精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

文字の大きさ
上 下
129 / 144
第5章

その8 グラウケーの託宣

しおりを挟む
          8

「いや~めでたい! カントゥータの婿が決まった!」
「ってことは、この『欠けた月の村』次期村長の婿様だ」
「立派な筋肉だねえ兄さん。こりゃあ頼もしい」

 村人たちが、倒れていたミハイルを取り囲んで口々に祝いの言葉を投げかけた。

 しかしミハイルはまだ身体が痺れていて立つことはおろか、ろくにしゃべることもできないでいる。
 なので、寝耳に水の、この勝負はカントゥータの婿選びであったのだということを初めて聞いたにもかかわらず、何の反応も返すことができないでいた。
 ころがって、目で抗議の意思を訴えるばかりだった。

「喜べ、おまえ。ミハイルとか言ったな。わたしの婿にしてやろう!」

「姉ちゃん、よく見ろよ。ミハイルさん、喜んでないぞ!」

「そんなはずはないさ。だろう? ミハイル。おまえの主の護衛をやめろとは言っていない。ときたま、村に来てもらえばいいだけだ。責任は要求しない」

「姉ながら身勝手だぞ、それ」
 クイブロはミハイルの側に寄って、毒消しだと言い、水を飲ませる。
 精霊にもらった聖なる泉の水なのだそうだ。
 水を飲んだミハイルは、ぐったりと倒れ込んだ。
「しばらく寝てて。すぐ治るよ」
 クイブロは、申し訳なさそうに言った。


「どういうことなのでしょうか。欠けた月の村、次期村長のカントゥータさん。わたしの護衛のミハイルは? どうなってしまうのでしょうか」
 おそるおそる、シャンティは尋ねた。

「入り婿だ。通い夫でいい。たまに来るだけ、跡継ぎをつくるだけ。あとは望まぬ」
 カントゥータの表情が、なぜか、急に曇った。

「カントゥータさん……」
 シャンティが、静かに言う。
「失礼を承知で申し上げます。もしや、あなたは、ミハイルを含め、ここにいる誰のことも、心に留めてはおられないのでは」

「……さすが……苦労してこられたと聞いているが、アステル王家の第八王子。見る目はあるのだな」
 カントゥータは、苦しげに息を吐いた。
 戦い続けていたときの目の輝きは、消え失せていた。
 苦悩に沈む若い娘の表情になっていた。

「ええ。カントゥータさんには、ほかに、心からお慕いしていらっしゃるかたが、おられるのでしょう?」

「そうだ」

 この発言に、その場に居る全員が、驚かざるを得なかった。


「なにっ!?」
 最も驚愕したのはコマラパだ。
 カントゥータが婿を選ぶ、強い者でなければならないと、戦って勝った者を婿にするからというので、候補者を各地から募ってきたのだから。

「婿をとるつもりはなかったと?」

「とるつもりだった! あきらめて!」
 カントゥータは、叫んだ。

「ミハイルを選んだのは、本当は、レフィス兄さまに髪の色や目の色が似ていたから!」
 まるで恋する乙女だった。

「だけど、自分の気持ちは裏切れない! わたしはレフィス兄さまでなければ、やっぱり、いやです!」

「お姉さまが精霊さまに恋していたなんて!」
「そんなに悩んでいたの。でも、わかるわ~」
「レフィス・トール様は、美形だものね~」
 カントゥータに声援を送っていた三人娘、ティカ、スルプイ、ラプラは、それぞれに納得した。

 だが納得できなかったのは、男性陣だった。
 言葉も無く、驚愕のあまりに固まっている、婿候補だった青年たち。

「はああああああ!? レフィス・トール様!?」
 今まで冷静で居たアトクでさえ、これには驚いた。
「精霊族に恋しているというのか!」

「わたしは当て馬か!?」
 愕然とするミハイルだった。

「しかし、精霊と人では」
 アトクは言いかけて、やめた。
「……そうだな。おれたちの弟クイブロは、精霊に育てられた『精霊の愛し子』カルナックを、嫁に迎えるのだものな。カントゥータ、かわいい妹よ。人が精霊に恋するなどと、不可能だから諦めろとは、おれには、言えない」

「アトク兄!」
 カントゥータは、頭を振る。長い三つ編みが揺れる。彼女の心のように。

「お義姉様。おれ、レフィス兄さまを呼ぶから」
 すっくと立ち上がったのは、クイブロに寄り添っていたカルナックだ。

「気持ちを打ち明けないと苦しいって、おれは、よくわかるもの!」

 カルナックが声をあげると、周囲に銀色の靄が、みるみる集まっていく。

 やがて、そこに、三人の精霊族が現れた。

 長い銀髪と淡い青の瞳、すらりと背の高い美青年と、美少女。
 そして、二人よりも年かさに見える、美しい女。
 カルナックの育ての親であるレフィス・トールと妹のラト・ナ・ルア、精霊の長とも言えるグラウケーの、神々しい姿だった。

「レフィス兄さま! わたしは、あなたでなければ、誰も、欲しくはありません!」
 激情のままにカントゥータは駆け出し、三人の精霊の前に立って、思いの丈をぶつけたのだった。

 すると、レフィス・トールは、微笑んで。
 そっと、カントゥータの手を取った。
「カントゥータ。わたしも、あなたのことは嫌いではない。けれども、わたしとでは、子は成せない。村長の跡取り娘、次期村長のあなたにはふさわしくない」
 
「子どもなんていらない。跡取りなんて誰にでも譲る! 母さんが養女でもなんでもとればいいんだから!」

「あなたは、そこまで……」

 いつの間にか熱の籠もった眼差しを交わす二人に、周囲は呆気にとられたのであった。


「あの頭の固い兄さまが人間にほだされるなんて……」
 頭痛がしそうだわ、と。ため息をつくラト・ナ・ルア。

 グラウケーことグラウ・エリスは大爆笑である。
「面白い! 年若い者たちよ、きみたちは面白いな!」

「グラウ姉さまったら」

「それにしてもレフィスは、あんなに楽しい子だったかな? いやいや見直したよ。人間と接していた甲斐があったね。これは見所がある」

 終始、くすくすと楽しげに笑うグラウケーは、

「今、《世界の大いなる意思》と話し合って、決まったよ」
 こう前置きして、皆に告げた。

世界セレナンは、言う。この『欠けた月アティカ』の村を、閉じよ。これまで以上に完全に。我ら精霊の愛し子を伴侶に求め、逆に、精霊族を夫に欲する娘がいる、この村は。人間の世界から離れ、精霊の森に移るものである。出て行きたいと思うものは自由にさせよう。だが、村は、この地上世界から消えて、精霊の世界に属する。これは、決定事項だ。覆らない。なお……」

 ここで言葉を切って、
 カントゥータの婿候補として訪れていた青年たちを指し示した。

「そなたたち、客人よ。望むとおりにするがよい。とどまるもよし、出て行くもよし。ただし、ここを出れば、この村のことを忘れ去る。心しておくがよい」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...