精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

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第1章

その27 物理法則をねじ曲げる魔女

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 精霊たちに託された、世界(セレナン)の大いなる意思からの言づてを聞いて、セラニス・アレム・ダルは、目を輝かせた。

「へえ。自然を破壊すれば人間世界の終わり? ぼくにとっては願ったり叶ったりだけど、いいの、その条件で?」
 楽しそうに尋ねるセラニス。

「あなたの目的は人間たちの滅亡だったわね」
 ラト・ナ・ルアは、呆れたように吐息で応えた。

「言って置くけど、わざと人間たちに自然破壊させるように仕向けてもダメよ」
 念を押すように言った。
「あと、あなたが自分でこの世界を攻撃するのも、ダメ。その場合は、人間世界に影響は及ばない。この世界から『魔の月』という存在が消えるだけ。果てしない虚空に弾き飛ばされて、戻ることも死ぬこともできずに永遠の孤独をかみしめるのね」

『うわぉ。世界(セレナン)も相当に意地が悪いなあ』
 しかしセラニスは楽しそうだ。
『いいよ。じゃあ再開しよう。正々堂々とした決闘を。勝敗が決すれば、カルナックは、ぼくが降臨するための器になるんだよ』

「自分が負けるってことは想定していないのかしら?」

『負ける? このぼくが? そんな可能性は微塵もないね』

「たいした自信ね」
 カルナック(香織)は目を細める。
 身体の中から精霊火(スーリーファ)が滲むように出てきた。幾つも、幾つも。そして精霊火はカルナックと、背後に立つカントゥータの周囲をすっかり覆ってしまう。

『なんだ。防御に徹するつもり? でも守るだけじゃ勝てないし、ぼくの攻撃は防ぎきれないよ』

「あなた、まだ、わたしの力を見てないでしょ?」
 カルナックは冷ややかに笑う。
 あたりの温度が、数度、下がる。

「わたしは物理法則をねじ曲げる魔女よ」
 その宣言と同時に。
 熱と炎の柱が、セラニスの周囲に何本も立った。

『何してる? この姿はただの影。攻撃したってどうにもならない……』

「狙いはどこだと思う?」
 カルナックの楽しげな笑み。

 セラニスを中心にして、小規模な竜巻が巻き起こった。
 もちろんセラニスの姿は幻影でしかないから何の影響も受けないが、ただし竜巻に巻き込まれたものは、あった。
 セラニスの周囲を飛び回っていた情報収集武器『魔天の瞳』だ。

 全ての『魔天の瞳』をセラニスから引きはがして竜巻に巻き込んだ、その後で。
 カルナックは両手を前方にのばし、何もない空間をつかむようにして、手元にぐいっと引き寄せた。

 すると、竜巻が、曲がった。
 何かに握られでもしたように中央がくびれて、折れ曲がり、ちぎれる。竜巻の内部に巻き込まれていた『魔天の瞳』を、カルナックのすぐ側で、吐き出す。
 その一つを、カルナックはすばやく手に捕らえた。

「捕まえちゃった。でも、必要なのは一つでいいのよね」
 言いながらカントゥータを振り返って見れば、傭兵として名高い『欠けた月』の一族、随一の女戦士はカルナックの言外の意味を察して、すでに行動に出ていた。

 いつでも攻撃できるように彼女が用意していた「飛び道具」スリアゴが、「ヒュッ」と高い音を立てて風を切り、遠心力を利用して放たれた先端の錘が、次々と『魔天の瞳』の金属製の外殻に激突し、破壊する。

 人間の頭蓋骨を叩き割るのとたいして変わらなかった。

「全て落としたぞ」
 淡々と、女戦士(カントゥータ)は告げる。

「すてき! ありがとう! お義姉さまなら、やってくれると信じてたわ」

 カルナックの満面の笑みを向けられて、カントゥータは、頬を赤くした。
「い、いや、それほどでも。役に立ててよかった」

(私にも落とせたけど、手間が省けたわ)
 と、カルナックは考えたものの、口にはしなかった。そのかわりに、
「お義姉さまって、かわいい……」
 天使のような微笑みを浮かべて、うっとりと呟いた。

 本当に、義姉カントゥータは、かわいい。レフィス・トールを見て頬を染めていたのも知っている。なんと女性らしいのだろうかなどと、戦闘中にもかかわらず、いろいろと考えを巡らせるカルナックであった。

「これは一個もらっといて、あ・げ・る」
 一つの『魔天の瞳』を手の中でもてあそぶ。

『待て待て! 何言ってるのかなっ!? ぼくの「瞳」を壊したね! 一度に、そんなにたくさん! おまけに一個取っちゃうとか! 何だよ、その法則破り』
 初めて、セラニスに焦りが見えた。

「あら、言ったはずでしょ。物理法則をねじ曲げる闇の魔女だと」
 カルナックの笑みが、深くなった。

 

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