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第1章

9 逃亡せよ!青い瞳のナンナの指令

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「なんのことだ。おれは母の仇をうつために旅をしている。破壊行動などしていない」

『自覚がないのか』
 青い瞳のナンナは、肩をすくめた。
『おまえはベレーザの宿泊地や天幕を焼き払い、それだけでは飽き足らずベレーザの街の半分以上を復讐の炎に捧げた。身に覚えが無いとは言わさぬ』

「それは! ベレーザは奴隷狩り部隊だ。この大陸じゅうの多くの地域から人間を攫って本拠地に連れ帰り、奴隷として売っていた! 許されないことだっ。それに、闇の魔道師たちが味方していた! あいつらは、おれの母を殺した! おれは正義を」 

『正義?』
 ナンナの瞳が、さらなる青に染まっていく。もはや人間の目の色ではない。精霊たちの目にしか見受けることのない淡い青色である。

『おまえの主張する「正義」を指示する為政者はいるのか?』
 冷ややかな声が、熱くなっていた銀髪の少年の胸を刺す。

「為政者? それが何を」

『国を統治する王は、国民に対して責任を負う。たとえば地震、噴火、大火事などの自然災害に襲われた地域があったとしよう。政府は人々を救わねばならぬ。でなければ為す術もなく焼け死に、飢えて死んだ民は、世界を呪う『瑕疵(かし)』、傷となるからだ。それは世界にとって好ましい状態ではない。たとえば水脈に毒が混入されたようなものだ。防がれ、あるいは癒やされねばならぬ。かつて世界が始まったとき、王達はそれを《世界》と約束した。誓いを破れば、人間の世界は滅ぶ』

「おれに関係あるのか?」
 銀髪の少年はいぶかしむ。

『おお、聖なる愚者よ。おまえはこの街を焼いた。人々の生命を生活を失わせた。つまり、おまえが災厄なのだぞ。ここは国境。エルレーン公国とグーリア神聖帝国の二国及び近隣諸国は使節を派遣する。この街を調査し原因を取り除くために。そのとき、おまえは彼らの前に立てるか』

「意味がわからん」

『街を焼いた原因を突き止めねば調査団は帰国できないからな。おまえを犯人として捉えて本国で裁判にかけ処刑するか、または捕らえるのが困難であればここで、現行犯逮捕と同時に殺す』

「バカな! なぜだ、奴らが先に」

『だが、おまえは現に街を焼いた。ヒトを殺した。母親ひとりの仇を討つために、ほぼ関係ない多数の人間を葬り去るのがおまえの正義なのか? そしてなおも満たされず、これからも殺し破壊し続けるつもりだろう?』
 ナンナは呟いた。
『それでは天秤が傾いたままだ。看過することはできぬ』
 そして、また、少女はほうっと息を吐く。
『せっかく隠れ住まわせていたのに。調査団など来られては台無しだ』

「なんのことだ」

『おまえのことでは無いよ、ジークリート』

 ひゅっと、銀髪の少年の喉が鳴った。
 名乗っていない真実の名前を、ナンナという少女が口にしたのだ。
 すると銀髪の少年が纏っていた黄金の炎が高く上がり、ナンナに襲いかかった、またはそのように見えた。
 しかし次の瞬間、黄金の炎は弾け、飛び散った。

「う! グルオンシュカ!」

『炎の聖霊(スピリット)の名を、それ以上は口に上らせてはいけない』
 ナンナは手のひらを差し上げて少年を制した。

『そこでわたしからの提案だ。少年、おまえの逃亡を助けよう。そのかわりにしてほしいことがある』

「何をやらせるつもりだ」
 相変わらず不信感に満ちた少年である。
 この会談を見守っているキールとクイブロは、気が気ではなかった。
 同席しているコマラパは案じていないようであったのだが、キールたちにそこまで気を回すゆとりはなかった。

『大したことではないよ』
 ナンナは笑みを浮かべる。
『交換条件だ。クーナ族の村で匿ってきた二人の子供を。キールとスーリヤを共に連れて逃げてくれ。二人は生粋のクーナではない。身元を調べられては身に危険が及ぶ。それは、おまえも同じだろう?』

「……だが。おまえたちは一緒に逃げないのか? 匿ってきたんだろう?」

『全員が逃げてしまっては追っ手の引っ込みがつかない。どこまでも追うだろう。追い詰めて捕らえるか殺すかするまでは。だから私は囮になる。その代わりに二人を逃がしてくれ。行き先も用意してある』

 そこでコマラパを見やる。
 コマラパは無言で進み出て、麻布に炭で描かれたとおぼしい文字を見せ、そして今一つ、柔らかな皮でできた小さな巾着袋を差し出した。
 僅かに、重みを感じる。
 銀髪の少年が皮袋の中身を手のひらにあけて確かめる。
 指先ほどの、金の粒が、二、三十ほど入っている。

「しばらくはもつだろう。決して、袋ごと他人に預けてはだめだ」

「これをなぜおれに」

「ナンナの言葉を聞いただろう。キールとスーリヤを逃がすためだ。我々クーナ族は、どうとでもできるが、あの二人は、そうはいかん」

『行き先はここに記してある。エルレーン公国の端にある土地で静かに暮らしている老女がいてな。懇意にしているのだ。そこへキールとスーリヤを連れて行ってくれ』

「おれはまだ頼みをきくと言ったおぼえはないぞ」

『頼みではない』
 ナンナの笑みは、凄みを漂わせた。
『命令だ。おまえの炎、グルオンシュカに命じている。そこで余生を送っている老女は、おまえのことはともかく、何よりもスーリヤを助けてくれるだろう』

「そうするしかなさそうだな」
 銀髪の少年、ジークリートは引き受けることにしたようだ。
「だが、頼っていくのだ。彼女の名前くらいは教えてくれ」

『彼女の名は……ルーナリシア・エレ・エルレーンだ。頼むぞ。我らはここで、エルレーン及びグーリアの使者たちを引きつけておくからな。面倒くさいが、いたしかたない』
 嫌そうにナンナは言った。

『くれぐれも頼むぞ』
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