25 / 144
第1章
その25 セラニスの武器、『魔天の瞳』
しおりを挟む
25
青白い真月(まなづき)と、暗赤色の魔月(まのつき)が中空に在って光を投げかける真下で、血のように赤い髪と暗赤色の目をした、すらりとした青年、セラニス・アレム・ダルが佇む。
しかしながら、その姿は幻影だ。
セラニスの実体は天空にあり、地上には存在しない。
だからこそセラニスは降臨するための『器』を欲しているわけなのだが。
月下の荒野は決闘の場。
並河香織、すなわち闇の魔女カオリと、彼女を拾って育てていた精霊レフィス・トールとラト・ナ・ルアが、精霊火(スーリーファ)と共に在る。
カオリと精霊たちの後ろには『欠けた月の一族(アティカ)』の村長の娘カントゥータが、全身に闘気を纏って立っていた。
クイブロ同様、コマラパもじっと見守るだけではなく加勢に行きたかったのだが、彼はレフィス・トールに止められていた。
この戦いの場に、ただの人間は加われない。かえって邪魔になる。同行を許された人間は、骨の髄まで戦士である脳筋系美女カントゥータだけだった。
セラニス・アレム・ダルと闇の魔女カオリは月光の下で相対する。
精霊の兄妹は、二人から少し距離をとった。
「すまないが、わたしたち精霊は、立ち会うだけだ」
レフィス・トールは告げる。
「世界(セレナン)は、誰の味方でもなく敵でもないから。わたしたちにも、どちらかに肩入れはしないようにと命じられているの。それが、世界の立ち位置なの」
申し訳なさそうに、ラト・ナ・ルアも言う。
「でも、わたしは、わたしはカルナックに勝ってほしいわ!」
世界の意思の分身であり、精霊の身でありながら、領分を越えた発言だ。
そうしてはならないことは、ラト・ナ・ルアにも、カルナックにもわかっている。
「了解。姉さんは、応援してくれているということね」
カオリは不敵に笑う。
その笑顔には、凄みさえ感じられた。
「もちろん、わたしもだ! 心情は、わたしたち精霊は、きみの味方だ!」
苦しげに、レフィス・トールも言い添えた。
彼が苦しいのは、世界の意思に抗っているからだ。
本来なら、大いなる世界の意思に、年若き精霊である彼ら兄姉は従うしかないのだった。
その様子を、面白くなさそうにセラニス・アレム・ダルは見ていた。
『いいねぇ。優しい兄さんと姉さんがいてさ。ぼくは構わないよ。どうだっていい。きみがぼくの器になれば楽しいなって、思っているけど。拒否するなら、この村を焦土にするよ。この山、この高山台地ごと』
どうでもいいと気のない様子だが、その実、物騒なことを口にするとき、セラニスは終始、楽しげに笑っている。
「そうはさせないわ」
カオリはセラニスを睨み、長い髪がほつれてくるのを、後ろになでつける。
「まず名乗っておくわ。いつまでも昔の名前を呼ばれるのも、うざったいし。今の私は、自分で付け直したのだけど。『黒の魔法使いカルナック』よ。この世界に、魔法という新たな概念を、もたらすことにしたわ」
『魔法だって? 今まで呪い師や魔力持ちはいたけど、どいつもこいつもたいして力もなくて、聖堂に捕まって火刑になるのがオチだった。きみは、それをどうにかして変えるというのかい』
セラニスは、興味を引かれたようだ。
「私は魔法使いをまとめ上げて、あなたの息がかかっているレギオン王国と、その国教である『聖堂』組織を、弱体化する。コマラパを異端審問にかけて拷問して火あぶりにするつもりだったなんて絶対に許さない。大陸全土に権勢を誇っているようだけど。なにさまのつもりかしら。身の程を知るがいいんだわ」
闇の魔女カオリ、改め『黒の魔法使いカルナック』は、穏やかな口調で、さらりと、恐ろしいことを言う。
『面白い。きみも、たいがい物騒だね。さすが闇の魔女カオリ。いや、カルナックだっけ? まあ、どっちでもいいけどさ。酷い目に遭わされているのに、まだ人間が好きだなんて、相当な変態だよ』
呆れたように肩をすくめる仕草をする、セラニス。
『そうだ、きみは、ぼくが地上に降臨(ダウンロード)していないから物理攻撃をできないだろうと思っているね。そんなことはない。ぼくにも手駒(ツール)はある。それに、きみを壊してから『器』にすることもできるんだよ』
セラニスが両手を高く掲げる。
と、そこに、人が拳を握ったよりも二回りほど大きな、暗赤色の球状の物体が、一つ、二つ、三つと、音もなく飛来してきた。
その数は最終的に十数個にもなったのだ。
金属めいた光沢を持った球体は、セラニスの周囲にふわふわと浮いて、やがて彼を取り巻き、ゆっくりと回転しはじめた。
『ほら、こいつらが、ぼくの可愛い下僕だ』
「しもべ? そんな無骨なものが?」
カルナックが疑念を抱き、ぶつけると、セラニスは少し、むきになる。
『ひどいな。こいつはなかなか面白く使えるんだよ。母さんが僕のために造ってくれたんだ。『魔天の瞳』さ。きみの精霊火みたいなものかな』
人間の力を借りずに『魔月(セラニス)』を組み立てた、彼の生みの親である『真月(まなづき)』が、自分のために造ってくれたツールだというのである。
『けど、もっと役に立つんだ。情報も集めるし、炎や雷も放てるし。それに、上空にあるぼくの本体ともリンクしてるから。ここから指令を出せる。たとえば、こんなふうにね』
セラニスが一方の手を少しばかり上げ、指を、まるで空中にあるキーボードに入力でもするかのように動かせば。
急に空がかき曇り、黒雲が集まってきた。
帯電した雷雲が、妖しい小さな稲光を孕んで、何度もぴかぴかと光ったかと思うや。
突然、天空から、地上に向かって巨大な雷が放たれたのだった。
青白い真月(まなづき)と、暗赤色の魔月(まのつき)が中空に在って光を投げかける真下で、血のように赤い髪と暗赤色の目をした、すらりとした青年、セラニス・アレム・ダルが佇む。
しかしながら、その姿は幻影だ。
セラニスの実体は天空にあり、地上には存在しない。
だからこそセラニスは降臨するための『器』を欲しているわけなのだが。
月下の荒野は決闘の場。
並河香織、すなわち闇の魔女カオリと、彼女を拾って育てていた精霊レフィス・トールとラト・ナ・ルアが、精霊火(スーリーファ)と共に在る。
カオリと精霊たちの後ろには『欠けた月の一族(アティカ)』の村長の娘カントゥータが、全身に闘気を纏って立っていた。
クイブロ同様、コマラパもじっと見守るだけではなく加勢に行きたかったのだが、彼はレフィス・トールに止められていた。
この戦いの場に、ただの人間は加われない。かえって邪魔になる。同行を許された人間は、骨の髄まで戦士である脳筋系美女カントゥータだけだった。
セラニス・アレム・ダルと闇の魔女カオリは月光の下で相対する。
精霊の兄妹は、二人から少し距離をとった。
「すまないが、わたしたち精霊は、立ち会うだけだ」
レフィス・トールは告げる。
「世界(セレナン)は、誰の味方でもなく敵でもないから。わたしたちにも、どちらかに肩入れはしないようにと命じられているの。それが、世界の立ち位置なの」
申し訳なさそうに、ラト・ナ・ルアも言う。
「でも、わたしは、わたしはカルナックに勝ってほしいわ!」
世界の意思の分身であり、精霊の身でありながら、領分を越えた発言だ。
そうしてはならないことは、ラト・ナ・ルアにも、カルナックにもわかっている。
「了解。姉さんは、応援してくれているということね」
カオリは不敵に笑う。
その笑顔には、凄みさえ感じられた。
「もちろん、わたしもだ! 心情は、わたしたち精霊は、きみの味方だ!」
苦しげに、レフィス・トールも言い添えた。
彼が苦しいのは、世界の意思に抗っているからだ。
本来なら、大いなる世界の意思に、年若き精霊である彼ら兄姉は従うしかないのだった。
その様子を、面白くなさそうにセラニス・アレム・ダルは見ていた。
『いいねぇ。優しい兄さんと姉さんがいてさ。ぼくは構わないよ。どうだっていい。きみがぼくの器になれば楽しいなって、思っているけど。拒否するなら、この村を焦土にするよ。この山、この高山台地ごと』
どうでもいいと気のない様子だが、その実、物騒なことを口にするとき、セラニスは終始、楽しげに笑っている。
「そうはさせないわ」
カオリはセラニスを睨み、長い髪がほつれてくるのを、後ろになでつける。
「まず名乗っておくわ。いつまでも昔の名前を呼ばれるのも、うざったいし。今の私は、自分で付け直したのだけど。『黒の魔法使いカルナック』よ。この世界に、魔法という新たな概念を、もたらすことにしたわ」
『魔法だって? 今まで呪い師や魔力持ちはいたけど、どいつもこいつもたいして力もなくて、聖堂に捕まって火刑になるのがオチだった。きみは、それをどうにかして変えるというのかい』
セラニスは、興味を引かれたようだ。
「私は魔法使いをまとめ上げて、あなたの息がかかっているレギオン王国と、その国教である『聖堂』組織を、弱体化する。コマラパを異端審問にかけて拷問して火あぶりにするつもりだったなんて絶対に許さない。大陸全土に権勢を誇っているようだけど。なにさまのつもりかしら。身の程を知るがいいんだわ」
闇の魔女カオリ、改め『黒の魔法使いカルナック』は、穏やかな口調で、さらりと、恐ろしいことを言う。
『面白い。きみも、たいがい物騒だね。さすが闇の魔女カオリ。いや、カルナックだっけ? まあ、どっちでもいいけどさ。酷い目に遭わされているのに、まだ人間が好きだなんて、相当な変態だよ』
呆れたように肩をすくめる仕草をする、セラニス。
『そうだ、きみは、ぼくが地上に降臨(ダウンロード)していないから物理攻撃をできないだろうと思っているね。そんなことはない。ぼくにも手駒(ツール)はある。それに、きみを壊してから『器』にすることもできるんだよ』
セラニスが両手を高く掲げる。
と、そこに、人が拳を握ったよりも二回りほど大きな、暗赤色の球状の物体が、一つ、二つ、三つと、音もなく飛来してきた。
その数は最終的に十数個にもなったのだ。
金属めいた光沢を持った球体は、セラニスの周囲にふわふわと浮いて、やがて彼を取り巻き、ゆっくりと回転しはじめた。
『ほら、こいつらが、ぼくの可愛い下僕だ』
「しもべ? そんな無骨なものが?」
カルナックが疑念を抱き、ぶつけると、セラニスは少し、むきになる。
『ひどいな。こいつはなかなか面白く使えるんだよ。母さんが僕のために造ってくれたんだ。『魔天の瞳』さ。きみの精霊火みたいなものかな』
人間の力を借りずに『魔月(セラニス)』を組み立てた、彼の生みの親である『真月(まなづき)』が、自分のために造ってくれたツールだというのである。
『けど、もっと役に立つんだ。情報も集めるし、炎や雷も放てるし。それに、上空にあるぼくの本体ともリンクしてるから。ここから指令を出せる。たとえば、こんなふうにね』
セラニスが一方の手を少しばかり上げ、指を、まるで空中にあるキーボードに入力でもするかのように動かせば。
急に空がかき曇り、黒雲が集まってきた。
帯電した雷雲が、妖しい小さな稲光を孕んで、何度もぴかぴかと光ったかと思うや。
突然、天空から、地上に向かって巨大な雷が放たれたのだった。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
【完結】魔女を求めて今日も彼らはやって来る。
まるねこ
ファンタジー
私の名前はエイシャ。私の腰から下は滑らかな青緑の鱗に覆われた蛇のような形をしており、人間たちの目には化け物のように映るようだ。神話に出てくるエキドナは私の祖母だ。
私が住むのは魔女エキドナが住む森と呼ばれている森の中。
昼間でも薄暗い森には多くの魔物が闊歩している。細い一本道を辿って歩いていくと、森の中心は小高い丘になっており、小さな木の家を見つけることが出来る。
魔女に会いたいと思わない限り森に入ることが出来ないし、無理にでも入ってしまえば、道は消え、迷いの森と化してしまう素敵な仕様になっている。
そんな危険を犯してまで森にやって来る人たちは魔女に頼り、願いを抱いてやってくる。
見目麗しい化け物に逢いに来るほどの願いを持つ人間たち。
さて、今回はどんな人間がくるのかしら?
※グロ表現も含まれています。読む方はご注意ください。
ダークファンタジーかも知れません…。
10/30ファンタジーにカテゴリ移動しました。
今流行りAIアプリで絵を作ってみました。
なろう小説、カクヨムにも投稿しています。
Copyright©︎2021-まるねこ

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる