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第3章
その2 初日の昼食とカントゥータの予感
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クイブロとカルナックは、小休止の後、ひたすら歩き続けた。
序盤にできるだけ距離を稼いでおいたほうがいいと、クイブロの父カリートからの助言があった。
カリートの場合は、当時幼なじみだったローサのように基礎体力や戦闘能力に恵まれてはいなかったので、ともかく無事に頂上にたどり着き、生きて帰ることを目指して成人の儀に臨んだのだった。
結果として銀竜に会うことは叶わなかったが、その『声』を聞いた。
カリートは忍耐と精神力の強さを褒められた。今後もし魔物に出会い呪われたとしても跳ね返せる『耐久力』の加護を得たのである。
母ローサや姉カントゥータほどの体力や戦闘能力がないクイブロには、カリートの助言は大いに参考になった。
昼時になり、再び小休止をとる。
二人は大きめの平たい石を集めて積み上げ、土で隙間を埋めた、小さなオルノ(かまど)を作った。
ここに、歩いてくる途中で拾い集めておいた、パコの糞を入れて燃やす。
草を食んで育つパコの糞のほとんどは草の繊維で、乾いていれば、青い炎をあげてよく燃える。
小さな鍋に、粒状の穀物サラを潰した粉と水を少量入れて煮る。とろりと溶けた粥と、オルノの中で焼いた皮付きのイモ二つが食事だ。
少量なのは、カルナックが水だけを飲み、食べ物を口にしないからだ。
クイブロにしても、精霊から与えられた『根源の泉』の水を飲み続けるうちに、それほど空腹を感じなくなってきていた。
精霊に等しい身のカルナックの伴侶となるためである。
ちなみに、ローサや村人たちに与えられたのは同じ精霊の森の水だが、クイブロが飲んでいるものとは違う。
「ルナ、落ち着いて座っていろ。ここでは魔獣も襲ってこない」
きょろきょろとあたりを見回していたカルナックに、クイブロは声をかけた。
「そうなの? 最初にクイブロと会ったときには、魔物がいたよ。ほら、すっごく大きい、鳥の魔物。首の長い……息が臭いやつ」
「コンドルモドキ。あれは神聖な鳥、コンドルに擬態するイヤなやつだ。子どもを襲う」
「クイブロが火薬弾を投げて、やっつけた!」
かっこよかったと興奮気味に言うカルナック。
そうかな、などと言いつつクイブロも嬉しそうだ。
「この道は、大丈夫なんだ。成人の儀や、『輝く雪』の祭りで、人が必ず通る道だから。村の者が警戒に出て魔獣を狩っているんだ。あと、魔物除けの香を焚いた塚を、間をおいて並べて立ててある。魔物が出るなんてことは、めったにないよ」
「ふうん」
「念のために魔獣よけの香炉(エストラカ)も持っているけどな。おまえのも貸してみろ。薬草と香をつぎ足しておこう」
「そういえばこれ、最初に出会った時も、コマラパが持たせてくれてた」
カルナックは腰に提げていた香炉をクイブロに渡した。
「だからさ、コマラパは旅慣れた人だなって、思ったんだ」
クイブロとカルナックは、魔物除けの香炉(エストラカ)を腰から提げている。
それは球状の金属製の籠である。香炉の中に薬草と香を詰めてあり、それだけでも弱い魔物は近寄らず、強い魔物でさえ襲いかかるのは躊躇う効果を持つのである。
「よし、そろそろ行こうか。休めたか?」
「うん、だいじょうぶ!」
昼食と休憩を終えた二人は立ち上がり、オルノの火を落とした。
クイブロはオルノを覆った土を剥がして、元通りに崩した。
集めた平たい石だけは、その場にかためて置いて行く。帰りに利用するか、いつか誰かが成人の儀に臨むとき、役に立てるかもしれない。
使った木の椀は草の葉でぬぐって、荷物に押し込んだ。
クイブロはカルナックの手を握り、再び歩き出した。
まだ、初日の昼過ぎ。
登り道は、どこまでも続いていた。
※
「よし。ここまでは教えた通りにできている」
離れた物陰から見守っていたカントゥータは、うなずいた。
「なるほど。成人の儀の通り道は、常に魔物を狩って整備しているのか」
コマラパは感服していた。
「大事な村の子供たちを怪我させるわけにはいかない。目的は多くの者を銀竜にお目通りさせ、加護を得させることなのだから」
「なるほど、理にかなっているな」
「あとは、文字通り道を踏み外すなどしなければよいが」
「ああ……山道だからか」
「その通りだ。困ったことに、たまには、いるのだ。崖から落ちるとか。しなくていいのに遭遇した獣を狩ろうとして深追いして」
「やけに具体的だな」
「……うちの長兄、アトクが、やらかしたことだ。そのときは、銀竜の怒りをかってしまってな。村へ戻れなくなった。許していただくのに、母が詫びに登った」
「そんなこともあるのか」
「アトク兄くらいだよ。まったく恥さらしな」
思い出したようにカントゥータは腕組みをし、身震いした。
「アトクは、生まれる場所を間違えたのかもしれない。村におさまりきれず、傭兵になり誰かに仕えることも、向いていなかっただろう。どこで、どうしていたのやら」
「……そいつが、間もなく帰還すると?」
コマラパは険しい表情になる。
「精霊様たちが危惧しているのは、おそらく、いや、たぶん間違いなく、それなのだろうな。クイブロには、ぜひとも銀竜に会い、加護を頂いてほしいのだ」
冷たい風が吹き抜ける。
不吉な予感を抱いて、カントゥータは荒野に佇んでいた。
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