精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

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第3章

その14 全部盛りでお願いします

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            14

 たとえば身体強化系にしても、魔法にかかわることにしても、あまりにも多くの種類の加護がある。
 曰く、『筋力向上』『戦闘能力成長』『対衝撃耐久度』『呪い無効』『状態異常の回復』そのほか『銀竜の祝福』『寿命を延ばす』『金運』『手先の器用さ』『料理名人』等々。

 その中で、好きなものを好きなだけ選べと言われるのは、まったくもって後にも先にも、例を見ないことだろう。
 想像を絶する申し出を受けたクイブロは、固まってしまった。

「多すぎだろ。かえって選べないよ! おれはただ、迫ってる危険から、ルナを守りたいだけなんだ!」

 人の分を遙かに凌駕した加護を前に、困惑、萎縮するのは、当然の反応であった。
 しかし。

「バカじゃないのクイブロ。迷うこと無いわよ!」
 ラト・ナ・ルアの、銀の鈴を振るような声が、銀竜「アルちゃん」の住処である白い洞に響き渡った。

「もらえるものは全部もらっちゃいなさいよ」

「えええ? そんな大それたこと、精霊様が言っていいのかよ」
 ここでクイブロは怯んだ。

「構わないわ」
 ラト・ナ・ルアは、銀竜を挑戦的な目で見上げる。

「ダメなら、あたしがこんなことを口にした時点で『世界の大いなる意思』が止めているはずだもの。だから、許されるということ。クイブロは生きるか死ぬかの瀬戸際にあるんだから。躊躇っている場合じゃないわ。あたしたちの大切なカルナックを、守って!」

「わかったよ姉さん!」
 ラト・ナ・ルアの言葉を最も真摯に受け止めたのは、カルナックだった。
 勢いよく床を蹴って飛び出していき、銀竜の前に立つ。

「アルちゃん! お願いだ。おれとクイブロに、全ての加護をくれ!」

『承知した』
 アルちゃんこと、真月の女神イル・リリヤから人類の行く末を助けるようにと託された銀竜アルゲントゥム・ドラコー
 銀髪と赤い目の、美青年の姿をした存在が、カルナックの望みを叶えるために、そこに立っていた。
『よくぞ申した、人の子よ。儂が授けられるのは、器に入るだけの加護だ。そなたらが覚悟を決めるならば、受け取るがよいぞ』
 銀竜の青年は、上空を見やった。

 青い光の差す天井が、音も無く粉々に砕けて、欠片が千々にきらめきながら降り注いできた。

「危ないルナ!」
 咄嗟にクイブロはカルナックを庇い、自分の身体を上にして欠片を背中に受けた。

 ぷすぷすと突き刺さるのは氷の欠片か。

「……ぐううっ」
 欠片をくまなく背中に受けても、クイブロはカルナックを抱きかかえて洞の隅の方へと逃げる。

「ルナ。怪我はないか」

「おまえが庇ってくれたから無事だ。だけどクイブロは」

 必死にクイブロの背中に腕を回した。

 突き刺さった欠片がカルナックの細い指を切って、血が流れ出す。
 白い床にみるみる広がるのは、クイブロとカルナックの傷からあふれこぼれ落ちる血の、海だった。

『クイブロ。ルナ。よくぞ最後の試練をくぐり抜けた』
 高らかに、アルちゃんは宣言した。

『いま降り注いだ幾千の欠片こそが加護そのものであるぞ。それを身体に吸収する
ことによって、我が加護の付与は完成した!』

 空気を揺るがす叫びを、銀竜はあげた。
 青年の姿から、全身を銀の鱗に包まれた竜の体型へと、変化していく。

 巨大な四肢、頑丈な太い身体。
 肩から、鞭のような骨組みが張り出していき、ばんっ! と音を立てて開いた。その、骨の間には、肉と皮でできた膜が張っている。

『さっそく用いてみるがよい。『癒やしの加護』を』

「なにそれ」

「どういうこと」

 口々に呟く二人。
 クイブロの背中に突き刺さり、カルナックの指を深々と切り裂いた天井の欠片が、ほどけた。ほどけて銀色の霧となった、それは。二人を押し包んでいく。

「カルナック! クイブロ!」
 状況を理解してはいるのだが、ラト・ナ・ルアは、はらはらしていた。
 それほどの出血量だったのだ。

『落ち着くがよい、ラト。彼らの血が必要だった。流れる血と混じり合うことで、儂の加護が、身体に入り込み、行き届いてゆくのだ!』

 竜の身体に変じたアルちゃんの声は、白い洞に轟き、響きわたった。

『全ての加護を内に呑み込んだクイブロ。おまえは無敵の戦士に。そしてルナ。おまえは全ての法則を凌駕した魔女となるのだ』

「ふえ?」

「んな、ばかな」

 固く抱き合っていたクイブロとカルナックは、みるみる、互いの傷が癒えていくことに、まず驚いたのだった。

『……まあ、肉体的に充分に成熟するまでは、能力の一部は、まだ解き放たれていないだろうがの。そこは将来の楽しみということで!』

「なによそれ」
 ラト・ナ・ルアは、軽蔑するような視線を銀竜に向けた。
「バカじゃないの! これだから爺さんは」

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