精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

文字の大きさ
上 下
114 / 144
第4章

その27 『牙』と『夜』を召喚する。再会!

しおりを挟む
 
                          27

 銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)が懸念する、『欠けた月』の村長ローサの覚悟。

 それは、この村が、かつてイル・リリヤの命を受けて地上に配されたという経緯によるものだ。

 真月(まなづき)の女神イル・リリヤは、危険を予測していた。
 息子である『魔の月』セラニス・アレム・ダルが、人間を補助するために作られたにもかかわらず人間を憎悪していることを危惧し、いずれはセラニスを諫めるイル・リリヤを疎ましく感じるだろうと。

 なれば、いつかは、イル・リリヤは変質する。
 セラニスによって改竄される可能性があった。

 この村は、その予防線として配置された要素の一つである。
 そのために。

 もしも万が一のことあれば、村は、その全存在を賭けることになる。
 危機を乗り切って生き延びるか。
 それとも最悪の場合は、全滅か。

 村の地底には、そのための『仕掛け』がある。

 そうさせたくは、ない。
 長年、村を見守ってきた銀竜の思いだった。

         ※

 カントゥータ、カルナック。そしてアトク。
 三人は村の中央部へと向かっていた。

 大量の駆竜の足跡が、道しるべのように続いていた。

「待って、お義姉さま」
 カントゥータの腕に抱かれたまま進んでいた、カルナックが声を上げた。
「おれを抱いてたら疲れるよ。両手が塞がって困るよ?」

「なに、そんなことぐらい平気だ。我が弟嫁はウサギよりも軽い」
 しかしカントゥータは、気にも留めなかった。

「そういうわけに、いかないんだってば!」
 カルナックは困惑して叫んだ。
「出て来て! 『牙(スアール)』! 『夜(ノーチェ)』!」

 呼び声に応え、カルナックの影の中から二頭の巨大な獣が飛び出してきた。

 一頭は、純白の毛並みで、口に大きな牙を持つ『大牙(タイガ)』。残る一頭は、漆黒の毛皮を纏った『夜王(ビッチェ)』という魔獣である。

「おわっ!? なんだ、こいつらは!」
 アトクは思わず剣を抜いて構えた。
「タイガとビッチェ!? なんで、こんな人里に居る? まるで、すぐそばに隠れてでもいたみたいじゃねえか!」

「大丈夫だアトク兄。これは嫁御が従えている魔獣だ。名前もつけてる」
 カントゥータは、誇らしげに言った。

「魔獣を従えているだと! ますます、とんでもねえ嫁だな!」
 アトクは舌を巻く。
 カルナックを抱えているカントゥータの両脇に、白と黒の魔獣が寄り添う。
                                                               
「お願い、お義兄さま、お義姉さま。急ぐんだ。それに体力も温存しておいて欲しいから。『牙(スアール)』と『夜(ノーチェ)』の背中に乗って!」

 二頭の魔獣は、身体を低くして、純白の『牙』がカントゥータの前に。漆黒の『夜』はアトクに背中を見せる。

「乗って!」
 重ねて懇願され、カントゥータとアトクは従った。

 夜のように。光のように。
 二頭の魔獣が、疾走する。

 純白の『牙』は背中にカントゥータとカルナックを乗せて。漆黒の『夜』はアトクを、乗せていた。
 目指すは村の中央部。
 そこでは数十頭にも及ぶ駆竜達が、操縦する乗り手もなく、破壊しろという最後の指令のままに、暴れているはずだった。

 そこに至るまでに見かけた村の家々は、どれもこれも壊滅的な損壊状態だった。
 人も家畜も姿が無いことは幸いだったが。

「急いで、『牙(スアール)』、『夜(ノーチェ)』!」

「それにしても驚いた。そいつら、本当に、嫁御の言うことはよく聞くんだな」
 艶やかな『夜』の毛並みを撫でながら、アトクは何やら考え込む。

「うん。従魔にしてから一週間? まだ日が浅いけど。ほんとうに、いい子たちなんだよ」
 カルナックは笑う。その首元には純白の毛皮の塊がちょこんとあった。よく見ればそれは生きた動物……白いウサギだった。

「そいつは?」

「ユキ。この子は、半月前、飼うことにしたんだよ。クイブロと出会ったときに拾ったの……」
 カルナックはふと黙り込んだ。薄い唇を引き結んでいる。

「そろそろ、村の中央広場だな」
 沈黙を続けているカルナックに代わり、カントゥータが、緊張した声で言った。

「砂煙が上がっている。駆竜の群れだ!」

          ※

 村の中央広場には、ローサ、クイブロ、青年の姿をした銀竜がいた。

 対峙するのは、猛り立つ駆竜部隊。
 駆竜の一頭の肩には、《それ》が、いた。

 血のように赤い、長い髪をなびかせた、十代半ばの姿をした少年だ。
 その周囲には、数十もの、人の頭よりも一回りほど小さい金属光沢のある赤黒い球体が、回転しながら浮いている。
 セラニスの忠実な武器、しもべ。『魔天の瞳』だ。

「セラニス・アレム・ダル!」
 カルナックが、凜と呼ばわった。

 すると赤毛の少年は、くるりと上半身だけをひねって、声をあげたカルナックのほうを、向いた。
 軽い驚き。そして唇の端を持ち上げ。

「やっと出てきたね、レニ。待ってたよ」
 くすくすと、人の悪い笑みを浮かべた。

 ローサと銀竜は、一行を見て、驚愕する。

 カントゥータが来るのは予想していた。
 だが、精霊の森に連れ戻されたカルナックが、姿を現すとは。
 そしてアトク。
 しかも三人は、『牙』と『夜』に乗っていたのだ。

「だめだ来るな!」
 驚きから最も早く引き戻されたのはクイブロだった。
 険しい表情で、カルナックを拒絶する。
「おまえは、ここにいてはいけない!」

「へえ? 意外だけど。……だってさ、レニ」

 どういうつもりだろうねと笑うセラニス・アレム・ダルを、カルナックは、無視した。

 目に入らなかった。
 どうでもよかった。

 またがっていた『牙』の背中から飛び降りて、一目散に向かったのは。
 クイブロの前だった。

「来てはだめだ。危険すぎる」
 ひたすらクイブロは焦り、慌てる。

「そんなの、無理」
 カルナックは、クイブロの胸に、勢いよく体当たりするみたいに、飛び込んだ。

「会いたかった……」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】魔女を求めて今日も彼らはやって来る。

まるねこ
ファンタジー
私の名前はエイシャ。私の腰から下は滑らかな青緑の鱗に覆われた蛇のような形をしており、人間たちの目には化け物のように映るようだ。神話に出てくるエキドナは私の祖母だ。 私が住むのは魔女エキドナが住む森と呼ばれている森の中。 昼間でも薄暗い森には多くの魔物が闊歩している。細い一本道を辿って歩いていくと、森の中心は小高い丘になっており、小さな木の家を見つけることが出来る。 魔女に会いたいと思わない限り森に入ることが出来ないし、無理にでも入ってしまえば、道は消え、迷いの森と化してしまう素敵な仕様になっている。 そんな危険を犯してまで森にやって来る人たちは魔女に頼り、願いを抱いてやってくる。 見目麗しい化け物に逢いに来るほどの願いを持つ人間たち。 さて、今回はどんな人間がくるのかしら? ※グロ表現も含まれています。読む方はご注意ください。 ダークファンタジーかも知れません…。 10/30ファンタジーにカテゴリ移動しました。 今流行りAIアプリで絵を作ってみました。 なろう小説、カクヨムにも投稿しています。 Copyright©︎2021-まるねこ

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...