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第4章
その5 傭兵帰る
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銀竜の背に乗って帰還したクイブロ、カントゥータ、コマラパによって、危険が迫っているとの知らせがもたらされ、村は騒然となった。
「やっぱり、アトクは……」
ローサはがっくりと肩を落とした。
「あたしは、あの子を、まっとうに育てられなかった」
『それは違うぞ、我が孫よ、ローサ。カリート。人の中には、ごくまれに、そういうふうに生まれ付いてしまうものがある。このたびは、それが、おまえたちの息子だったというだけだ』
銀竜は、慰めるように言った。
『その証拠に、あと二人の息子は、アトクの影響は受けていないだろう』
「ありがとうございます。銀竜様」
「ありがとうございます」
ローサとカリートは揃って頭を垂れた。
『うむ。気に病むでないぞ』
長身の青年の姿をとっている銀竜は、少しばかり照れたように、笑った。
『それに……世界の大いなる意思(セレナン)は、すべてを見ている。世界が、アトクを許しがたい存在だと断じていたならば、彼はとっくに消滅しているだろう。セレナンの意図は推し量りかねるが……アトクも、あるいは必要なものなのかもしれぬ……我々、個々の存在にはわからぬ大きな理(ことわり)の中では……』
銀竜は、言葉を切った。
『ふむ。それは、今ここで考えてもらちがあかんな』
頭を振り、背筋をのばして。
『心せよ、「アティカ』の民。そなたたちは真のイル・リリヤの意思を伝えるものたちだ。魔の月は、以前から煙たく思っていただろう。この機会に攻め滅ぼすつもりだ。セラニスの手足となったやつらはグーリアから旅立ち、荒野を越えてやってくる』
「銀竜様。いつ頃に、なるのでしょうか」
村長としての責任を担って、ローサは銀竜に尋ねる。
『早ければ、ここ三日の間に、到達するだろうのぅ』
銀竜は目を細めて、上空から見た、灰色の軍団の痕跡を思い浮かべる。
まるで地面にしみが広がるように。
灰色の駆竜が数十頭、整列して、荒野を行軍し続けていた。
『ベレーザ』と呼ばれる彼らは、グーリア帝国の神祖なる皇帝から、直接に指命を下された。『殲滅作戦』と言われればその通りに従うまでなのだった。
しかし、考えてみれば様子が尋常ではなかったように思う。
だが、推測の域を出なかったので、銀竜は、そのことについてはローサにも、誰にも伝えなかった。
※
駆竜の群れが荒野を走る。
その背には灰色の男達が跨がっている。灰色に見えるのは、駆竜の革で造られた、軽装の鎧を、心臓のあたりを保護するように身につけているせいだろう。
灰色の軍団の先頭切って竜を奔らせていた、一際体格のいい大男が、軍団全体に合図して、疾走を止めた。
赤みを帯びた長い金髪を首の後ろで一つに束ねている。
頭の右側は、まるで血に染まって乾いたように赤黒い塊がこびりつき、右目を覆い隠すように頭に巻き付けた布もまた、黒ずんだ染みがついていた。
唇は歪み。覆われていない左目で、目の前に広がる光景を観た。
森林限界を超えた、なだらかな山肌に、へばりつくように点在する、毛足の長い家畜がのんびりくつろいでいる石囲い。
さらに視線を先にやれば、民家が見える。
どれも、自然の石をそのまま加工もせずに積み上げて造られた、つつましい家々。
「相も変わらず、しょぼくせえ」
吐き捨てて、先へ進む。
家畜の石囲いまで来たとき、バチッ、と音を立てて、青白い火花が飛び散った。
振り返ると、後続部隊は、そこで止められている。
火花が網状になって、駆竜ごと、人間をもろともに縛り上げている。
身動きもできずもがいているのだが、しかしながら、灰色の兵士たちは、声も、物音も立てずに、ただ、縛られていた。
「ふん。しょせん人形か。期待しちゃいなかったがな」
男は、単身、火花の網を振り切り、前へ飛び出した。
不敵に、笑う。
「さあ、英雄の帰還だ! 出迎えろ、この、アトク様をな!」
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