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第4章
その27 『牙』と『夜』を召喚する。再会!
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銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)が懸念する、『欠けた月』の村長ローサの覚悟。
それは、この村が、かつてイル・リリヤの命を受けて地上に配されたという経緯によるものだ。
真月(まなづき)の女神イル・リリヤは、危険を予測していた。
息子である『魔の月』セラニス・アレム・ダルが、人間を補助するために作られたにもかかわらず人間を憎悪していることを危惧し、いずれはセラニスを諫めるイル・リリヤを疎ましく感じるだろうと。
なれば、いつかは、イル・リリヤは変質する。
セラニスによって改竄される可能性があった。
この村は、その予防線として配置された要素の一つである。
そのために。
もしも万が一のことあれば、村は、その全存在を賭けることになる。
危機を乗り切って生き延びるか。
それとも最悪の場合は、全滅か。
村の地底には、そのための『仕掛け』がある。
そうさせたくは、ない。
長年、村を見守ってきた銀竜の思いだった。
※
カントゥータ、カルナック。そしてアトク。
三人は村の中央部へと向かっていた。
大量の駆竜の足跡が、道しるべのように続いていた。
「待って、お義姉さま」
カントゥータの腕に抱かれたまま進んでいた、カルナックが声を上げた。
「おれを抱いてたら疲れるよ。両手が塞がって困るよ?」
「なに、そんなことぐらい平気だ。我が弟嫁はウサギよりも軽い」
しかしカントゥータは、気にも留めなかった。
「そういうわけに、いかないんだってば!」
カルナックは困惑して叫んだ。
「出て来て! 『牙(スアール)』! 『夜(ノーチェ)』!」
呼び声に応え、カルナックの影の中から二頭の巨大な獣が飛び出してきた。
一頭は、純白の毛並みで、口に大きな牙を持つ『大牙(タイガ)』。残る一頭は、漆黒の毛皮を纏った『夜王(ビッチェ)』という魔獣である。
「おわっ!? なんだ、こいつらは!」
アトクは思わず剣を抜いて構えた。
「タイガとビッチェ!? なんで、こんな人里に居る? まるで、すぐそばに隠れてでもいたみたいじゃねえか!」
「大丈夫だアトク兄。これは嫁御が従えている魔獣だ。名前もつけてる」
カントゥータは、誇らしげに言った。
「魔獣を従えているだと! ますます、とんでもねえ嫁だな!」
アトクは舌を巻く。
カルナックを抱えているカントゥータの両脇に、白と黒の魔獣が寄り添う。
「お願い、お義兄さま、お義姉さま。急ぐんだ。それに体力も温存しておいて欲しいから。『牙(スアール)』と『夜(ノーチェ)』の背中に乗って!」
二頭の魔獣は、身体を低くして、純白の『牙』がカントゥータの前に。漆黒の『夜』はアトクに背中を見せる。
「乗って!」
重ねて懇願され、カントゥータとアトクは従った。
夜のように。光のように。
二頭の魔獣が、疾走する。
純白の『牙』は背中にカントゥータとカルナックを乗せて。漆黒の『夜』はアトクを、乗せていた。
目指すは村の中央部。
そこでは数十頭にも及ぶ駆竜達が、操縦する乗り手もなく、破壊しろという最後の指令のままに、暴れているはずだった。
そこに至るまでに見かけた村の家々は、どれもこれも壊滅的な損壊状態だった。
人も家畜も姿が無いことは幸いだったが。
「急いで、『牙(スアール)』、『夜(ノーチェ)』!」
「それにしても驚いた。そいつら、本当に、嫁御の言うことはよく聞くんだな」
艶やかな『夜』の毛並みを撫でながら、アトクは何やら考え込む。
「うん。従魔にしてから一週間? まだ日が浅いけど。ほんとうに、いい子たちなんだよ」
カルナックは笑う。その首元には純白の毛皮の塊がちょこんとあった。よく見ればそれは生きた動物……白いウサギだった。
「そいつは?」
「ユキ。この子は、半月前、飼うことにしたんだよ。クイブロと出会ったときに拾ったの……」
カルナックはふと黙り込んだ。薄い唇を引き結んでいる。
「そろそろ、村の中央広場だな」
沈黙を続けているカルナックに代わり、カントゥータが、緊張した声で言った。
「砂煙が上がっている。駆竜の群れだ!」
※
村の中央広場には、ローサ、クイブロ、青年の姿をした銀竜がいた。
対峙するのは、猛り立つ駆竜部隊。
駆竜の一頭の肩には、《それ》が、いた。
血のように赤い、長い髪をなびかせた、十代半ばの姿をした少年だ。
その周囲には、数十もの、人の頭よりも一回りほど小さい金属光沢のある赤黒い球体が、回転しながら浮いている。
セラニスの忠実な武器、しもべ。『魔天の瞳』だ。
「セラニス・アレム・ダル!」
カルナックが、凜と呼ばわった。
すると赤毛の少年は、くるりと上半身だけをひねって、声をあげたカルナックのほうを、向いた。
軽い驚き。そして唇の端を持ち上げ。
「やっと出てきたね、レニ。待ってたよ」
くすくすと、人の悪い笑みを浮かべた。
ローサと銀竜は、一行を見て、驚愕する。
カントゥータが来るのは予想していた。
だが、精霊の森に連れ戻されたカルナックが、姿を現すとは。
そしてアトク。
しかも三人は、『牙』と『夜』に乗っていたのだ。
「だめだ来るな!」
驚きから最も早く引き戻されたのはクイブロだった。
険しい表情で、カルナックを拒絶する。
「おまえは、ここにいてはいけない!」
「へえ? 意外だけど。……だってさ、レニ」
どういうつもりだろうねと笑うセラニス・アレム・ダルを、カルナックは、無視した。
目に入らなかった。
どうでもよかった。
またがっていた『牙』の背中から飛び降りて、一目散に向かったのは。
クイブロの前だった。
「来てはだめだ。危険すぎる」
ひたすらクイブロは焦り、慌てる。
「そんなの、無理」
カルナックは、クイブロの胸に、勢いよく体当たりするみたいに、飛び込んだ。
「会いたかった……」
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