精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

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第4章

その17 《世界》に認められた守護者

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                 17

 瀕死の駆竜を操るために、神経系を思わせる糸をその身体に張り巡らせていた、グーリア帝国製の『独立生体接続端子』は、生命が失われていく駆竜を離れ、次の宿主を探そうとしていた。

 が、新たに狙った獲物……カントゥータに伸ばした半透明の触手を、彼女に到達する寸前に、すっぱりと断ち切った刃があった。


 わずかに反りの入った刀身。
 腕の長さほどの。
 黒光りのする、木目にも似た文様が表面に浮き上がっている鋼の剣。
 その剣を携えているのは、長身の青年だった。


「おれの妹に手を出すな」
 凜とした声が響く。
 片刃の剣を構えて、駆竜の腹から伸びていた触手を断ち切ったのは、背の高い、がっしりとした体つきの青年だった。

 肩まで届く、くすんだ金髪を、うなじで無造作に紐で一つに結んでいる。
 上半身だけひねってカントゥータを振り返る。

 その顔には血の跡は見られず、両眼は揃っている。
 茶色の目が、不思議に穏やかに笑っていた。

「そんな……!? そんな、まさか、アトク兄!? なんで、昔のまま……」
 カントゥータは、言葉を失う。

「世界(セレナン)が、な」
 呟いた青年の周囲には青白い精霊火が集まり、まつわりついている。
「おれに告げた。行って、おまえを助けてやれと」

 口にした言葉に、カルナックは、ぴくりと反応した。
「あんたが、アトクっていう人? クイブロのお兄さん? あんたも、世界に、おねがいしたの?」

「そうだ。おれの願いは世界(セレナン)に届いたのさ」
 こう答えた青年は、振り返ってカントゥータとカルナックを見やる。

「きれいな子じゃねえか。妹よ、この子がクイブロの嫁かぁ。こりゃあ、我らが愚弟は、めいっぱい頑張んなきゃいけねえやな」

「兄さん?」

 プーマ家の鬼子。長兄アトクが、なんの憂いもなく楽しげに笑うのを、カントゥータは生まれて初めて見た。
 力強く、心から笑って。
 その鋼の刃は崩れ落ちていく駆竜の頭を叩き落とし、腹に大きな穴を開けた。

「任せて!」
 カルナックは懐から小さな袋を出して、中身を駆竜に投じる。

 盛大な爆発が起こった。

 それは、以前にクイブロにもらっていた、火薬弾だったのである。

 駆竜と共に、取り付いて操っていた『生体接続端子』である白い石塊も砕け散り、その活動を止めた。
 こう表現して差し支えなければ、永遠に。

「おお! やったな嫁御!」
 カントゥータは喜び、カルナックを軽々と抱き上げて、喜びをあらわにした。

                      ※

「さあ行こうぜ、妹よ。精霊の愛し子にして我が愚弟の嫁よ。駆竜たちの人形部隊から、村を救う。おれは、死んで生まれ変わったのさ」

 そして付け加えるように囁く。
「ま、これ以上は二度と生まれ変わることはないがな」

「どういうことなの兄さん!」
 戦闘に特化したカントゥータには、理解し難い。

「村へ急げ。まず家だ。みちみち話す」

 カントゥータとカルナックを引き連れ、アトクは村へと駆けていく。
 周囲には、おびただしい数の精霊火が集まってきていた。

 そしてアトクは、語った。

「おれは死んで終わりだと思っていたが、世界に、会った。そして選んだ。生まれ変わるのをやめて、おまえたちの、この村の守護になると決まった」

「え?」
 やはり理解が追いつかないカントゥータ。

「銀竜さま、みたいに?」
 尋ねたのは、カルナック。

「ああ。そうだよ。おれは、確かに死んだが。村の守護者となってとどまり続ける。これ以上は死なないが、生まれ変わりもしないということになったのさ。それが、おれの望んだことだ」

 おまえのように、と。
 囁かれた、気がして。
 カルナックは、そっと、アトクの長身を見上げた。
 笑みが、返ってきた。

 穏やかな、柔らかい笑み。
 それは村の誰もが未だかつて見たことのないアトクの表情だった。

「行こうぜ。クイブロがいる。母さんと父さんがいる、村の皆がいるところへさ。我が家の弟嫁よ、おまえも、世界に願ったんだろ?」

「うん」
 カルナックは短く答えた。

「ずっと、みんなと一緒に、いたかったから」

「おれも同じだよ」
 アトクは笑う。

「おれを救ってくれたのは、カントゥータがくれた、この剣だ。弟のリサスから贈られたそうだ」

「リサス兄さん?」

「おれの弟でクイブロの兄。ガルガンドに出稼ぎに行ってる。まあなんていうか、おれよりずっと優しいアニキだったよ。また後で話そう」

 青白い精霊火の群が、アトクを、カントゥータを、カルナックを押し包み。
 銀色のもやが、たなびいて、収束していく。

 やがて村の全容が、見えてきた。
 石を積み上げてつくられた家々の、家畜の石囲いの、そこかしこが崩れ落ちている。

 村の中で数十頭の駆竜が暴れ回っているさまが、目に飛び込んできた。

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