精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

文字の大きさ
上 下
132 / 144
第5章

その11 ラプラの初恋(3)前世を記憶する幼児

しおりを挟む

         11

 あたしの名前はラプラ(翼)。
 山奥どころか森林限界を超えた高山台地の奥も奥、人里離れた山の上にある『欠けた月(アティカ)』村に生まれた、21世紀の東京に住んでいた女子高校生だったという前世の記憶を持つ幼女(今のところは)。
 前世の記憶が鮮明なのは、心残りのせいなのだろうと思う。
 大好きな、命の恩人に、「ありがとう」って。
 ううん、本当は「あなたに恋してる」って、言えなかったこと。

 ところで、
 村長のとこの三兄弟は『先祖還り』じゃないか。そう思うようになったきっかけは末の弟クイブロである。

 アトク兄は、あたしより六つ上。
 リサス兄は、あたしより五つ上。
 間にカントゥータ姉さま。あたしより三つ上。でも姉さまは『先祖還り』じゃない気がする。何となく。生粋の戦士向きだ。
 そして末の弟クイブロは、あたしより三つ下。

 アティカ村の子供たちは集会場も兼ねてる村長の家に集まって一緒に遊んだり読み書きくらいは大人から教わったり、ケンカしたりして大きくなる。だからみんな、きょうだいみたいな感じだ。

 クイブロは、
 変わった目をしてた。
 あれはどこか、うんと遠くを見ている、悲しげな目だ。
 ちびっ子のくせに。

 あたしはクイブロに直接たずねた。
「あんたは何がそんなに悲しいの」

 するとクイブロは、驚いたように大きく目を見張った。
「なんでわかる」
 一歳の幼児が言う。びびるわ。

「あたしも同じだからさ!」

 この世界のではない前世の記憶を持った生まれ変わり。ここではそれを『先祖還り』と呼ぶ。
 そしたらクイブロは、あたしに秘密をうちあけた。

 前世を覚えていること。
 どうしても会いたい運命の相手がいるってことを。
「夢を見るんだ。長い黒髪で黒い目で、すごくきれいな女の子。おれはあの子に会わなくちゃいけない」

「へぇ。すっごいじゃん」
 背中を叩いた。

 クイブロはきょとんとした目で、不思議そうにいう。
「ラプラは、しんじてくれるの。こんな、へんなはなし」

「それを言ったら、あたしのも相当ヘンだよ」
 だからあたしも打ち明ける。
「あたしも、どうしてもまた会いたい人がいる。神様が約束してくれたんだ、同じ世界に生まれ変われるって」
 ちょっと言い回しは違ってたけど、そういうような意味だったんだから。
「だから、この人生、がんばって生きてかなきゃ! あんたも! そんな虚ろな目をしてないで」

「うん!」

 一歳のときだ。普通なら、まだ喋ることなんてできやしない。『先祖還り』ならではのこと。
 クイブロは、それからちょっと元気になった。良く笑い、野山を走り回り、パコチャの世話をして。つまり村の他の子供と同じように。

 だけど三歳の時、クイブロは高熱を出した。

 だいたいあたしたち『欠けた月(アティカ)の村』の人間は、身体が丈夫だ。そうそう熱なんて出ないのだが、あるとき村の外からやってきた行商人が帰ってから、高熱の出る人間が何人かあった。老人がほとんどだったが、その中にクイブロがいたのだ。

 その病状を診たリサス兄は、アトク兄と何やら長く話し合っていて。
 ちなみにリサスは十一歳、アトクは十二歳である。

 アトク兄は無言で村から飛び出していった。
 行商人を追いかけていったのだと、誰も気づかなかった。
 二日後に薬を持って帰ってくるまでは。

 アトク兄は血まみれになっていた。
 怪我でもしたのかと問いかけるローサに、怪我はない、行商人が薬を持っていたとだけ答えた。
 病人達の症状は変わらず、皆が熱のために昏睡していた。

 ……あたし、ラプラが昏睡なんてことをわかるのは、前世を覚えているからだ。だけどあたしみたいな子供は病人に近寄ることは許されなかった。
 リサス兄は、病状を把握していたのだとしか思えない。それをアトク兄に伝えたのではないか。
 このとき、この二人も『先祖還り』ではないのだろうかと、あたしは感じた。問いただすような状況ではなかったし、聞けずじまいだったけど。

 翌日には熱も下がりクイブロたちは目を覚ました。
 村長である母親のローサは安心すると同時に看病疲れで一日伏せってしまったけれど。

 村にはその後、あの行商人たちはやってきていない。

 そして目覚めたクイブロは、前世の記憶を語ることもなくなった。
 まるで普通の幼児のように。

 でも、あたしは知っている。
 あの寂しげな目。
 野原でパコたちを放牧しているとき、あの子はつぶやいた。
「……カオリさん」という、日本語を。
 前世のことを、もしかしたらほとんど覚えていないかもしれないけど。
 もう一度会いたい、カオリという女の子のことは忘れていないはずだ。

 あたしだって、あのひとのことを忘れるなんてことはあり得ないから。
 そしてあたしは。
 アトク兄が血まみれになって帰ってきた姿を見たとき、感じた。
 このひとだ、って。
 前世の、女子高生だったときのあたしを助けてくれた、片手にナイフを持って血の海に立っていた姿を彷彿させた。

 あのとき、あの人は、家族を殺した犯人をついに追い詰めて自分で殺したから。
 だから、もうあとはどうでも良くなって、逃げ続けていたのに、あっさりと逮捕されて、それまでの罪を全て認めたのだった。

 あのときの、どこか吹っ切れたような表情が、アトク兄にも、あった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...