レギオンとカルナックは、別の人間ということになるけど、実際には……」

 レニウス・レギオンとカルナックは、同一人物なのだ。
 同じ魂を共有する、二つの意識。または、多重人格である。レニウス・レギオンは、殺されることなく普通に成長していたらこうなったという成人男性。カルナックは、精霊の森で匿われている間、時間の流れから隔絶されていたために幼いままでいた。
 実は、もう一人、魂の底で眠りについている意識が、ある。
 それは、この世界に生きる者にとっては異世界である、地球、21世紀の東京で生きていた前世の記憶を持つ、闇の魔女カオリ……並河香織さんの、心。

 おれは呪術師にもカルナックにも香織さんにも心を奪われているというヘタレである。
 でもきっとカルナックは、香織さんの小さい頃に似ていると思う。

 考え事をしていた、おれを。
 ラト・ナ・ルアは、哀れむように見つめた。

「だから、ごまかさなきゃならなかったのよ。レニウスとカルナックが同時に、一緒にいることを、衆人の前で明らかに見せつける必要があったの」
 


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

生贄から始まるアラフォー男の異世界転生。

紺野たくみ
ファンタジー
事故死して異世界転生したアラフォー男。転生した直後、生贄の聖なる泉「セノーテ」に突き落とされたところから始まる冒険譚。雨の神様である青竜に弟子入り。加護を得て故郷に戻る。やがて『大森林の賢者』と呼ばれるように。一目惚れした相手は、前世の妻?

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

7人のメイド物語

モモん
ファンタジー
理不尽な人生と不自由さ…… そんな物語を描いてみたいなと思います。 そこに、スーパーメイドが絡んで……ドタバタ喜劇になるかもしれません。

処理中です...