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第1章

その25 《呪術師(ブルッホ)》二人

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 背筋が凍った。

 先ほどから違和感があった、その理由がわかった。
 おれは、この《呪術師(ブルッホ)》を、知らない。

 昨日おれの部屋を訪れたのは、間違いなくカルナック本人だったと信じている。
 だが、目の前にいる人物は、おれの知ってるルナの別人格《カルナック》じゃない。
 いったい誰なんだ?

「リトルホーク」
 可愛いルナが、困ったように、おれを見上げた。
「だいじょうぶだから……《呪術師(ブルッホ)》は、きついことを言うけど、ひどいことはしないの」
 小さくつぶやいて、すがりついてくる。おれはルナを抱きしめる。絶対に、もう、彼女を離したくない。

「《呪術師(ブルッホ)》ったら。それぐらいにしてあげなさいよ。カンバーランド卿にガツンと言ってくれたのは、彼なんだから」
 そのとき、小さな鈴を振るような綺麗な声が響いた。

 一気に、その場の空気が変わった。
 全員が、声のしたほうを見やる。

 ……ほうっ。

 期せずして一斉に、ため息がもれた。

 青みを帯びた長い銀色の髪と、水精石(アクアラ)色の、淡い青の目をした少女が佇んでいた。
 まるで女神のように。人間離れをした美しさだ。
 年頃は十四、五歳くらいに見える。
 そして少女の横には、二十歳ぐらいに見える美青年が立っている。彼もまた、同じように銀色の髪と水精石(アクアラ)色の涼やかな目をしていた。
 この二人は、人間ではない。
 精霊(セレナン)だ。
 この世界(セレナン)と同じ名前を持ち、《世界の大いなる意思》と深くリンクしている、人間を超越した存在。
 本来、彼らは人間たちの前に姿をあらわすことはない。精霊の森と呼ばれる、人間が立ち入ることのできない不可視の領域に、ひっそりと棲んでいるといわれる。

 だが、おれは知っている。
 カルナックは、特別なのだ。
 世界(セレナン)に愛された、精霊の養い子。精霊の森で長く暮らし、人間という枠をを越えて、精霊に等しい存在となっている。
 この精霊たち、ラト・ナ・ルアとレフィス・トールは、カルナックに深い愛情を注ぎ守り育てた、肉親にも等しい二人なのである。

「ラト姉さま! レフィス兄さま!」
 ルナが声をあげると、美少女と美青年は、慈愛に満ちた微笑みをたたえて、小走りに駆け寄ってきた。
「あなたがリトルホーク? この場は、あたしに任せてくれないかしら」
 そう申し出られて断れるわけがなかった。
「よろしくお願いします」
 ルナの手を離し、ラトに向き合う。
 おれには、彼女を守る力が、まだ、全然、たりない。

 だから、こうなるのだ。

 おれのことをよく知っているくせに、初めて出会ったような顔をして微笑みかけるラト・ナ・ルアとレフィス・トール。
 その他人行儀な態度に、内心、少なからずおれは動揺していた。
 
 華奢な白い腕にルナを抱き取り、愛おしそうに頭を撫で、頬をすり寄せる美少女。そのさまを美青年は優しげに見守る。

「ラト・ナ・ルア。レフィス・トール。きみたちは相変わらず、人間に甘いな」
《呪術師(ブルッホ)》が肩をすくめる。

「あたしは甘いんじゃなくて、優しいのよ。《呪術師(ブルッホ)》。対外的に、あなたが毅然とした態度をとらなければいけない場面も多いから、仕方ないけどね」

「人間達も、けんめいに生きているのですから」
 ラトに続き、そう言い添えたのは、レフィス・トール。
「それに、急いでしなければならないことは、そこの青年への評価より、カンバーランド卿への対応のはずです」
 レフィス・トールは、東屋の片隅にうずくまっていたカンバーランド卿を一瞥した。

 このおっさん、まだショック状態だったのか?

「私が見えない檻に拘束しておいたのだよ」
 まるで、おれの心を読んだかのように、《呪術師(ブルッホ)》が言った。

「逃げられてはつまらないからね」
 くすくすと笑って。
 おっさんの前で両手を腰に当てて、仁王立ち。

「幼き我が妹ムーンチャイルドに邪な欲望を抱き、なおかつ我が義父コマラパを脅迫して、ムーンチャイルドを差し出せと迫ったことは、この中庭に設置してある魔術道具にて記録してある。それを証拠とし、エリック・カンバーランドを訴えるものである」
 罪状を、すらすらと数え上げた。
「この訴えは貴族法廷に持ち込まれる。判断はこの国の真の主、フィリクス・レギオン・アル・エルレーン公にして頂く。お忙しい公の手を煩わせるのはしのびないが」

 それを合図にして、数人の青年達がやってきて、カンバーランド卿を立たせ、拘束したのだった。連続誘拐事件の捜査現場に居合わせたときに見覚えのある、紺色の制服を着ている。
 この都における、警官だ。

「待て!」
 立ち上がったことで呪縛が解けたのか、カンバーランド卿が、声をはりあげた。
「我が輩が罪に問われるなら、そこのリトルホークとかいう小僧もだ! 貴族の中の貴族である、このエリック・カンバーランドに。平民の分際で暴言を吐き、当然わがものとなるべき娘をかっさらったのだ!」

「見苦しいです、おやめください叔父上! 身内として見過ごせません」
 叫んだのは、ブラッド。
 顔が真っ赤だ。ぶるぶると手が、身体が打ち震えている。
 全身で、恥じ入って。

 ……ものすごい美形なのに、親戚のおじさんが犯罪レベルで残念なヤツだとは。
 気の毒な……。

「いいのだ、ブラッド。気にするな。平民が貴族に暴言を吐くどころか抗うだけでも罪に問われてきたのが貴族社会だ。……だが」
 ここで会話に加わったコマラパは、嬉しそうに言ったのだった。
「このリトルホークは、確かに平民ではあるが、単なる平民ではないのだよ、エリック・カンバーランド卿」

 満面の。
 底知れない、悪~い、笑顔だった。


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