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第1章
その1 精霊の愛し子
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南北に細長いエナンデリア大陸の東側と西側には、二つの山脈が連なっている。
西の海岸沿いに南北に延びているのは万年雪を頂いた山脈、白き女神の座ルミナレス。
一方、東側にあるのは、活火山系があるため真冬でも雪を被ることのない黒き峰、夜の神の座ソンブラだ。
白き女神とはこの世界における最高神、白く明るい月、「真月」の女神イル・リリヤのこと、黒き夜の神とは、忌名の神にして、もう一つの暗い月、「魔眼」とも「魔月」とも呼ばれる、セラニス・アレム・ダルをさす呼称である。
二つの峰は大陸中央部で寄り添って、高山台地を形成している。
大陸最北端の地には、巫術を使う王の統治するアストリード王国。
世界の大いなる意思の代行者、精霊(セレナン)に姿が似ていることから精霊枝族(セ・エレメンティア)と呼ばれる一族の住む小国ガルガンド。
中央部には古い歴史を持つレギオン王国。その西に国境を接する、レギオン王国の王族が独立して国を開いた、エルレーン公国。
南に、近頃建国された新興国であるグーリア帝国。
エルレーンとグーリアの間にある小国だが古い歴史を持つ水晶の谷。
魔法を禁じているサウダージ共和国。
また、この大陸には、キスピの他にもクーナ、アマソナ、ファド、モルガナ、コパルなど、氏族に毛の生えたような多くの小国も点在している。
レギオン王国領土の内にある高山台地にはりつくように、登っていく人影があった。
山々の雄大さに比べればほんの小さな点のように見える。
ゆっくりと、しかし着実に、高原を進んでいく人物が二人。
一人は屈強な体格をした壮年の男だ。五十歳をいくつか過ぎたくらいだろう。
力強く、先に立って登っていく。
もう一人は、息を切らせている。しかし先に立つ男よりは若い、二十代の、赤毛の青年だ。
「コマラパ師、まだ先へ進むのですか」
若者が、苦しい息の間に、問いかける。
「まだ森の入り口までも達していないからな」
コマラパ師と呼びかけられた男は、足を止めて振り返り、短く答えた。
「伝説の、精霊の白き森ですか? そんなところが、本当に、この先にある、ので」
苦しげな若者を見やり、
コマラパは、
「あるのだ。しかし、辛いならば、おまえは引き返しなさい」
「いいえ、お師匠さまが行かれるところならば、ごこまでもお供致します」
若者は歩みを再開したが、しばらく進むと、足が止まる。
「師よ、これ以上、足が動きません」
「では、ここで待て。森は、もうそこに見えている」
「そこに?」
目をこらす、若者。
「何も見えません」
「見えないだけで、確かに、そこにあるのだ。待っていなさい。すぐに戻る」
コマラパは歩みを早めた。
やがて、行く手に見えてきたのは。
真っ白な木々の連なりが、幻のように浮かび上がる、広大な森だった。
コマラパには、ここへ向かう理由があった。
原初の森と呼ばれる地域は、大陸の各地に存在する。
人が踏み込んではならない禁足地とされる。
ここへ入って、生きて出ることを許されるのは、あらかじめ世界の魂である精霊に招かれた者のみであるという。
覚悟を決め、コマラパ師は、森へ足を踏み入れた。
一歩進めば、地面から白い炎がたちのぼる。周囲には、青白い炎の球体、精霊火が漂い始め、しだいにその数を増やしていく。
「噂では、入り口あたりで見かけたというが……」
「へえ。何を見たって?」
幼い子供の声がした。
弾かれたようにコマラパは飛び退き、あたりを見回したが、目に入るのは緑濃い木々と炎と、精霊火ばかりだ。
「どこ見てるの? こっちだよ」
声は、コマラパの背後から聞こえた。
あわてて上半身をひねり振り向いたコマラパがめにしたものは。
幼い子供だった。まだ七歳にもなっていないだろう。
長くのばしたまっすぐな黒髪の、額にかかる髪の間からのぞくのは、おびただしいまでの魔力に溢れた、透き通った青色の瞳だ。
肌の色は白く、手足は細い。触れれば折れそうな華奢な肢体である。
少女のように美しい顔立ち。
だが、美少女ではなく少年だと、はっきりとわかる。
彼が、何も身にまとっていないからだった。
「おじさん、長袖なんか着て、暑苦しくないの? ここでは暑くもないし寒くもないよ」
「だから裸なのか」
納得はしたが、注意をしないわけにもいかない。
「だが、人は服を着るものなのだ。厳しい日差しをよけ、冷たい風から身を守るために。おまえの養父母は、身につけるものを用意してくれなかったのか? 精霊に拐かされた、人の子よ」
「拐かされた? おれが?」
「そうだ、攫われて精霊の慰みものとされている子どもがいると人から聞いて、救い出すために、わたしはやってきたのだ」
「ふぅん。面白いことを言うね、おじさん」
少年は目をすうっと細めた。
目の色は、闇のような漆黒に変わった。
「おれをそんなふうに使ったのは、精霊じゃない。決して」
おそろしく静かな声音でそう言う。
再び目を見開いたときには、瞳はごく淡い、水精石のような青に染まっていた。
「そうしたのは、人間だけだ」
その瞬間。
コマラパは、まるで巨大な岩を叩きつけられたかのような衝撃を腹に受けて、吹っ飛び、巨木の幹に身体をしたたかに打ち付けた。
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