131 / 144
第5章
その10 ラプラの初恋(2)
しおりを挟む10
多分それは死ぬ間際の。
自分という存在が消えていく寸前のできごと。
真っ暗な、闇の底に、あたしはいた。
走馬燈が見えるってほんとだったんだ……呑気なことを思った。
独身のまま年老いたけど、それは自分の選んだことだ。
華と百合はずっと親友だった。そのほかの友人知人にも恵まれたし、とうに死んだ両親には愛されていた。
もうじゅうぶん生きた。
このまま消えていくのは受け入れよう。
けれど一つだけ心残りがあって、それが胸をしめつける。
ああ、堕ちる。
どこまでも、落下していくのを感じる。
暗く渦を巻いている穴が、見える。
あたしを引きずり込もうとしているのは、後悔という感情なのだろうか。
神様。きっとどこかにいる神様。
高校生の時、あたしを助けてくれた、あのひとに。
せめて、一度。
救われる機会をあげてください……。
そしてできるなら、もう一度、あのひとに会いたい。
助けてくれてありがとうって言いたいんです。
たとえ、気まぐれでも。
もののついでに助けただけだ、なんて言われるかもしれないけど。
「その願いを叶えようぞ幼児よ。末期の心残りを」
真っ暗だった世界に、その言葉が響いたとたん、ふいに、あたりは明るくなった。
銀色の光に包まれた空間だ。
果てしない落下が、止まった。
「地獄に堕ちるようなこともしていない無垢な魂が、このまま苦しみ続けることになるのは、神として放ってはおけぬからのう」
現れたのは、童子だった。
時代劇か昔話に出てくるような。
え~と。あれは、狩衣? 袴も含めて全身真っ白な装束に身を包み、おかっぱみたいに切り揃えた黒髪、黒い目の男の子。
「儂はただの『神の依童』じゃ。神そのものならば、直視すればおまえの目を焼き、脳髄を焼いてしまうからのぅ」
まさに童子のように屈託無く笑って、物騒なことを口にする。
「さて、そなたの願い、かなうはちと難しいの。あの者は、転生させるたびにどうしても大量に人を殺してしまう。業か、さだめか。もう、この世界では、人への転生は難しい。だが、婦女暴行常習犯に襲われていたそなたを見殺しにせず助けたことも事実。考慮に入れれば……今一度、機会を与えることもできよう」
「神様、お願いします」
あたしは跪いた。
「あの人は、ほんとは優しい人です。あまり話したこともないけど……わかります」
「この世では難しい。だから、あの者は、この世が終わった後に異世界に譲り渡すこととなっておる。ものは相談じゃ、幼児よ。もし覚悟があらば……同じ世界に送ってやろうほどに。みごと再び相まみえるかは賭けじゃがな」
「あの、よくわかりませんが……あのひとはもう一度、転生できるとおっしゃいましたか?」
「この世では無く。異世界じゃ。そなたも共に赴く覚悟はあるかの?」
「は、はい!」
是非も無い。あたしは大きくうなずいた。
「あいわかった。今一度の生を享受せよ、幼児よ。生を遊べよ」
神々しく、童子姿の神様は、おっしゃった。
「次の世界は、なかなかに、面白きことであろうぞ」
次の世界? 面白い?
気になる言葉だったけれど。
それきり童子姿の神様の姿は消えてしまった。
そして、あたしの意識は薄れ、地の底へでは無く、ふわりと、浮遊感に包まれた。
※
「確かに生まれ変わりたいって思ったけどさ」
望み通り転生した、あたしはぼやく。
異世界転生だったのは予想外。そういえば、あの神様、言ってたわ。
この世ではなく異世界だって。あのときのあたしは、深く考えられなかったけど。
そして、生まれる前。セレナンと呼ばれているこの異世界の女神様に出会ったことを、五歳の誕生日まで綺麗に忘れてた。
一番はっきりと覚えている前世のできごとは、21世紀の東京で遊んでたピチピチ女子高生だったのに。
生まれ変わったことを悟って我が身を振り返れば……
「なによ、この山奥のド田舎! ここどこよ!」
でも、気を取り直そう。
生まれ変わってあのひとにもう一度会いたい。
その願いを叶えてくれる世界に、あたしも転生したのだから!
年老いて死んだのに、まるっと、まるっきり新しい身体、新しい生命で!
「ありがとう童子の神さま。セレナンの女神さま。あたし、がんばります!」
ぜったいに、あのひとを捜し出すんだ。
だって、共に赴く覚悟はあるかと、神さまは、あたしに問いかけたのだから。
※
ということで仕切り直し。
あたしはラプラ。『欠けた月の村』アティカ村の言葉では『翼』という意味だ。不思議だなあ。日本の名前と同じ意味を持つ名をつけられるなんて。
ここは山奥、辺境もいいところの、ど田舎だ。
なんでも遠い昔に先祖が『真月の女神イル・リリヤ』の直接の命を受け、人々を陰から守護するために配置されたのだって。女神さまの臣下ってこと?
そして、異世界転生者のことを『先祖還り』と呼ぶ世界。
前世の記憶をもって見ると、いろいろと思い当たることがあった。
村を創設した人は、ぜったい『先祖還り』だ。
ここの暮らしぶりは、まるで昔インカ帝国があった南米、アンデス地方の高山台地そっくりなんだもの。そこに暮らしていた人か、それともアンデス大好きだった人に違いない。前世の親友がインカ帝国好きだったから、熱く語ってくれたもの。覚えてるよ。
セレナン、『新しき蒼き清浄の地』と呼ばれているこの世界は人の望みに応えて創造されたって、女神さまが言ってた。
ということは、おそらく。
まだ知らないけれど、他の土地でも、かつての地球に似た国土が広がり、似たような文明が再現されている可能性がある。
……なんてことは、ま、あたしにとってはどうでもいいことだ。
あたしの望みは一つだけ。
彼に、会いたいってことだけなんだ。
その前提で周囲を見ると、存外、同郷らしき『先祖還り』かもしれない人たちを発見できた。まだ話してないけど。
特徴があるのだ。
それは幼いときほど顕著だ。
とても遠い目をしている。
この世ではないどこかを見ている。もう会えない誰かを探していたり。もう見ることのできない何かを探し求めてる。
身近なところでは幼なじみのティカとスルプイがそうだった。
で、あたしは。
いきなりガツンとやった。
「あんたら『先祖還り』だよね? 仲間だ!」
とまあ、そんなとこ。
おかげで短気なラプラって呼ばれてる。いいけどね。
そしてたぶん。
村長んとこの三人の兄弟、アトク、リサス、クイブロも、そうだ。
たしかめなくちゃ!
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる