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第九章 アイリスとアイーダ

その10 アイリス、幼女を卒業します宣言

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       10

 これは、わたしアイリス・リデル・ティス・ラゼルが、幼女の看板を下ろそうと頑張ったエピソード。

 気がつくと、薄明の中にいた。
 夜明け前の空の色だ。

『アイリス、ようやく会えましたね』
 小さな鈴を振るような声に、向き合う。
 長い銀髪に、淡い水精石(アクアラ)色の瞳をした美しい少女が、目の前に、浮いていた。

「スゥエさま!」
 あたしを導いてくれる女神スゥエさまは、目を伏せた。

『ごめんなさい、あなたたちの危機に、助けになれなくて。わたしはヒトに肩入れしてしすぎていると制限を受けているから《世界の大いなる意思》に抗えないの……』
 すまなそうに、微笑んだ。

「そんな、スゥエさまは気になさることなんてないです。《世界の大いなる意思》に逆らえるものなんているはずないですもの。それに……精霊石が、青竜さまと白竜さまの加護が、助けてくれたから! でも、結果はどうなったのか見届けられなかったんです」
 
 あたしは失神してしまったから。

『それは当然ですよ。レベル5になったばかりだというのに、全力で魔力を使い果たしたのです。あなたのおかげでマクシミリアンは生命をとりとめた。そのことで、カルナックも、このたびは人間の世界にとどまった。……よく、やりましたよ、アイリス』

 スゥエさまの手が、あたしの頭に乗せられた。
 流れ込んでくる、あたたかな、大きな力。エネルギーの奔流。
 身体が熱くなってきて、震えた。
 たしかにこのお方は、人知を超えた、神さまなのだ。

『わたしは見守っていました。そして、聞き届けました。アイリス、あなたは、「幼女の看板をおろす」と、誓っていましたね?』

「はい!」
 あたしは姿勢を正した。浮いているから姿勢を正すも何もないようなものだけど。

「今まで、六歳と半月の幼女だってことに逃げてたって気がついて。だって、あたしは、十五歳の月宮アリスでもある。あわせたら、もう成人でしょ。そりゃ、からだは幼女ですけど。決めました。あたし、目が覚めたら、幼女の看板はいらない。出直すの。だって、魔法のレベルもやっと『5』まで上がったんですもの!」

『よい、決意ですね』
 女神さまは、心の底から嬉しそうに、笑ってくれた。
『では、わたしからの手向けを。あなたに、よき加護を。新しき門出を祝いましょう。まずは、守護妖精を孵化させましょうか?』

「あっちょっと待ってスゥエさま! そ、それはすごく嬉しいけど、ほんとは、そうしたいですけど、でも、まだだめなんです!」

『まだ?』

「せめてあと少しだけ魔法レベルを上げてから!」

 くすっと、女神様は、笑った。

 なんと恥ずかしいことに、これがスゥエさまとの会話の終わりだったのです。
 そこで、あたしは目覚めたから。

 見慣れた子ども部屋のベッド、天蓋に向けて手をのばす。
 まだまだ、小さいなあ。
 からだは六歳と半月の幼女なんだもん。

 さあ、アイリス・リデル・ティス・ラゼル。
 たった今から、再出発だ!

 気づいたことがある。
 あたしは心のどこかで『アイリス』を、本来の自分と区別して思っていた。なんなら月宮有栖は、前世で死んだ後アイリス・リデル・ティス・ラゼルに憑依しているだけなんじゃないか、なんて。

 そうじゃないんだ。
 あたし、月宮有栖は、ほんとうに、転生してアイリス・リデル・ティス・ラゼルとして生まれたのだ。

 もう六歳で、お披露目会もやった……後日、あらためてやり直すことになったけど……だから、これまでのあたしとは、ひと味違うのです。

 まず、手始めは。

「あたし、じゃ、ないよね……これからは、わたし、って言おう。わたしはアイリス。ラゼル家のひとり娘。がんばらなくちゃ!」

 こう宣言して、半身を起こしたのは、いいけれど。

 この様子を、ベッド脇に付き添っていてくれた、お父さまとお母さま、そればかりかカルナックさまとサファイアさん、ローサ、エウニーケさんたちにも、ぜんぶ見られていたのでした。
(ルビーさんとエステリオ叔父さまはまだ入院してたのでこの場にはいなかった)

 穴があったら入りたい!
 
 
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