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第2章
その10 旅立ちの前夜にやっておくこと
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「そうだ、言い忘れていたわ。コマラパ、あなたが私たちを呼んだのもたぶん同じ理由だと思うけど」
ラト・ナ・ルアが、思い出したふうに告げる。
「カルナックが急に育ったのは、クイブロのせいだから。口移しで水を飲ませるなんて、予想外だったわ」
いかにも、いまいましそうだった。
「いったん死んで精霊火を身体に入れて生き返ったカルナックは、人間の食べる物を口にできない。飲めるのは精霊の森に湧く根源の泉の水だけ」
レフィスが言い添える。
「根源の泉の水だけは、直接、身体に取り込める。そこへ口移しで水を飲ませたせいでクイブロのDNAが混入したから、成長速度がおかしくなったということですよ」
「……え?」
コマラパが、固まった。
「DNA?」
精霊なのに。
ファンタジーな存在だと思っていたのに。
いま、あなた方は、「DNA」って言いましたよね?
そんなコマラパの心の声が聞こえたかのように、レフィス・トールとラト・ナ・ルアは、きょとんとして、彼を見やった。
「あたし、単語を間違えたかしら。人間達は、そう呼んでるんでしょ? 細胞の持つ遺伝情報地図を」
「はあ、間違ってはいないですけどね」
コマラパの口調が、ふと、「素」になる。
それを見て、ラト・ナ・ルアは、首を傾げた。
「もしかしてまだ、ここがファンタジーな世界だと思っていますか? コマラパ」
レフィスも意外そうに彼を見た。
「言っとくけど、これは現実(リアル)よ。あたしたちは、人間からは精霊と呼ばれているけれど、単に、世界(セレナン)にリンクしている感覚器官で、遊離細胞なんだから」
ラト・ナ・ルアは、呆れたようにつぶやいた。
「わかってはいたんだけどな」
コマラパはため息をついた。
「自分たちにとって、ここは紛れもない現実なんだってことは」
「ご理解いただけて幸いだわ」
ラト・ナ・ルアは、ゆったりと微笑んだ。
「では、もう一つ理解して。カルナックが成長しなかったのは精霊の森にいたから。今は外界にいるから、人間と同じような速度で育つ。……外見はね」
「外見は、というと?」
「あなたも、もうわかっていると思っていましたが」
「でしょ。食べ物も飲み物も必要ないのよ。肉体を動かしているのは精霊火。身体の中身もね。だから告げたわ。人間との間に、子は成せないと」
「では、伴侶と、いうのは?」
コマラパは、持っていく荷物について仲良く話し合っているクイブロとカルナックの姿を目で追った。
「彼ら二人は、数日前、あなた方、精霊の立ち会いのもと、伴侶となる誓いの杯を交わした。精霊にとって、その契約は、どういう意味合いのものなのだ」
これには、レフィスが、まず答えた。
「伴侶は運命の共同体。カルナックは、今後は少しずつ、成人までは、人間と同じ速度で育つ。それ以上は歳をとらない。伴侶となったクイブロも、同じようになる。彼にも、人間の世界からは離れてもらうことになる。まだ、二人とも何も知らないでしょうが」
「クイブロも、人の身を離れると?」
コマラパは目を瞬いた。
ラト・ナ・ルアは、謎めいて微笑む。
「そうよ。それが精霊の伴侶になるということ。カルナックは、生まれたときはレギオン王国の傍系王族の末子レニウス・レギオンだったけれど、死んで生き返ったから。今は、自分でカルナックという名前をつけた。でも、人間と言えるかしら? 中身は、あたしたち精霊と同じなのよ」
※
「おれは飲み水があればいい。だから、クイブロの携行食糧を、持ってやるよ」
カルナックは激しく言い張った。
「だめだめ。ルナは虚弱だから。持つのは水だけでいいよ。そのポシェットに入ってるやつで充分」
「やだ。これはすっごく軽いんだもの。伴侶だろ。おれも重い荷物をクイブロと分け合って持つのっ!」
まるでそれに憧れているかのようにカルナックはねだる。
しかしクイブロは首を縦に振らない。
「ルナが持つのは、水だけでいいんだって。その水はいくら飲んでも尽きないから、ほんとに助かるよ」
精霊の森に湧く、通常の人間には、どんなに求めても、なかなか得がたい根源の泉の水を、クイブロは旅の間の生活用水に使う気でいるらしい。
思い切りのいいクイブロだった。
「毛布と、それからコップと小鍋と……」
持って行くものを一つずつ、指折り数え上げるクイブロ。
「サラやチューニョを粉にひく石台は?」
何が必要なのか、毎日を村で暮らすうちに身についてきたカルナックが、尋ねる。
「大丈夫だ。山道でなら、ちょうどよく使える石を見つけられるから」
「ふぅん。クイブロは、山に慣れているんだな」
「四年に一度、雪山で祭りがあるから、中腹まではよく行くんだ。そこで、家族で煮炊きをして、寝泊まりも、するからね」
軽く胸をはった。
「そうなんだ。クイブロ。ちょっと、かっこいい……」
カルナックは、そんなクイブロを、尊敬しているように見上げ、うっとりとした。
「えっ!? そ、そうかなぁ」
褒められるとすぐに赤くなる。非常にわかりやすい。
「クイブロ、嫁御、荷物は、わたしが造っておくから」
二人の果てしの無いやり取りを見かねて、カントゥータが口を挟んだ。
「こう見えても、わたしも十五の歳に成人の儀に臨んだのだ。必要な荷物は見当がつく。任せておけ」
どんと、厚い胸板を叩くのだった。
「そうそう。大人はみんな、成人の儀の経験があるんだから」
「わたしらに任せて、明日にそなえて寝ておくんだよ」
クイブロの父、カリートも。母、ローサも。みんな、ニコニコとしていた。
村のおばさんたちも、小さい子どもたちまで引き連れて、手伝いに来ている。
手伝いというよりは成人の儀の前夜祭だとばかりに、談笑してご馳走を食べたり、酒を飲んでいたりするのだったが。
「……寝ておくって」
クイブロが、顔を赤くする。
「おや、なんだねおまえ、考えすぎだよ! 赤くなって。成人の儀の前は、別々に眠るに決まってるだろう! ばかだねえ!」
ローサの一喝で、背中を叩かれたクイブロであった。
「それにまだ、夜じゃないんだからね! 晩飯もまだだよ!」
おばさんたちは一斉に笑い出した。
こうして旅立ちの前夜は、更けていく。
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