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第九章 アイリスとアイーダ
その14 カルナックとスノッリ
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14
スノッリ・ストゥルルソンさんの申し出に、すごく驚いた。
サファイアさんが教えてくれた。
ドワーフ、エルフと呼ばれているのは、もともと大陸北方に居住するガルガンド氏族の人たち。
エルレーン公国に定住して工芸細工や建築の仕事をやっているのは表向きの顔。今でも、本来は傭兵として、通常の戦力の他、諜報活動にも貢献しているのだって。
「だから、アイリスちゃん。せっかくだから氏族長の申し出を受けておくといいわよ。大公閣下にだって押しがきくもの。スノッリは気むずかしいから、こんなこと普通は言わないのよ」
「気難しいはよけいじゃろう」
スノッリさんは相変わらず上機嫌に、ブラシみたいな髭をぎゅっと引っ張る。
「あらご謙遜。武力だけじゃないわ。情報戦も得意、それに今となっては誰も居場所を知らない、かつてイル・リリヤ様からの直属の使命を受けて動いていた精鋭部隊『欠けた月(アティカ)』との繋ぎを取れるのも、スノッリだけだから」
「サファイアさん! そのこと、わたしが聞いてもよかったの? 秘密なんじゃ」
焦る、わたしに、サファイアさんは、くすすと笑う。
「ん~んん。あのねアイリスお嬢さま、ふつーの六歳幼女は、そんなこと思いもしないわよ……」
「わっははは! 噂にたがわん面白い姫さんだな。たしかに普通の六歳児が考えることではないのう」
スノッリさんは、お腹を揺すって大笑いした。
ひとしきり笑った後で、まだサファイアさんに抱っこされている、わたしに、手を差し伸べて、
「事情は聞いておるよ。カルナックから」
優しい、真っ黒な目と、黒い髪が、なんだか懐かしい。
前世の、日本人を思い出させる色合いだ。
「安心しなされ、お姫さま。わしらは共犯者じゃよ。ずっと昔から」
ずっと昔って?
いったい、どのくらい前?
知らないことは、いっぱいある。
けれど……。
まわりを見渡した。
仕事の手を休めていた皆さんが、ちらちらスノッリさんを見ている。
「ありがとうございました、スノッリさん。お仕事のじゃまをしてごめんなさい。いつか、おはなしを、もっとくわしくきかせてくださいな」
「わしらもそろそろ仕事に戻らねばならんしの。そうじゃ、昔の《影の呪術師(ブルッホ・デ・ソンブラ)》のことならカルナックに尋ねるがよかろう……おおっと!」
そのとき、スノッリさんが眉毛をぴくりと上げた。
『よけいなことを、スノッリ』
ふいに声が響いたかと思うと。
一人の人物がその場に姿をあらわした。
瞬間、夜が降ってきた、と思った。
闇のように真っ黒な長いローブをまとった背の高い人物だ。白い肌に映える長い黒髪を緩い三つ編みにして背中に垂らしていた。
アクアマリンのような青い光をたたえた瞳が、スノッリさんに向けられている。
カルナックお師匠様、その人だ。
「ほうほう。よけいなことじゃったかの?」
スノッリさんの笑みが、深くなった。
「わたしは事件によって破壊されたラゼル邸の改修工事を依頼した覚えはあるが、令嬢とおしゃべりに興じてもよいとは言っていない」
無表情に言い放つカルナック様の足下には影がない。
魔法使いたちは「影を飛ばす」「どこにも目や耳がある」という言い回しをする。テレビや隠しカメラ、マイクが仕掛けてあるようなもの。
動力は「魔法」なのだけれど。
立体映像と音声を伝えているけれど、実体はこの場に来ていないのだ。
「固いことを言うでない。それにつけても、相変わらず目上の者に対する礼儀がなっとらんな」
スノッリさんの黒い目は、怒っているわけでは無いことは、よくわかる。
叱っているようでいて、表情は、ものすごく楽しそうだから。
「今回はご足労いただき感謝しています。……スノッリ・ストゥルルソン氏族長殿」
いやそうに、カルナックさまは言った。
「ちがうじゃろ、ん?」
にやりと笑う、スノッリ。
「おまえさんがそんなでは、あれも、おちおち死んでも、おられぬわい」
「それは、あなたには関係ない」
「あるじゃろう、あれは、わしの……身内じゃからな」
どうしようどうしよう、なんか緊張感が半端ない。
わたし、アイリスを抱っこしてくれてるサファイアさんも、がくがくして、震えているみたい。
「サファイア。そろそろアイリスを休ませてやりなさい」
「はい、お師匠様。親父さん、ではまた、いずれ」
サファイア=リドラさんはスノッリさんに会釈をし、広間を離れようとする。
「またいずれ。舅どの」
カルナックさまはスノッリさんに向かって一礼し、わたしたちと並んで歩き出した。
と、いっても、カルナックさまの足下には、もちろん、影はない。
……?
あれ?
さっきカルナックさま、スノッリさんのことを『舅』って言った!?
すると……
カルナックさまは既婚者だったの!?
ど、どうしよう。
わたしアイリスはすっかり動転してしまっていた。
なのにお師匠さまときたら、もう通常運転。
「アイリスの予定はどうだ」
慈愛に満ちた笑みを向けてくださる。
「はい、お嬢様は、当分は療養です。午後から、エルナトが診察に来ることになっていますわ」
どことなく緊張がとけないまま、それでもサファイアさんは迷わずわたしのスケジュールを上げた。
よーし!
わたしも思い切って言おう!
「カルナックさま。お願い、エステリオ・アウルのお見舞いに行きたいです」
「お師匠様、わたしからもお願いします。アイリスがしょげちゃって見てられません」
サファイアさんも口添えしてくれる。
「ふむ。そうだな。明日くらいから許可しよう。アイリスが見舞いに来てくれれば治りも早いだろうから」
ほんの少しでいいから。
エステリオ・アウルの顔が見たいなぁ。
レンガ色の髪の下の、あたたかい焦げ茶の目が、嬉しそうに輝いて、わたしの名前を呼んでくれるかな。
もっと身だしなみに気を遣ったら、三割増しくらいにはなると思うの!
スノッリ・ストゥルルソンさんの申し出に、すごく驚いた。
サファイアさんが教えてくれた。
ドワーフ、エルフと呼ばれているのは、もともと大陸北方に居住するガルガンド氏族の人たち。
エルレーン公国に定住して工芸細工や建築の仕事をやっているのは表向きの顔。今でも、本来は傭兵として、通常の戦力の他、諜報活動にも貢献しているのだって。
「だから、アイリスちゃん。せっかくだから氏族長の申し出を受けておくといいわよ。大公閣下にだって押しがきくもの。スノッリは気むずかしいから、こんなこと普通は言わないのよ」
「気難しいはよけいじゃろう」
スノッリさんは相変わらず上機嫌に、ブラシみたいな髭をぎゅっと引っ張る。
「あらご謙遜。武力だけじゃないわ。情報戦も得意、それに今となっては誰も居場所を知らない、かつてイル・リリヤ様からの直属の使命を受けて動いていた精鋭部隊『欠けた月(アティカ)』との繋ぎを取れるのも、スノッリだけだから」
「サファイアさん! そのこと、わたしが聞いてもよかったの? 秘密なんじゃ」
焦る、わたしに、サファイアさんは、くすすと笑う。
「ん~んん。あのねアイリスお嬢さま、ふつーの六歳幼女は、そんなこと思いもしないわよ……」
「わっははは! 噂にたがわん面白い姫さんだな。たしかに普通の六歳児が考えることではないのう」
スノッリさんは、お腹を揺すって大笑いした。
ひとしきり笑った後で、まだサファイアさんに抱っこされている、わたしに、手を差し伸べて、
「事情は聞いておるよ。カルナックから」
優しい、真っ黒な目と、黒い髪が、なんだか懐かしい。
前世の、日本人を思い出させる色合いだ。
「安心しなされ、お姫さま。わしらは共犯者じゃよ。ずっと昔から」
ずっと昔って?
いったい、どのくらい前?
知らないことは、いっぱいある。
けれど……。
まわりを見渡した。
仕事の手を休めていた皆さんが、ちらちらスノッリさんを見ている。
「ありがとうございました、スノッリさん。お仕事のじゃまをしてごめんなさい。いつか、おはなしを、もっとくわしくきかせてくださいな」
「わしらもそろそろ仕事に戻らねばならんしの。そうじゃ、昔の《影の呪術師(ブルッホ・デ・ソンブラ)》のことならカルナックに尋ねるがよかろう……おおっと!」
そのとき、スノッリさんが眉毛をぴくりと上げた。
『よけいなことを、スノッリ』
ふいに声が響いたかと思うと。
一人の人物がその場に姿をあらわした。
瞬間、夜が降ってきた、と思った。
闇のように真っ黒な長いローブをまとった背の高い人物だ。白い肌に映える長い黒髪を緩い三つ編みにして背中に垂らしていた。
アクアマリンのような青い光をたたえた瞳が、スノッリさんに向けられている。
カルナックお師匠様、その人だ。
「ほうほう。よけいなことじゃったかの?」
スノッリさんの笑みが、深くなった。
「わたしは事件によって破壊されたラゼル邸の改修工事を依頼した覚えはあるが、令嬢とおしゃべりに興じてもよいとは言っていない」
無表情に言い放つカルナック様の足下には影がない。
魔法使いたちは「影を飛ばす」「どこにも目や耳がある」という言い回しをする。テレビや隠しカメラ、マイクが仕掛けてあるようなもの。
動力は「魔法」なのだけれど。
立体映像と音声を伝えているけれど、実体はこの場に来ていないのだ。
「固いことを言うでない。それにつけても、相変わらず目上の者に対する礼儀がなっとらんな」
スノッリさんの黒い目は、怒っているわけでは無いことは、よくわかる。
叱っているようでいて、表情は、ものすごく楽しそうだから。
「今回はご足労いただき感謝しています。……スノッリ・ストゥルルソン氏族長殿」
いやそうに、カルナックさまは言った。
「ちがうじゃろ、ん?」
にやりと笑う、スノッリ。
「おまえさんがそんなでは、あれも、おちおち死んでも、おられぬわい」
「それは、あなたには関係ない」
「あるじゃろう、あれは、わしの……身内じゃからな」
どうしようどうしよう、なんか緊張感が半端ない。
わたし、アイリスを抱っこしてくれてるサファイアさんも、がくがくして、震えているみたい。
「サファイア。そろそろアイリスを休ませてやりなさい」
「はい、お師匠様。親父さん、ではまた、いずれ」
サファイア=リドラさんはスノッリさんに会釈をし、広間を離れようとする。
「またいずれ。舅どの」
カルナックさまはスノッリさんに向かって一礼し、わたしたちと並んで歩き出した。
と、いっても、カルナックさまの足下には、もちろん、影はない。
……?
あれ?
さっきカルナックさま、スノッリさんのことを『舅』って言った!?
すると……
カルナックさまは既婚者だったの!?
ど、どうしよう。
わたしアイリスはすっかり動転してしまっていた。
なのにお師匠さまときたら、もう通常運転。
「アイリスの予定はどうだ」
慈愛に満ちた笑みを向けてくださる。
「はい、お嬢様は、当分は療養です。午後から、エルナトが診察に来ることになっていますわ」
どことなく緊張がとけないまま、それでもサファイアさんは迷わずわたしのスケジュールを上げた。
よーし!
わたしも思い切って言おう!
「カルナックさま。お願い、エステリオ・アウルのお見舞いに行きたいです」
「お師匠様、わたしからもお願いします。アイリスがしょげちゃって見てられません」
サファイアさんも口添えしてくれる。
「ふむ。そうだな。明日くらいから許可しよう。アイリスが見舞いに来てくれれば治りも早いだろうから」
ほんの少しでいいから。
エステリオ・アウルの顔が見たいなぁ。
レンガ色の髪の下の、あたたかい焦げ茶の目が、嬉しそうに輝いて、わたしの名前を呼んでくれるかな。
もっと身だしなみに気を遣ったら、三割増しくらいにはなると思うの!
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