精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

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第2章

その26 目覚めと驚き(またまた育った!)

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               26

「クイブロが起きた!」
 勢いよくカントゥータに抱きつかれたクイブロは、衝撃で再び失神しそうになった。

「く、くるしい! 姉ちゃんやめろ」

「まるで死んだみたいに動かなかったんだからな!」
 カントゥータは泣きそうになっていた。
 いつも気の強い姉らしからぬ声に、クイブロは驚く。

「姉ちゃんごめん」

「本当に心配したぞ!」

「……あれ? でも姉ちゃん、だいぶん酔ってなかった?」
 クイブロのおぼろげな記憶では、カントゥータは旅立ち前夜の祝いの席で、しこたま飲んだあげくに、ぶっ倒れたはずだった。

「まあな。酔って良い気持ちになって、ちょっと寝てたんだが、レフィス兄様が、起こしてくれて」

「え? レフィス兄様?」

「なんだクイブロ。その微妙な顔は。レフィス様が、兄様と呼んでいいとおっしゃられたのだからな」
 長兄アトクの乱暴者ぶりにつねづね呆れ果てていたカントゥータである。美青年の精霊レフィス・トールと義兄弟になったことが嬉しくてたまらないのだ。

「レフィスさんが言ったなら、いいか」
 その点ではクイブロも納得した。

「それでおまえとコマラパ殿が、嫁御を助けるための重要な使命を帯びていると聞いて、ここへ来て見守っていたのだ」
 この村の家には、個々の部屋に扉はついていないのだ。祝い酒に酔っ払ったご近所さんたちが、万が一にでも迷い込んできては、邪魔になる。

「そうか。ありがとう姉ちゃん。おれ、姉ちゃんのおかげで助かったんだ。投石戦争のときのこと、すごい役に立った」
 にかっと笑う。
 カントゥータはクイブロの頭を撫で、髪をかき回した。
「よくやった。二人とも起きたと言うことは、無事に使命を終えたのだな」

「うん。たぶん」
 クイブロは周囲を見回す。

 ここは、暗い地下迷宮の中ではない。
 プーマ家の一番良い客室。コマラパが寝起きしている部屋だ。

「遅いぞ、小僧」
 コマラパは既に起きており、精霊のレフィス・トールやラト・ナ・ルアと何やら熱心に話し込んでいた様子である。

「おれそんなに寝てたのか。恥ずかしいな」
 
「嘘よ。コマラパも、ついさっき気がついたばかりだから安心して」
 ラト・ナ・ルアは、柔らかい笑みをたたえていた。
 いつもならクイブロに対しては手厳しいのに。

「そうだルナは!?」
 弾かれたようにクイブロが飛び起きる。

「まだ目覚めていないわ」

「そろそろ起きてもいい頃だと話していたところなんですよ」
 ラト・ナ・ルアとレフィス・トールは、案じているようだ。

 そしてルナ(カルナック)は。
 羊毛を詰めた布団に身を横たえて、眠っていた。
 ひやりとした青白い月の光が、まだ、窓から差していて、あどけない寝顔を照らし出していた。

「悪夢から解き放たれて、目覚めてもいいはずなのですが」

「何が、たりないのかしらね?」
 レフィス・トールとラト・ナ・ルアは、心配そうにカルナックの側に寄った。

「ううむ」
 コマラパは唸った。
(おとぎ話なら王子のキスで目覚めるのだろうが……いやいや、まさか)
 密かに心中ではこんなことを考えていた。

「……って、小僧! 何をやっとるか!」

 クイブロは、眠るカルナックの側に寄った。
「ルナ。ルナ。おれの、伴侶。可愛い嫁。おれはずっと側にいる」

 屈み込んで囁きかけ、そっと顔を近づける。
 唇を重ねた。
 とたんに、カルナックはびくっと震え、身じろぎをした。

「うっ、う! うぐっ」
 王子様のキスを受ける姫君というよりは。
 何か間違ってカエルに飛びつかれてしまった子どものようである。

 カルナックの手が、びくんと動いた。
 握りこぶしで、クイブロの胸を叩く。
 それでもクイブロは、キスをやめるどころか、さらにカルナックの髪に手を差し入れて上半身を起こさせ、深く口づけた。

「クイブロ! おまえ何を」
 さすがに驚いたカントゥータが、止める。

 バシッ!
 クイブロの頬が、音を立てて、はたかれた。
「あいたたたた」

「なにするんだっ!」
 目を開けたとたんに、カルナックはクイブロに非難を浴びせた。

「え?」

「バカあっ!」
 真っ赤になったカルナックが、くってかかる。

「お、おまえ、いま、舌入れたろ!」

「何ぃ!」
 コマラパが色めき立つ。
「なんと破廉恥なことをするのだ!」

「だって! コマラパ、いや、お義父さんは、今夜は手を出しても怒らないって、さっき言ったくせに」

 ところがコマラパは、とんでもないと言い放つ。
「バカか小僧! わたしがそんなことを許すわけがなかろう!」

「ええええええ~! きったねえ! 大人って!」
 コマラパの変わり身の早さにクイブロは愕然とした。
 まさに裏切りである。

「待って。カルナックが苦しそうよ」
 ラト・ナ・ルアはカントゥータに助けを求めた。
 緊急のことには誰よりもカントゥータが対応力があると評価しているのだった。

「どうした、嫁御」
 素早く駆け寄る。

「くるしい、おなかが、きつい」

「やはり! また少し大きくなったのか!? 胴が締め付けられて苦しいのだ。ポリエラ(スカート)の紐を緩めるぞ」
 たっぷりひだを寄せたポリエラは、紐で締める巻きスカートなので、紐を緩めれば対応できるのだ。固く結んでいるので、カルナックには、すぐに解くことができなかった。

「なんでまた育ったんだ?」
 きょとんとしているクイブロを、こんどはカントゥータが叩いた。

「バカ愚弟! 口移しで水を飲ませたら育ったんだぞ。し、舌を入れるとか、そんなことをして、育たないと思うのかバカもの!」

「懲りていないようだな。少しは見直していたのだが小僧!」
 そしてもう一発は、コマラパが、腹に一撃。

「そんなあ~!」


 というわけで、カルナックは、今では十二歳くらい。
 クイブロよりほんの少し背が低い。
 お似合いの背丈と、言えなくも無かった。

「う~ん。しかし育ったな。ポリエラの丈が短い。これでは雪山を行くのに寒いな」

「そういう問題か……?」
 カントゥータとコマラパは頭を付き合わせて悩んだ。

「そうだ、ちょっと待っていてくれ!」
 どこかへ走っていったカントゥータが、新しい上着とポリエラを持ってきた。

「わたしが子どもの頃に母が作ってくれたものだ。仕立ててもらったのはいいが、わたしは男の子のようなものばかり好んでいたので、この服は袖を通していない。今の嫁御にはぴったり合うだろう。着てもらえたらうれしい」
 少しばかり恥ずかしそうに、差し出した。

 カルナックが、喜んで受け取ったのは、いうまでもない。



 明日、クイブロとルナ(カルナック)は、村を出て、成人の儀に赴く。
 万年雪を頂く雪峰に登り、銀竜に会うのだ。

 その加護を得て、襲い来る「悪運」に立ち向かい、生き延びるために。


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