精霊の愛し子 ~『黒の魔法使いカルナック』の始まり~ 

紺野たくみ

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第1章

その6 コマラパの前世の記憶と、虹の女神

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 コマラパは女神を仰ぎ見た。
「記憶が繋がった?」

『あなたたちの言葉では前世というのだろう。魂は全てを覚えているものだ。思い出すか生まれ変わった時に忘れるかの違いというだけ』

「わたしは……21世紀の地球に、東京に住んでいた人間でした」

『あなたの記憶なら、全て、我にも通じている。並河泰三。そしてコマラパ。いま少し、待つがいい。どうにも会話が困難だ』

 女神の姿が銀色の光に包まれ、少しずつ縮んでいく。
 やがて先ほどの半分、五階建てのマンションくらいの大きさになった女神は、コマラパをつまんで手のひらに乗せた。

 手に乗せられたことで、コマラパは、女神が物質ではないことを感じ取った。
 巨大なエネルギーが、渦巻いている。
 大森林に住むクーナ族として生きた経験と知識が、そう報せる。

「女神よ、あなたは精霊火(スーリーファ)に似ている」

『そうだ、精霊火は我が一部。あなたの前世の知識を借りれば遊離細胞とでもいうのだろう。身体の、感覚細胞の最も小さな単位だ。それに地上に遣わした精霊もまた感覚器官でもあるが……それはこの場合、関係ないことだな』

「なぜ、あなたはわたしに姿を見せてくださったのですか」

『やっとそこまで考えられるようになったか』
 女神は微笑む。
 確かに大地の女神ならば巨大なものだろう、とコマラパの前世である並河泰三は思う。
 かつて生きていた世界でも、そう考えられていた。
 大地母神、ガイアとして。

『あのままでは、あのいたずら好きの魔月(まのつき)の操り人形にされていた。それに、仮にそうでなくとも、レギオン王国にとどまっていれば、王国教会である「聖堂」に捕らわれ異端審問にかかり、魔女として拷問された末に火あぶり。いずれにせよ、いただけない未来しかなかった。だから、ここへ招いたのだ』

「異端審問? 魔女? この世界でも、そんなことが」

『そなたらの先祖が持ち込んだ知識、考え方の一つだ。彼らはこの世界に降り立ったとき、地球が滅亡した原因の一つとなった科学文明に、恐怖に近いものを抱いていた。文明は逆行し、そなたらの言う中世、それぐらいに退行している。残念ながら、意識のレベルもまた同様だ。知性というものが置き去りにされて、再び発展を始めた』

「女神様。あなたのおっしゃりようでは、この世界にいる人間は、地球からやってきた、というように受け取れますが」

『その認識で相違ない。地球は滅び、あなた方は『箱船(アーク)』と呼んでいるものに乗ってやってきた。今、「真月(まなづき)」と呼ばれているものがそうだ。人間たちは故郷を失い、あてどなく虚空を旅して、この地にたどり着いたのだ。我が血肉、あなた方のために我が整えた、この蒼き大地セレナンに』

「整えた?」

『人間が住める環境を整えて待っていた。なぜなら、我は孤独だったから。数十億の年を、ただ思考するのみで暮らしていた。そこへ現れた目新しい刺激が、寄る辺のない地球人だった。我とは違う存在、思考する生物を住まわせてみるのも面白いかもしれない。ふと、そんな気まぐれを起こしただけのこと』

「我々は大地に生かされていると、クーナ族は考えてきました」

『そう思わない人間もいるがな。サウダージやレギオン、グーリアのように』

「あの魔月(まのつき)は」

『あれは旅の間に、暇にあかぜて箱船自身が造り上げた存在だ。人類の生存を補助する、自身の役割を助けるために。ただ、その子供は生まれることを望んでいなかった。人工の魂の根底に、人類への怨みを孕んで生まれた。人類は地球を見捨てたと、あれは言う。そうなのか?』

「わたしには、わかりかねます」

『ああ、あなたの思い出した前世は、21世紀に生きた並河泰三。人類が滅亡した地球を離れたのは、その時代から遙か遠い未来だ。そのときの人類がどうしたなど、わかるはずはなかったな』

「申し訳ありません」

『謝る必要は無い。少なくとも、我、セレナンに対しては。魔月(まのつき)には、謝っても通じるとは思えぬ。すでに八つ当たりを通り越して、人類に干渉することがあいつの趣味になっているからな。……それにしても、やはり、会話しやすい端末(インターフェイス)が必要となるか……少し、待て』

 巨大な女神は、並河泰三(コマラパ)を手のひらから地面に下ろした。
 銀色の靄が、女神と、彼の間に生じ、しだいに形を成していく。

 現れたのは、あどけない少女だった。
 女神とそっくり同じ、身体の大きさだけは、人間の基準に合わせた似姿。

 十歳ほどの、幼い、美しい少女。

『並河泰三(コマラパ)。あなたの娘は、これくらいの年齢だったか?』

「別れたときは、もう少し成長していましたが。よく覚えているのは、確かにこのくらいの年齢のときでした」
 娘がこれくらいの時は、家族で過ごすことが多かった。妻も元気で。一家で旅をしたのも。あの子の笑顔も。よく覚えているのに、手許からこぼれてしまった。離れてしまった。

『そうか。それでは以後、人間と会話するときはこの端末を介することにする。我(セレナン)の本体が小さくなって話すのは、困難を伴うのだ。……では、泰三(コマラパ)。これに名前をつけてくれないか』

「名前を? わたしがですか!?」

『この姿になったのは、あなたの願望の影響による。よほど死に別れた娘のことが心残りだったのだな』
 女神言葉には憐憫の情が感じられた。彼にか、それとも人間にか。

『名付け親になってやってくれないか。そうすればこの端末は、人間の味方になる。現時点では、我、セレナンは人間の味方でも敵でもない。あなた方を観察している。最終的に人間という存在がセレナンにとって毒になるのなら、放り出すまでだ。だが、この子だけは、人類を決して見捨てないと約束しよう』

「……二度と人間を、滅ぼさないと。神は、約束の虹を空に掲げた」

『それは何だ? 我が地に降り立った人間も、そんなようなことを呟いていたな』

「我々の故郷の、古い神話です。……女神様、名前を決めました」

『どんな名だ?』
 
「イリス。虹という意味です」

『悪くないな。だが、それはすでに、他の魂の名前として登録されている。別の候補はないか?』

「では、スゥエ。大森林に住む我々クーナ族の言葉で、虹のことです」

『よろしい。承認する。女神スゥエ。目覚めよ』

 スゥエと名付けられた少女は、ゆっくりと、目を開けた。
 透き通った青色の瞳は、コマラパの姿を映して。
 優しく、嬉しそうに微笑んだ。
 
      
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