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第3章
その23 急転直下。別れと再会の約束
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カルナックと関わり合った人間たちに、危険が迫っていても、それは彼らの運命であり、乗り越えるべき試練なのだ。警告はしてもよいが手を貸すことはないというのが《世界の大いなる意思》の意向だった。
だがラトは、その《世界の大いなる意思》に抗ってまで、カルナックのために、一人で行動した。
そんなラト・ナ・ルアを庇う銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)の申し添えに、古くから精霊族の指導者であったナ・ロッサ・オロ・ムラトは、美しく整った眉を僅かに持ち上げ、動揺を垣間見せた。
「これは珍しいことを。アルゲントゥム・ドラコー殿。頑固で偏屈なあなたが我ら精霊族に肩入れするとは」
頑固で偏屈、は余計だ、と銀竜は鼻息を吐き出した。
『ラト・ナ・ルアは、特別だ。友だちだからの』
「おや。あなた方は、いつの間に親しくなったの?」
『じっくり話し合う時間があったのだ。昔、儂ら《竜(ドラコー)》と、あんたら精霊族の間には、ゆっくり言葉を交わす機会も、ほとんどなかったが。ラトは、生きの良い子どもだな。押さえつけるのは、かわいそうというもの』
「そうですわね。その件については、一考してみます。ラト・ナ・ルア。こちらへいらっしゃい。あなたは我々、精霊族のところへ。そして、そちらの人々と銀竜には、色々と、話しておくことがあります」
「ラト。戻るんだ」
レフィス・トールが呼びかける、しかしラトは、銀竜の背から降りた場所から動こうとしなかった。
「時間がないのだ。行かなくては。我々も、そして、人間達も」
「どうしたの、レフィス兄さん」
カルナックは不安そうに、精霊族を見やった。その立ち位置は、精霊族と、人間たち、クイブロ、カントゥータ、コマラパの間だ。
「どうしたんだ。ルナ。こっちへ」
さしのべるクイブロの手を、迷い、取りかねたまま、カルナックは立ち尽くす。
『時間がない、とな』
銀竜は、目をすがめ、精霊族たちに首をのばした。
「ええ。人間達よ、我々は警告しました。急がねば悪霊に追いつかれると。その予想より、運命の進行が速かった。すぐにでも『欠けた月の一族』の村へ帰り、備えたほうが良い。一刻も早く」
「すぐに出発します!」
間髪入れずに応えたのはカントゥータ。
「いつでも発てる用意はできています」
『だが、人の足では麓まで二日。村までは四日かかると聞いておる。それでは遅いのだろう、ナ・ロッサ?』
尋ねたのは、銀竜だ。
「察しの良いこと。そこで、提案があるの。貴き銀竜殿」
『よさんか。おまえさんに言われると嫌な予感しかせんわい』
銀竜は、ぶるぶると身体を震わせた。
体表を覆う銀の鱗が、ざわざわと波立つ。
まあ。と、ナ・ロッサは上品に笑って、
「では手短に。イル・リリヤの選んだしもべ、《色の竜》が一人、銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)。この世界(セレナン)との盟約に応じていただきたい。その、人の子らを欠けた月の一族の村へ運んで欲しいのです。できる限り迅速に」
『ふむ。承知した』
「そして、この子達は」
ナ・ロッサは、手をかざして、ラト・ナ・ルアとカルナックを、レフィス・トールと共に囲い込む。
「この子達、精霊に属するものは、いったん、精霊の森に連れて戻ります」
「そんな! 約束が違うわ。カルナックは、まだ……」
ラトが抗議する。
カルナックは顔色を変えた。
「うそだよね、兄さん! まだ、一緒にいていいって言ったよ! おれはクイブロと、村に帰って、ローサ母さんに……ただいま、って……」
「事情が変わった」
レフィス・トールは、ラトとカルナックの非難の視線から、目をそらした。
「悪霊の足が速い。欠けた月の村は、すぐにでも危険にさらされる。だから戦士であるカントゥータや、成人の儀を終えたクイブロは、村に帰らなければいけない。だが、もしもカルナックが望むなら、コマラパは精霊の森に受け入れてもいい」
「そ……んな」
カルナックは、あまりの衝撃に、かたまってしまった。
どちらも選べない。
実の父だとわかったコマラパには、危険な場所に赴いてほしくない。
けれど、クイブロや、村の家族たちを見捨てるに等しいことを、願えない。
「カルナック。案ずるな」
コマラパが声をあげた。
「わたしはクイブロとカントゥータと共に、『欠けた月』の村に行く。できることがあるかどうか、わからないが。大丈夫だ。おまえが悲しむようなことには、ならない。待っていてくれ。片付いたら迎えに行くから」
「待ってくれよコマラパ! 迎えに行くとか、それ、おれが言うところだろ!」
クイブロが声を荒げた。
「何を言う、我が愚弟。こまかいことは気にするな」
カントゥータは、もう武器をあれこれ取り出しては点検している。
「要は、我らが戦って、悪い運命に打ち勝てばよいのだろう。銀竜様、お久しぶりです。愚弟がお世話に。おお、ところでどんな加護を頂いたのだ愚弟よ」
「それ、あとでいい? 姉ちゃんと話すと疲れるから、今は何も言いたくないよ」
カントゥータに言い置いて、クイブロは、振り向かずに一目散に駆け寄る。
集まってきた精霊火(スーリーファ)と、銀色のもやに包まれはじめたカルナックや精霊たちを目指して。
「ルナ! おれは勝って、生き延びるから! おまえを、迎えに行く! ぜったいに!」
「待ってる」
カルナックも、手をのばした。
「精霊の森で待ってるから。ぜったいに、勝って……むかえに、きて」
それが、最後に聞き取れた言葉だった。
銀色のもやが、風に吹き散らされたように消えた。
そのあとには何も残らない。
触れ合うことができずに、のばした手の先を、クイブロは、放心したように、じっと眺めていた。
『気落ちするな、クイブロよ。ルナは待っていると言ったのだ。さあ、みんな、儂の背に乗るがいいぞ。暁の光よりも早く、村に連れて帰ってやろうぞ!』
銀竜の声だけが、力強く、あたりに響き渡った。
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