精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

文字の大きさ
上 下
72 / 144
第3章

その9 銀竜様とファーストコンタクト

しおりを挟む

           9

 雪渓を踏み、ほの青くそびえる氷河を仰ぎ見て、半日。
 クイブロは立ち止まった。
 ここからは氷上を進むことになる。
 足に装着した『雪輪』に、先の尖った金具を取り付けて、氷河に挑む備えをするのだ。
 
 長期にわたって融けることもない雪が積み重なって氷になる。
 滑りやすく、進むほどに危険が増していく。
 足下にあるのは、氷河に生じた亀裂の暗がりの上に雪が「乗っかっている」だけの状態かもしれないのだ。
 うっかりすれば底なしの亀裂を滑り落ちていくことになる。

 さらに、氷河の上にも雪が積もり、固まって一体化している。
 そんな危険については、クイブロはカルナックに告げなかった。あくまで自分が全ての責任を背負い、二人分の安全を確保しつつ進んでいくつもりだった。

 眩く光きらめく雪原を、ひたすら歩く。登る。

「ルナ。しっかり頭に布を被っているだろうな。日差しも照り返しもすげえきついんだから。火傷するぞ」

「クイブロも被って。その毛の帽子で日差しが防げるの?」
 背負われているカルナックは、自分のローブの端を持ち上げ、クイブロの頭を覆った。

 カルナックが身につけている衣も、羽織っているローブも、精霊の森で作られた、この世界そのもの(セレナン)の恩寵である。

「……うん。楽になった」

「じぶんだけ、がんばったりしちゃ、いやだよ」
 ルナの手が、クイブロの胸を、ぎゅっと抱きしめる。

 やわらかな手の感触が心地よくて。クイブロは、うっとりとして、そして同時に苦しくなる。
 自分は、この可愛い嫁を、守りきれるのだろうかと。

 ときおり見かける氷河の亀裂を、カルナックは、興味深そうに身を乗り出して、のぞく。

「乗り出しちゃだめだ。危ないから」
 クイブロは、あわてて止める。

「だってだって。キレイだよ。あの氷の中、青いの」
 背中を叩く、カルナックの興奮ぶりを、クイブロは微笑ましく思う。

「うん。うん、青いな」

「まじめに聞いてない~」

「聞いてるったら」

 カルナックが怒る。
 クイブロは、笑う。

 雲一つない藍色に果てなく広がる空の下で。
 ほの青い氷河の上を、二人は、進む。

「輝く雪の祭りのときは、ここまで登るのは神がかりの七人『ウクク(熊男)』だけなんだよ。おれも、いつか『ウクク』に選ばれたら」
 歩きながら、クイブロが言う。

「きっと、選ばれるよ」
 カルナックは、心底クイブロを信じている。

「ありがとう、ルナ」

「クイブロは強いもん」
 弾んだ声で、カルナックは請け合った。

「けど、おれってバカだな。まだ成人の儀も終わってないのに」

「きっと大丈夫。クイブロは銀の竜に会って、すっごい加護を得るんだ!」

 その間にも、クイブロは登る。
 背中にカルナックを背負って。

「おれ、重くない? かさばらない?」

「平気だよ。おまえ、ユキより軽いし。何度もおぶってるだろ?」

「ん? そうだっけ」

「そうだよ」

 たわいもない会話をかわしながら。
 二人は、ひたすら進んでいくのだった。

                    ※

『未来を求むる幼き者よ。此度は、二人同時にか』

 その声が聞こえてきたのは、もうじき頂上にたどり着く頃だった。

『我は人類の支援者にして審判者。求めるものには、その生命の持つ『業(カルマ)』と努力に応じた未来を約束する』

 銀色の長い髪をした青年が、空中に浮いていた。

 その髪は重力に逆らって持ち上がり、ふわふわと漂っているかのよう。

 角度によって銀色や青色がきらめく、細身の衣を纏っている。
 穏やかに微笑んではいるが、向かい合えば、圧倒される、迫力があった。

『我は、銀竜。(アルゲントゥム・ドラコー(argentum draco))と、人間は呼んでいるようだなぁ』
 その声は、頭上から降ってきた。

 いや、声、ではない。空気が震えている。

 震動する音が、なにものかの意思を直接、心臓に伝えてくる。


 たとえば、精霊たちの声のように。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】魔女を求めて今日も彼らはやって来る。

まるねこ
ファンタジー
私の名前はエイシャ。私の腰から下は滑らかな青緑の鱗に覆われた蛇のような形をしており、人間たちの目には化け物のように映るようだ。神話に出てくるエキドナは私の祖母だ。 私が住むのは魔女エキドナが住む森と呼ばれている森の中。 昼間でも薄暗い森には多くの魔物が闊歩している。細い一本道を辿って歩いていくと、森の中心は小高い丘になっており、小さな木の家を見つけることが出来る。 魔女に会いたいと思わない限り森に入ることが出来ないし、無理にでも入ってしまえば、道は消え、迷いの森と化してしまう素敵な仕様になっている。 そんな危険を犯してまで森にやって来る人たちは魔女に頼り、願いを抱いてやってくる。 見目麗しい化け物に逢いに来るほどの願いを持つ人間たち。 さて、今回はどんな人間がくるのかしら? ※グロ表現も含まれています。読む方はご注意ください。 ダークファンタジーかも知れません…。 10/30ファンタジーにカテゴリ移動しました。 今流行りAIアプリで絵を作ってみました。 なろう小説、カクヨムにも投稿しています。 Copyright©︎2021-まるねこ

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...