精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

文字の大きさ
上 下
92 / 144
第4章

その5 傭兵帰る

しおりを挟む

             5

 銀竜の背に乗って帰還したクイブロ、カントゥータ、コマラパによって、危険が迫っているとの知らせがもたらされ、村は騒然となった。

「やっぱり、アトクは……」
 ローサはがっくりと肩を落とした。

「あたしは、あの子を、まっとうに育てられなかった」

『それは違うぞ、我が孫よ、ローサ。カリート。人の中には、ごくまれに、そういうふうに生まれ付いてしまうものがある。このたびは、それが、おまえたちの息子だったというだけだ』
 銀竜は、慰めるように言った。

『その証拠に、あと二人の息子は、アトクの影響は受けていないだろう』

「ありがとうございます。銀竜様」
「ありがとうございます」
 ローサとカリートは揃って頭を垂れた。

『うむ。気に病むでないぞ』
 長身の青年の姿をとっている銀竜は、少しばかり照れたように、笑った。

『それに……世界の大いなる意思(セレナン)は、すべてを見ている。世界が、アトクを許しがたい存在だと断じていたならば、彼はとっくに消滅しているだろう。セレナンの意図は推し量りかねるが……アトクも、あるいは必要なものなのかもしれぬ……我々、個々の存在にはわからぬ大きな理(ことわり)の中では……』

 銀竜は、言葉を切った。
『ふむ。それは、今ここで考えてもらちがあかんな』
 頭を振り、背筋をのばして。

『心せよ、「アティカ』の民。そなたたちは真のイル・リリヤの意思を伝えるものたちだ。魔の月は、以前から煙たく思っていただろう。この機会に攻め滅ぼすつもりだ。セラニスの手足となったやつらはグーリアから旅立ち、荒野を越えてやってくる』

「銀竜様。いつ頃に、なるのでしょうか」
 村長としての責任を担って、ローサは銀竜に尋ねる。

『早ければ、ここ三日の間に、到達するだろうのぅ』
 銀竜は目を細めて、上空から見た、灰色の軍団の痕跡を思い浮かべる。

 まるで地面にしみが広がるように。
 灰色の駆竜が数十頭、整列して、荒野を行軍し続けていた。

 『ベレーザ』と呼ばれる彼らは、グーリア帝国の神祖なる皇帝から、直接に指命を下された。『殲滅作戦』と言われればその通りに従うまでなのだった。

 しかし、考えてみれば様子が尋常ではなかったように思う。
 だが、推測の域を出なかったので、銀竜は、そのことについてはローサにも、誰にも伝えなかった。

         ※

 駆竜の群れが荒野を走る。
 その背には灰色の男達が跨がっている。灰色に見えるのは、駆竜の革で造られた、軽装の鎧を、心臓のあたりを保護するように身につけているせいだろう。

 灰色の軍団の先頭切って竜を奔らせていた、一際体格のいい大男が、軍団全体に合図して、疾走を止めた。

 赤みを帯びた長い金髪を首の後ろで一つに束ねている。
 頭の右側は、まるで血に染まって乾いたように赤黒い塊がこびりつき、右目を覆い隠すように頭に巻き付けた布もまた、黒ずんだ染みがついていた。
 唇は歪み。覆われていない左目で、目の前に広がる光景を観た。

 森林限界を超えた、なだらかな山肌に、へばりつくように点在する、毛足の長い家畜がのんびりくつろいでいる石囲い。
 さらに視線を先にやれば、民家が見える。
 どれも、自然の石をそのまま加工もせずに積み上げて造られた、つつましい家々。

「相も変わらず、しょぼくせえ」
 吐き捨てて、先へ進む。

 家畜の石囲いまで来たとき、バチッ、と音を立てて、青白い火花が飛び散った。

 振り返ると、後続部隊は、そこで止められている。
 火花が網状になって、駆竜ごと、人間をもろともに縛り上げている。

 身動きもできずもがいているのだが、しかしながら、灰色の兵士たちは、声も、物音も立てずに、ただ、縛られていた。

「ふん。しょせん人形か。期待しちゃいなかったがな」
 男は、単身、火花の網を振り切り、前へ飛び出した。

 不敵に、笑う。

「さあ、英雄の帰還だ! 出迎えろ、この、アトク様をな!」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...