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第2章
その24 決戦!飛び道具スリアゴ
しおりを挟む24
クイブロの姉カントゥータは、女性にしては長身だ。
だが投石戦争が行われた三年前は、まだ、上の二人の兄に対して身長、体重、腕力では及ばなかった。
それ故に、体格差を補うすべにも長けていた。
敏捷さ、相手の動きを先読みする観察、洞察力。
そして好んで用いた武器『スリアゴ』だ。
これは丈夫な紐の先端に紡錘形の金属のおもりを結び付けたもので、紐を振り回した遠心力で遠くへ飛ばし、手元に握った紐で、自在に操る。
この「自在に操る」境地に至るまでには相当な熟練の技を必要とする。
(大丈夫だ……はっきり思い描ける。動ける。自分の身体で。おれは姉ちゃんの戦い方を間近で見ていたんだ。できる!)
逡巡したのはほんの刹那。
クイブロは目を開けた。
視界がクリアブルーに染まって見える。あたりには銀色の靄が流れ、おびただしい数の青白い精霊火の群れが浮遊する。
精霊の愛し子カルナックと婚姻の杯を交わし、精霊の森に湧き出る泉「根源」の水を日常的に飲むようになってから、ときおり、このような状態になる。
しかし今回ほど顕著な変化は初めてだ。
そして、驚愕する。
周囲の全ての動きが、おそろしく、ゆっくりと目に映った。
まるで静止しているかのようだ。
一番遠い位置に陣取っているのは、精霊の美少女ラト・ナ・ルアと、真っ直ぐな深紅の髪を長く伸ばし、暗赤色の目をした妖艶な美女。
この美女のことをクイブロは、知らない。赤い魔女セラ二アと名乗ったことも。
睨み合っている二人から少し離れた場所に、クイブロと誓いの杯を交わしたカルナックの、幼い頃の記憶が顕現したレニウス・レギオン。
レニを大切そうに腕に抱きあげているコマラパ。
コマラパが首に巻いていた日よけの布が、ルナの、先ほど剣で切られた傷口に巻き付けられている。溢れ出ていた鮮血を止めるためだろう。
カルナックの過去を辿る旅によって、実の父であることが判明したコマラパが守っていてくれるなら、これ以上無いくらい安心だ。
ここまで見届けて、クイブロは投石紐を握り、目の前に聳え立つ巨漢を見据えた。
カルナックの幼い頃に、虐待を続けていた男、ガルデル。
彼がこの黒曜宮殿の主であり、レギオン王国、フィリクス国王の叔父であるガルデル・バルケス・ロカ・レギオン大教王であることをクイブロは知らない。。
また、知るつもりもなかった。
重要なことは。
倒す、という決意。
敵をよく観察する。止まっているようにしか見えない大男が纏う黒銀の鎧に、ふと、奇妙なところがあると、クイブロは本能的に悟った。
浮いている!
ガルデルのトゥニカが火薬弾で焼け焦げて落ちたおかげで、甲冑がガルデルの肌よりほんの僅かに浮いているのが、見えるようになったのだ。
だから正確には甲冑を着けているとは言えない。
力場を発生させて浮いているのだが、クイブロにとって理屈などはどうでもいい。
もしかすると、ここが弱点かもしれない。そうでないかもしれない。
ただ賭けてみるとすれば、「ここ」だ。
まずは、隙を誘え。
クイブロは投石紐を奮い、石つぶてを続けざまに打ち込んだ。
こちらの反応速度が上がっているので、ガルデルからすれば同時に数発の石弾が飛んでくるように見えるはず。
「どういう仕掛けか知らんが石弾か。火薬は尽きたか」
冷笑を浮かべる。
決して粗野でも野卑でもあり得ない、ごく身分の高い者の纏う高貴な面差し。けれど暗く燻る赤黒い炎が全身にまとわりつき、覆っている。
高く剣を振り上げ、勢いよく振り抜けば、クイブロは剣圧で吹き飛ばされる。
しかし剣を奮った直後、逆に、剣の軌跡に沿って、散っていた小石の欠片が、ガルデルの方へと引き寄せられていく。
(今だ!)
クイブロはもう一つの武器『スリアゴ』を放った。
紐に結びつけた先端の錘を、それ自体が生きているかのように甲冑と素肌の隙間に滑り込ませる。
手元の紐を握り、ぐいっと引いて操る。
「ぐっ!? な、なんだこれは!?」
ライオンが子ネズミを侮るように、勝利を確信していたガルデルの表情が、変わった。
先端の尖った金属が、心臓に突き刺さり食い込んだのだ。
「油断大敵だって」
ぼそりと呟いて、クイブロは手元に力を込めた。
血が噴き出る音。
立ち尽くすガルデルの腹に、太い血の筋が落ちてきた。鮮血の、赤が、床にぼたぼたと盛大な音を立てて落ちる。
膝をついた。
その瞬間である。
ガルデルは握っていた大剣を手放した。腕を振り下ろした勢いをつけたまま。
血まみれの幅広の剣が、クイブロを襲った。
少年の身体を真っ二つに切り裂く凶器として。
ほんの一瞬、クイブロに隙があった。
躱しきれない。
「いやああああっ!」
カルナックが叫んだ。
そのとき、全ての灯が消えた。
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