332 / 359
第九章 アイリスとアイーダ
その10 アイリス、幼女を卒業します宣言
しおりを挟む
10
これは、わたしアイリス・リデル・ティス・ラゼルが、幼女の看板を下ろそうと頑張ったエピソード。
気がつくと、薄明の中にいた。
夜明け前の空の色だ。
『アイリス、ようやく会えましたね』
小さな鈴を振るような声に、向き合う。
長い銀髪に、淡い水精石(アクアラ)色の瞳をした美しい少女が、目の前に、浮いていた。
「スゥエさま!」
あたしを導いてくれる女神スゥエさまは、目を伏せた。
『ごめんなさい、あなたたちの危機に、助けになれなくて。わたしはヒトに肩入れしてしすぎていると制限を受けているから《世界の大いなる意思》に抗えないの……』
すまなそうに、微笑んだ。
「そんな、スゥエさまは気になさることなんてないです。《世界の大いなる意思》に逆らえるものなんているはずないですもの。それに……精霊石が、青竜さまと白竜さまの加護が、助けてくれたから! でも、結果はどうなったのか見届けられなかったんです」
あたしは失神してしまったから。
『それは当然ですよ。レベル5になったばかりだというのに、全力で魔力を使い果たしたのです。あなたのおかげでマクシミリアンは生命をとりとめた。そのことで、カルナックも、このたびは人間の世界にとどまった。……よく、やりましたよ、アイリス』
スゥエさまの手が、あたしの頭に乗せられた。
流れ込んでくる、あたたかな、大きな力。エネルギーの奔流。
身体が熱くなってきて、震えた。
たしかにこのお方は、人知を超えた、神さまなのだ。
『わたしは見守っていました。そして、聞き届けました。アイリス、あなたは、「幼女の看板をおろす」と、誓っていましたね?』
「はい!」
あたしは姿勢を正した。浮いているから姿勢を正すも何もないようなものだけど。
「今まで、六歳と半月の幼女だってことに逃げてたって気がついて。だって、あたしは、十五歳の月宮アリスでもある。あわせたら、もう成人でしょ。そりゃ、からだは幼女ですけど。決めました。あたし、目が覚めたら、幼女の看板はいらない。出直すの。だって、魔法のレベルもやっと『5』まで上がったんですもの!」
『よい、決意ですね』
女神さまは、心の底から嬉しそうに、笑ってくれた。
『では、わたしからの手向けを。あなたに、よき加護を。新しき門出を祝いましょう。まずは、守護妖精を孵化させましょうか?』
「あっちょっと待ってスゥエさま! そ、それはすごく嬉しいけど、ほんとは、そうしたいですけど、でも、まだだめなんです!」
『まだ?』
「せめてあと少しだけ魔法レベルを上げてから!」
くすっと、女神様は、笑った。
なんと恥ずかしいことに、これがスゥエさまとの会話の終わりだったのです。
そこで、あたしは目覚めたから。
見慣れた子ども部屋のベッド、天蓋に向けて手をのばす。
まだまだ、小さいなあ。
からだは六歳と半月の幼女なんだもん。
さあ、アイリス・リデル・ティス・ラゼル。
たった今から、再出発だ!
気づいたことがある。
あたしは心のどこかで『アイリス』を、本来の自分と区別して思っていた。なんなら月宮有栖は、前世で死んだ後アイリス・リデル・ティス・ラゼルに憑依しているだけなんじゃないか、なんて。
そうじゃないんだ。
あたし、月宮有栖は、ほんとうに、転生してアイリス・リデル・ティス・ラゼルとして生まれたのだ。
もう六歳で、お披露目会もやった……後日、あらためてやり直すことになったけど……だから、これまでのあたしとは、ひと味違うのです。
まず、手始めは。
「あたし、じゃ、ないよね……これからは、わたし、って言おう。わたしはアイリス。ラゼル家のひとり娘。がんばらなくちゃ!」
こう宣言して、半身を起こしたのは、いいけれど。
この様子を、ベッド脇に付き添っていてくれた、お父さまとお母さま、そればかりかカルナックさまとサファイアさん、ローサ、エウニーケさんたちにも、ぜんぶ見られていたのでした。
(ルビーさんとエステリオ叔父さまはまだ入院してたのでこの場にはいなかった)
穴があったら入りたい!
これは、わたしアイリス・リデル・ティス・ラゼルが、幼女の看板を下ろそうと頑張ったエピソード。
気がつくと、薄明の中にいた。
夜明け前の空の色だ。
『アイリス、ようやく会えましたね』
小さな鈴を振るような声に、向き合う。
長い銀髪に、淡い水精石(アクアラ)色の瞳をした美しい少女が、目の前に、浮いていた。
「スゥエさま!」
あたしを導いてくれる女神スゥエさまは、目を伏せた。
『ごめんなさい、あなたたちの危機に、助けになれなくて。わたしはヒトに肩入れしてしすぎていると制限を受けているから《世界の大いなる意思》に抗えないの……』
すまなそうに、微笑んだ。
「そんな、スゥエさまは気になさることなんてないです。《世界の大いなる意思》に逆らえるものなんているはずないですもの。それに……精霊石が、青竜さまと白竜さまの加護が、助けてくれたから! でも、結果はどうなったのか見届けられなかったんです」
あたしは失神してしまったから。
『それは当然ですよ。レベル5になったばかりだというのに、全力で魔力を使い果たしたのです。あなたのおかげでマクシミリアンは生命をとりとめた。そのことで、カルナックも、このたびは人間の世界にとどまった。……よく、やりましたよ、アイリス』
スゥエさまの手が、あたしの頭に乗せられた。
流れ込んでくる、あたたかな、大きな力。エネルギーの奔流。
身体が熱くなってきて、震えた。
たしかにこのお方は、人知を超えた、神さまなのだ。
『わたしは見守っていました。そして、聞き届けました。アイリス、あなたは、「幼女の看板をおろす」と、誓っていましたね?』
「はい!」
あたしは姿勢を正した。浮いているから姿勢を正すも何もないようなものだけど。
「今まで、六歳と半月の幼女だってことに逃げてたって気がついて。だって、あたしは、十五歳の月宮アリスでもある。あわせたら、もう成人でしょ。そりゃ、からだは幼女ですけど。決めました。あたし、目が覚めたら、幼女の看板はいらない。出直すの。だって、魔法のレベルもやっと『5』まで上がったんですもの!」
『よい、決意ですね』
女神さまは、心の底から嬉しそうに、笑ってくれた。
『では、わたしからの手向けを。あなたに、よき加護を。新しき門出を祝いましょう。まずは、守護妖精を孵化させましょうか?』
「あっちょっと待ってスゥエさま! そ、それはすごく嬉しいけど、ほんとは、そうしたいですけど、でも、まだだめなんです!」
『まだ?』
「せめてあと少しだけ魔法レベルを上げてから!」
くすっと、女神様は、笑った。
なんと恥ずかしいことに、これがスゥエさまとの会話の終わりだったのです。
そこで、あたしは目覚めたから。
見慣れた子ども部屋のベッド、天蓋に向けて手をのばす。
まだまだ、小さいなあ。
からだは六歳と半月の幼女なんだもん。
さあ、アイリス・リデル・ティス・ラゼル。
たった今から、再出発だ!
気づいたことがある。
あたしは心のどこかで『アイリス』を、本来の自分と区別して思っていた。なんなら月宮有栖は、前世で死んだ後アイリス・リデル・ティス・ラゼルに憑依しているだけなんじゃないか、なんて。
そうじゃないんだ。
あたし、月宮有栖は、ほんとうに、転生してアイリス・リデル・ティス・ラゼルとして生まれたのだ。
もう六歳で、お披露目会もやった……後日、あらためてやり直すことになったけど……だから、これまでのあたしとは、ひと味違うのです。
まず、手始めは。
「あたし、じゃ、ないよね……これからは、わたし、って言おう。わたしはアイリス。ラゼル家のひとり娘。がんばらなくちゃ!」
こう宣言して、半身を起こしたのは、いいけれど。
この様子を、ベッド脇に付き添っていてくれた、お父さまとお母さま、そればかりかカルナックさまとサファイアさん、ローサ、エウニーケさんたちにも、ぜんぶ見られていたのでした。
(ルビーさんとエステリオ叔父さまはまだ入院してたのでこの場にはいなかった)
穴があったら入りたい!
10
お気に入りに追加
275
あなたにおすすめの小説
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる