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第九章 アイリスとアイーダ

その20 獣魔でバトル!?

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「そうだね、昔からの知り合いだよ」
 まるでわたし(アイリス)が考えていたことを読み取ったみたいに、カルナックさまは答えた。

 あたりから銀色の細かい光の粒子がどんどん集まってきて、カルナックさまの全身を包み込んでいく。これは魔力かな。世界に満ちている力をカルナックさまは呼吸するみたいに自由に取り入れて使えるの。

 お師匠さまが……文字通り、眩しい。
 そこへもってきて青白い精霊火まで出現してカルナックさまを取り巻き、白い肌に触れたかと思うと、すうっと溶け込んでいく。お師匠さまの生命力、魔力が、満ちていく。

 以前、わたしの六歳のお披露目会でも見かけた光景だ。
 カルナックさまの内部に満ちている生命エネルギーは、精霊火そのものなのだ。

「昔からのって……お師匠さまは五百年以上は生きてるって、前におっしゃいましたよね。その『ガル』さんも同じように長生きなんですか?」

 わたしはお師匠様の眩い光から目をそらす。
 精霊火があたりに満ちてきたせいで、部屋の中は昼間みたいに明るくなってきた。

 六畳間くらいの小さな部屋、中央には魔法陣。
 魔法陣の前に十歳の王子、フェルナンデス・アルシア・ロン。レギオン。

 名前からわかるようにレギオン王国の、何番目かの王子。
 お師匠さまのおっしゃるには王位継承権は十五位で、王位を継げる見込みはほぼ、ゼロ。
 もしかして王族の中ではあまり権力はないのではないかしら。

 王子の横にいるのは、サンドベージュ色の衣に身を包み、顔を隠している中年男性らしき、まじない師。
 けれどもし、お師匠さまと同じくらい生きているのなら中年ってわけじゃない。
 むしろコマラパ老師のような……?
 そこまで思いを巡らせていたら、ガルさんが、叫び声をあげた。

『同じようにとはなんだ! 一緒にするな! この我の方が長寿! カルナックを倒して生命力を奪えば、更に我は不老不死になり、この世界に並ぶ超越者として……』

 激高するガルさんだけど。
 不老不死?
 カルナックさまの生命力を奪い取る?
 わたし、笑っちゃうかも。
 そんなこと、できるわけないじゃない。

 お師匠さまがどんなに規格外で常識が通用しない人なのか、知り合ってから三ヶ月もたっていないあたしみたいな幼女にだってわかることだわ。
 最強で最凶で、底知れないのよ。
 海の水をコップですくって空っぽにしようというのに等しいわ。

 わたしはガルさんの異常なほどの熱意に、げんなりしてしまった。
 いっぽうお師匠さまは、眉をひそめた。

「ガル。それを、あなたに吹き込んだ者のことを覚えているかい?」

『なに!?』
 一瞬、彼はひるんだ。
 確信が揺らいだのだろうか。

「聞いてないぞ!」
 フェルナンデス・アルシア・ロン・レギオン……もうめんどくさいからフェルなんとか王子でいいや……少年王子は声を荒げた。

「おまえは、母上に恩義があるから俺に協力すると言っただろう? あれは嘘か?」

 あら、なにやら事情がありそうだわ。
 王位継承権が上の方ではないことから推測すると、母親の身分が低め……有力な貴族ではないとか?

「カルナックを倒すなど俺とは関係ない。それより、アイリスを側女にすれば父王の覚えもめでたく、母上の待遇も良くなると、その言葉は真実か?」

 母親に対する真摯な気持ちだけは、わたしにも伝わってきた。
 フェル王子の動機はそれなの?
 わたしは王子に同情する気持ちも少しだけ湧いてきたけれど、『ガル』さんは、馬鹿にしたように、掠れた声で笑った。
『我の甘言に乗って護衛も側仕えの目もくらまして、この開かずの『虚空の間への通路』に入り込んだことが明るみに出れば、低い継承権さえ失うとも気づかず、愚かな王子よ。今や、望みを叶えるにはエルレーン公国のアイリスを手に入れるしかない。手立ては先ほど与えておる故、試してみるのだな』

「くそ! 自分でやれっていうのか」
 フェルなんとか王子は苛立ちを隠せず、腰に提げていた小さな巾着を開けて中身の、小さな珠のようなものを地面に叩きつけた。
 濃い灰色の煙が生じた。
 みるみる膨れあがっていく煙は、やがて大きな動物……
 たぶんツキノワグマだかグリズリーみたいなものになった。

 そいつは、ゆっくりと、こっちに顔を向ける。
 目が妖しい暗赤色に光っている。
 魔獣!?
 まさか王子の『従魔』なの?

「行け! おれの『獣王』! 獲物を生きて捕らえろ!」
 中二病感いっぱいな口調で叫んだ、フェルなんとか王子。
 もっとも転生者でもないはずの王子は中二病なんて知らないだろうけど。

「わたしが獲物なの!?」

「おや、何やら少しは楽しいことになってきたねえ」
 カルナックさまは余裕の笑みを浮かべた。

「お師匠さま、わたしは楽しくないです! 生きて捕らえろとか獲物だとか、穏やかじゃないわ!」

「まあまあ、アイリス。いよいよ君の見せ場だよ。二頭の出番だ。主人である君の命令で従魔が颯爽と登場すると、かっこいいじゃないか」

「そういう問題ですか! お師匠さま!」
 すっごく納得した。
 わたしに危険が迫ったら自動的に敵をやっつけてくれるはずの従魔『シロとクロ』なのに、なんで今回、ひとりでには出てきてくれなかったのか。
 さっき、二頭を自分の意思ですぐ出せるように用意しておけっておっしゃいましたね、そういうことぉ?

「カルナックさまの意地悪! スパルタ!」

「それはいいから名前を呼んでやって?」
 くすくすと笑う、カルナックさま。この場で一人だけ楽しそう。

 そんな会話を交わしている間にも、グリズリーもどきは、どんどん迫ってくる!
 しょうがない!
 わたしは覚悟を決めて、カルナックお師匠さまに貸していただいた二匹の従魔を、呼んだ。

「出て来て!『シロ』『クロ』! 助けて!」

 呼び声に応えて、音もなくやってきたのは、全身真っ白な毛並みに薄い縦縞の入ったのと漆黒の毛並みに覆われた……二匹の子犬。
 わたしの従魔(仮契約)『シロとクロ』だ。

「なんだそれは! たいそうなことを言っていたくせに、それが貴様の従魔だと?」
 フェルなんとか王子が、高らかに笑った。

 むぅ。
 ムカつく。
 しょうがないじゃない。わたしの魔力で安定して保持できるのは、子犬形態なの。
 だけど、こちらの情報は、あげないわよ。

「うるさいわね。子犬だからって甘く見ないことね。あんたのデカいだけの熊さんとは違うの!」

 フェルなんとか王子の巨大熊は、突進しかできないのかな?
 当たったら痛そうだけど。

「「わわん!!」」
 突進してくる巨大熊の進路に、二匹の子犬が、すたっと降り立つ。

「あははは! こりゃいい、子犬の芸でも見せてくれるのか?」
 楽しそうに笑うフェルなんとか王子。

「いいわよ芸を見せてあげる。『シロ』! ぶつかれ!『クロ』! 足払い! ついでにイリュージョン!」

「「わわわん!」」

 白と黒の子犬たちは素早い移動を始めた。
 目まぐるしく左右に散っては位置を入れ替えるたびに熊は顔の向きを変え、威嚇しつつ牙を見せて口を開け、どちらか近い方に噛みつこうとする。
 だけどシロとクロの方が何十倍も速い。

 一匹が巨大熊にぶつかっては退き、同時にもう一匹が足もとを狙って。
 よろけた熊は、ついに巨体を揺るがせて倒れる。

「くっそー! 戻れ『獣王』!」
 ゲームバトルみたいに叫んでフェル王子は右手を高く掲げた。
 倒れている灰色熊の身体が光って、灰色の煙に戻り、王子の掲げた拳に吸い込まれていく。

「これだけだと思うなよ!」
 続いて王子は、左手に握っていた珠を地面に投げた。

「毒蛇王!」

 王って名前をつけるのが好きなのかしら?

 それは瞬時に解けて紫色の煙になって膨れ、次の瞬間には巨大な蛇に変わって、飛びかかってきた。胴体の太さが一メートルくらいある。

 毒の牙で噛みつく?
 絞め殺す?
 ずいぶん、ぶっそうじゃないの。

「生かして捕らえろって自分で言ったの忘れてない? フェルなんとか君?」
 もう王子なんて呼んであげないわよ。 

「ちょっと、怒った」

 わたしの両脇に控える二匹に、両手を回して、言う。
 二匹の、本当の名前を。
「契約によりて我に従う魔物の、その真の名を解き放つ。『牙(スアール)』!『夜(ノーチェ)』! もう手加減はしなくていいわ!」

「「ガウ!!」」

 二頭の咆哮。
 とたんに出現する、巨大な漆黒、そして圧倒的な純白の魔獣。
 成獣の状態になった、二頭の魔獣。
 すごくかっこいいの。
 見るたび、うっとりしちゃう。

 二頭は跳躍して大蛇の上に飛び乗り、『威圧』を込めた。
 大蛇の身体が、うごめき暴れながら床に食い込んでいく。しばらくのたうっていた蛇の頭を二頭が前足で叩く。
 肉球の形に、蛇の頭がへこんだ。

 しゅうしゅうと音を立てて、紫色の蒸気が漏れて、大蛇が縮んでいく。空気の抜けた風船みたいに。皮はしぼんで皺が寄って、やわやわになるのね。

「あ、魔獣って血は出ないんだ」
 素直な感想である。珍しいもの。
 うちにいるときの『シロとクロ』二頭は、ふだんは押し売りとか無断侵入者を脅すくらいなもので、魔獣を相手にするところを見たの、初めてだもの。

「なっ!」
 正面に居るフェルなんとか王子の目が大きく見開いた。
 ふふん。驚くがいいわ!

「これが二頭の本当の姿よ。甘く見たわね」

「も、戻れ! 『毒蛇王』!」

「逃げるの?」

「うるさい! 戦略的撤退だっ!」

「素直に負けたって認めればいいのに」

「このじゃじゃ馬! はねっかえり!」

「へへ~ん。なんとでもおっしゃい!」

「アイリス、それくらいにしておきなさい」
 再び、カルナックさまに止められた。

 フェルなんとか王子の戦意がくじけたので、『牙』と『夜』も威嚇をやめた。けれども油断はしていない証拠に、身体を低くして、身構えている。

「えっと。片付いたんですかお師匠さま。もしかしたら魔法で攻撃してもよかった……のかな?」
 てへっと笑う。

「却下だ。君は魔法のこまかい手加減がうまくない。王子ごと、この部屋を全て焼き尽くして灰燼に帰すだろうからな」
 けれどカルナックさまは、わたしの頭に手を置いて撫でてくれた。

「しかし、よく戦った。魔獣の制御も完全にできていたよ」

「えへへ! ありがとうございますお師匠さま」

 次にカルナック様は、呆然と立ち尽くしている『ガル』に、向き直る。

「分別のつかない子供に、手に余る玩具を与えたか。悪趣味だなガル。だが、これくらいにしておこうよ、私も忙しいのでね」

 決着がついたのだから諦めろと、カルナックさまは『ガル』さんを促した。

『まだだ!』
 叫んだ、まじない師は。
 フェル君に、砂色の粉を投げかけた。

 バシッ!

 砂色の粉はフェル君を包み込み、内部で火花を散らした。
 まるで、雷雲だ。

「ぎゃあああああああ!」
 フェル君が苦しげに叫んで、床に倒れ、もんどり打つ。
 なんか焦げるようなニオイがするんだけど……。

「カルナックさまどうしよう! やばいのでは!?」

「アイリスは人がいいなあ」

 カルナックさまが、かすかに笑みを浮かべ、ぼそりとつぶやいた。

「騙されて転移魔法陣で連れてこられて、ひどい目にあっているのに、フェルナンデス王子に同情し憐れむなどとは。私ならできないな」

「お師匠さま、少しは本音を隠すとか、しましょうよ?」

 過激なのは、わたしよりもカルナックお師匠さまだった!

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