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第1章
その2 転生を誘う幼女。賭け金は、おれの魂。
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気がついたら、おれは真っ暗な所にいた。
おかしいなあ。
なんかこういう時って、ほらあれ、「何も無い真っ白な空間」とかにいてさ。
女神様が現れて、異世界に転生しませんかってお誘いしてくれたりしない?
……なんてね。
おれだって本気で信じてるわけじゃなかった。
ただ、人生一度きりなんて。
死んだらもう、大好きだった家族にも、これから、お付き合いを深めていきたいなって思ってた彼女とも、もう会えないなんて辛すぎたから。
たぶん、おれは死んだんだな。さっきの交通事故で。
本当に死んで、消滅してしまう前に、悲しい夢を見てるんだろう。
もうじきだ。
おれは消える。
でもさ。
ああ、彼女に。
せめて、もう一目だけでも、会えたら……。
「だったら、会わせてあげようか?」
暗闇の中から声がした。
かわいい少女の。
「えっ!?」
「せっかく忠告してあげたのになあ。人を庇って死ぬのはきみの運命だったの。もう少し、後にしてあげたかったわ。彼女も悲しむわね。ものすごく悲しんで、この世を呪って、魔女になっちゃうかも。……とびきりの、闇の魔女にね」
楽しげに少女は笑う。
「なんだって! そりゃだめだっっ!」
おれは叫んで飛び起きた。
あれっ。
身体はもう、ないはずだったのに。
「おれは、香織さんを助けたい! そのためなら」
少女の名前も素性も知らないままに、おれは差し出す。
賭け金は、おれの命。魂。運命?
「いいわよ。生き返らせてあげる」
くすくすと笑う幼女。
「賭け金は、きみの魂。……未来永劫に」
そして、輪廻は、回り出す。
おれと彼女の物語。
生まれ変わったと思ったら今度は女の子になってたとか、香織さんにやっと出会えたのに、なかなか信じてもらえなかったり、その後も苦労は続くけど。
それでも、おれは。新しい人生を生き始めた。
並河香織さんの、その側に寄り添う。
彼女を闇の魔女に、しないために。
『……ま、けっきょくは無理なんだけどね』
闇の中を幼女は笑いながら歩んでいる。黒猫を抱いて。
『あの子は、すぐに闇の魔女になっちゃうんだもん。いくらミツルがそばにいても、先に死んでしまったら、彼女はすぐに……』
ふいに、前方から光が差した。
銀色のもやが闇を浸食する。
『なに? だれなの? え……異世界の女神?』
『あたしと取引したい? 退屈してるから? ふぅん、それは、あたしもだけど。この子達を、そっちにあげたら、あんたは、あたしに何をくれる?』
銀色のもやが、応えた。
……消滅を。完全なる滅亡を。あなたが真に切望しているものを、あげよう。
『……へえ。それは、それで。面白いわね』
ふいに幼女は笑い出した。高らかに。
『じゃあ、いいよ。連れていって。そして、幸せにしてやってよ。あたしには、できなかったことだもの』
※
早朝だった。
青白く若き太陽神アズナワクが、地平に力強い曙光を迸らせた。
季節は初夏。
人々の往来が増える。
エルレーン公国首都シ・イル・リリヤは、この世界の多くの都と同様に、外敵に備え、周囲に巨大な壁を巡らせている。
門は東西南北に開いており、それぞれ大街道に繋がっている。
それぞれに門が設けられ、人や物資の出入りには厳重な監視の目が行き届いていた。
その一つ、遠く北西に、霊峰ルミナレスの白い輝きを望む、北門。
日が昇ってすぐの、こんな時間には、門もまだ閉じているし、旅人達はそれを承知しているから、開門を待つ物もいない。
いきなり、バサバサッと大きな、鳥の羽ばたきのような音が聞こえて、ケイン・ハワードは、目をこらした。
首都の門番をして10年にもなるが、こんなことは初めてだった。
目を疑った。
一瞬前までは何も見えていなかった、門のすぐ外側に、一人の青年が立っていたのだ。
「おーい」
青年は愛想良く手を振って、話しかけてきた。
「ここはこの国の首都の入り口だよな? おれは旅人だ。中に入れてもらえないか?」
「なんだと? こんな早朝にか。あんた、だいたいどうやってきたんだね。馬車も馬も見えないが」
「ああ。友だちが、そこまで乗せてくれたからね」
旅人は、陽気に笑った。
いかにも人が良さそうだった。
せいぜい十八歳かそこら、法律上では成人だが、まだ大人とは言えない、あどけなさを残した面差しだ。
赤みを帯びた金髪は、短く刈られている。
日に焼けて引き締まった精悍な顔。
無造作にまとった外套は上物のようで、柔らかく身体に沿って流れ落ちている。
大陸北方で得られる高地山羊の毛織り物と推測できた。つまり、都市に入るための通行税を払えるだけの金は持っていそうだ。
「通行税を払えば入れるよ。ただし、手続きが始まる刻限には早すぎる。夜が明けたばかりじゃないか。もう少し待ってくれ」
「ふ~ん」
青年は、頷いて、地面に大ぶりの背嚢を、どっかと置き、その上に、腰を下ろした。
「じゃあ、ここで待ってるよ」
屈託の無い笑顔を見せた。
「悪いな。規則で通行は許可できないが、番小屋に入って開く時間まで待ったらいいよ。飲み物でも出そう」
「えっマジ? やったぁ!」
「ははは。感じの良い青年だな。わしはケインだが、あんた、なんて言うんだい」
「あ、おれ?」
青年は、ほんの少しの間、考えて。
「この国の言葉では『リトルホーク』だ」
と、ふいに真面目な表情で、答えた。
「リトルホーク?」
いぶかしげに聞き返す門番のケインに、青年は、にやっと笑った。
「そ。おれは『リトルホーク』だ。これから冒険者として、いっぱつ派手に売り出す予定のさ!」
気がついたら、おれは真っ暗な所にいた。
おかしいなあ。
なんかこういう時って、ほらあれ、「何も無い真っ白な空間」とかにいてさ。
女神様が現れて、異世界に転生しませんかってお誘いしてくれたりしない?
……なんてね。
おれだって本気で信じてるわけじゃなかった。
ただ、人生一度きりなんて。
死んだらもう、大好きだった家族にも、これから、お付き合いを深めていきたいなって思ってた彼女とも、もう会えないなんて辛すぎたから。
たぶん、おれは死んだんだな。さっきの交通事故で。
本当に死んで、消滅してしまう前に、悲しい夢を見てるんだろう。
もうじきだ。
おれは消える。
でもさ。
ああ、彼女に。
せめて、もう一目だけでも、会えたら……。
「だったら、会わせてあげようか?」
暗闇の中から声がした。
かわいい少女の。
「えっ!?」
「せっかく忠告してあげたのになあ。人を庇って死ぬのはきみの運命だったの。もう少し、後にしてあげたかったわ。彼女も悲しむわね。ものすごく悲しんで、この世を呪って、魔女になっちゃうかも。……とびきりの、闇の魔女にね」
楽しげに少女は笑う。
「なんだって! そりゃだめだっっ!」
おれは叫んで飛び起きた。
あれっ。
身体はもう、ないはずだったのに。
「おれは、香織さんを助けたい! そのためなら」
少女の名前も素性も知らないままに、おれは差し出す。
賭け金は、おれの命。魂。運命?
「いいわよ。生き返らせてあげる」
くすくすと笑う幼女。
「賭け金は、きみの魂。……未来永劫に」
そして、輪廻は、回り出す。
おれと彼女の物語。
生まれ変わったと思ったら今度は女の子になってたとか、香織さんにやっと出会えたのに、なかなか信じてもらえなかったり、その後も苦労は続くけど。
それでも、おれは。新しい人生を生き始めた。
並河香織さんの、その側に寄り添う。
彼女を闇の魔女に、しないために。
『……ま、けっきょくは無理なんだけどね』
闇の中を幼女は笑いながら歩んでいる。黒猫を抱いて。
『あの子は、すぐに闇の魔女になっちゃうんだもん。いくらミツルがそばにいても、先に死んでしまったら、彼女はすぐに……』
ふいに、前方から光が差した。
銀色のもやが闇を浸食する。
『なに? だれなの? え……異世界の女神?』
『あたしと取引したい? 退屈してるから? ふぅん、それは、あたしもだけど。この子達を、そっちにあげたら、あんたは、あたしに何をくれる?』
銀色のもやが、応えた。
……消滅を。完全なる滅亡を。あなたが真に切望しているものを、あげよう。
『……へえ。それは、それで。面白いわね』
ふいに幼女は笑い出した。高らかに。
『じゃあ、いいよ。連れていって。そして、幸せにしてやってよ。あたしには、できなかったことだもの』
※
早朝だった。
青白く若き太陽神アズナワクが、地平に力強い曙光を迸らせた。
季節は初夏。
人々の往来が増える。
エルレーン公国首都シ・イル・リリヤは、この世界の多くの都と同様に、外敵に備え、周囲に巨大な壁を巡らせている。
門は東西南北に開いており、それぞれ大街道に繋がっている。
それぞれに門が設けられ、人や物資の出入りには厳重な監視の目が行き届いていた。
その一つ、遠く北西に、霊峰ルミナレスの白い輝きを望む、北門。
日が昇ってすぐの、こんな時間には、門もまだ閉じているし、旅人達はそれを承知しているから、開門を待つ物もいない。
いきなり、バサバサッと大きな、鳥の羽ばたきのような音が聞こえて、ケイン・ハワードは、目をこらした。
首都の門番をして10年にもなるが、こんなことは初めてだった。
目を疑った。
一瞬前までは何も見えていなかった、門のすぐ外側に、一人の青年が立っていたのだ。
「おーい」
青年は愛想良く手を振って、話しかけてきた。
「ここはこの国の首都の入り口だよな? おれは旅人だ。中に入れてもらえないか?」
「なんだと? こんな早朝にか。あんた、だいたいどうやってきたんだね。馬車も馬も見えないが」
「ああ。友だちが、そこまで乗せてくれたからね」
旅人は、陽気に笑った。
いかにも人が良さそうだった。
せいぜい十八歳かそこら、法律上では成人だが、まだ大人とは言えない、あどけなさを残した面差しだ。
赤みを帯びた金髪は、短く刈られている。
日に焼けて引き締まった精悍な顔。
無造作にまとった外套は上物のようで、柔らかく身体に沿って流れ落ちている。
大陸北方で得られる高地山羊の毛織り物と推測できた。つまり、都市に入るための通行税を払えるだけの金は持っていそうだ。
「通行税を払えば入れるよ。ただし、手続きが始まる刻限には早すぎる。夜が明けたばかりじゃないか。もう少し待ってくれ」
「ふ~ん」
青年は、頷いて、地面に大ぶりの背嚢を、どっかと置き、その上に、腰を下ろした。
「じゃあ、ここで待ってるよ」
屈託の無い笑顔を見せた。
「悪いな。規則で通行は許可できないが、番小屋に入って開く時間まで待ったらいいよ。飲み物でも出そう」
「えっマジ? やったぁ!」
「ははは。感じの良い青年だな。わしはケインだが、あんた、なんて言うんだい」
「あ、おれ?」
青年は、ほんの少しの間、考えて。
「この国の言葉では『リトルホーク』だ」
と、ふいに真面目な表情で、答えた。
「リトルホーク?」
いぶかしげに聞き返す門番のケインに、青年は、にやっと笑った。
「そ。おれは『リトルホーク』だ。これから冒険者として、いっぱつ派手に売り出す予定のさ!」
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