119 / 144
第4章
その32 大災害(カタストローフ)
しおりを挟む32
「セラニス。おまえは駆竜部隊全体を操ってはいない。せいぜい今乗っている一頭くらいのものだろう。こいつらの指揮官には、なれなかったようだな」
アトクの言葉に、セラニスはきょとんとして、首を傾げた。
「指揮官? なにそれ。こいつらは兵士の手足、移動するための乗り物。それ以外の何だっていうんだ」
そんなセラニスが乗っている駆竜は、同じように首を傾げていた。
(同じ動きをしてる?)
カルナックはそれに気づき、カントゥータをちらりと見た。
目配せが返ってきた。
カントゥータも、そしてアトク、銀竜、ローサも。
クイブロはカルナックの傍らに駆けつけ、寄り添った。支えようとしているのだ。
カルナック(ルナ)は、この場にいる誰よりも強い。
しかし唯一、弱点がある。
身体が弱く、体力がもたないことだ。
精霊火(スーリーファ)も、カルナックの体力を補うために集まって来ているのだ。
「ルナ。おれのルナ」
クイブロは背中からカルナックを抱きしめた。
「どうしたのクイブロ」
「どこへもいかないでくれ」
捕まえていないと、ふいにどこかへ消えていってしまいそうな気がした。
「へんなクイブロ。知ってるでしょ。おれはどこへもいかない。『世界』に、許可をもらって、ここにいるんだよ。セラニスを退けて、勝って。生き延びて。……それで、来年。おれを『輝く雪の祭り』に、連れてってくれるって、約束したよ」
「……うん。うん、そうだよ。約束だ。一家総出で。『輝く雪の祭り』に……」
「ぜったい、だよ。約束したよ」
「うん。絶対に」
可愛い嫁、ルナ(カルナック)を抱きしめて。クイブロは、背筋が粟立つような奇妙な予感がしていた。
何かが、起こる。
きっと、不穏なことが。
今、セラニスの前に進み出て睨み合っているのは、アトクである。
「駆竜は、おまえの手足でも機械でもない。こんななりだが生きているんだ。兵士の命令に従うように訓練されてはいるが、意思もある。無視していると痛い目を見るぞ」
その声は憤りに満ちていた。
「なに言ってんの。おまえたち兵隊だって使い捨てなのに。駆竜は『人形』に繋いで使い潰す手足で乗り物。今回は指揮系統の中枢はアトクに設定しておいたけどさ。書き換えなんてすぐできる」
重要な武器である『魔天の瞳』をすべて叩き落とされているにもかかわらず、セラニスには不思議なほどに落ち着きがあった。
つい先刻まで、セラニスは数十頭の駆竜部隊を率いていた。
指揮権をアトクに奪い還されたために現時点では、セラニスの味方はいない。飛ばしていた『魔天の瞳』もすべて落とされたのだ。
対して、『欠けた月の村』側には、ローサ、カントゥータ、クイブロとカルナック。そして守り神である銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)とアトクがいる。
「だが『人形』たちはすべて村の入り口で弾かれた。『人形』の通信機は破壊しておいたから、もう指令を出すものはいない。この、おれのほかには、な」
駆竜部隊は、アトクに従い、セラニスに対して敵を狙うような姿勢で、じわじわと包囲を縮めつつあった。
「ふふん。一人に大勢で迫る? これって、いじめ?」
くすくすとセラニスは楽しげに笑った。
「そろそろ気づいているだろうから言っとくよ。いかにも、このぼくは、ここにいる駆竜の心臓部に設置したターミナルに『憑依(インストール)』してるよ。だから、こいつを破壊すれば、ぼくは、この場からいなくなる。好きにしたら?」
「妙だな。それを宣言しておまえに得があるのか?」
訝しんだのは、銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)だ。
「やっぱりそう思う? しょうがないから告白するよ。実は困ってるんだ。うっかり『憑依(インストール)』しちゃったもんだから。こいつが死ぬか、脳に取り付けた端末機器(ターミナル)が壊れるかするまで、抜け出せなくなっちゃったんだよね」
「へええ。じゃあ、壊さなければいいわけだ? セラニス、おまえはその器に縛られる」
「そうだけど。戦略的には、それも外れだね」
アトクの問いかけに、セラニスは肩をすくめる。
「ぼくの本体は相変わらず上空にある『魔の月』だ。そこには誰も手出しできない。ここにいる『ぼく』が月に帰還しなくたって、あっちは困りもしないわけ。な~んかソンしてる気がするんだ~。ねえ。なんで、末端のぼくが犠牲にならなきゃいけない?」
「知るか! 今まで兵士を使い捨ててきたくせに」
「そうなんだよ~。ぼくも兵隊と一緒さ。使い捨て! そんなのつまらない! だから、思ったんだ」
セラニスの目が、暗い赤に輝いた。
「ねえ、もっと近づいてよ。駆竜たちも。提案があるんだ。ぼくと、手を結ぼうよ!」
「手を……結ぶ」
カントゥータの身体が、揺らいだ。
「そりゃあ、いい提案かも…しれないねえ」
ローサまでも。
その瞬間、カルナックは異常に気づいた。
「だめ! 欺されないで! そいつは人間に悪意しかない! 手を結ぶなんてあり得ない」
声が響いたとき、アトクもまた、我に返った。
「やばい。退け!」
セラニスを囲んでいた駆竜達に号令した。
「うふふふっ。もう遅い」
セラニスの唇から呪詛が紡がれる。
「仕掛けはできた。さあ、共に滅ぼうよ!」
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
【完結】魔女を求めて今日も彼らはやって来る。
まるねこ
ファンタジー
私の名前はエイシャ。私の腰から下は滑らかな青緑の鱗に覆われた蛇のような形をしており、人間たちの目には化け物のように映るようだ。神話に出てくるエキドナは私の祖母だ。
私が住むのは魔女エキドナが住む森と呼ばれている森の中。
昼間でも薄暗い森には多くの魔物が闊歩している。細い一本道を辿って歩いていくと、森の中心は小高い丘になっており、小さな木の家を見つけることが出来る。
魔女に会いたいと思わない限り森に入ることが出来ないし、無理にでも入ってしまえば、道は消え、迷いの森と化してしまう素敵な仕様になっている。
そんな危険を犯してまで森にやって来る人たちは魔女に頼り、願いを抱いてやってくる。
見目麗しい化け物に逢いに来るほどの願いを持つ人間たち。
さて、今回はどんな人間がくるのかしら?
※グロ表現も含まれています。読む方はご注意ください。
ダークファンタジーかも知れません…。
10/30ファンタジーにカテゴリ移動しました。
今流行りAIアプリで絵を作ってみました。
なろう小説、カクヨムにも投稿しています。
Copyright©︎2021-まるねこ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる