上 下
322 / 358
第八章 お披露目会の後始末

その38 サファイアの言い分

しおりを挟む
       38

 この世界セレナンそのものである大いなる意思の体現である女神は《海の青い輝き》とヒトの祖先から尊称を贈られた精霊グラウケーを通して、高らかに哄笑した。

「これは面白いな! やれやれ、我が遠大な計画が台無しだ。あの愚かな《魔の月》まで計画に組み込んで入念に準備したのに。予期しないことにあの『彼』が再び転生してきたのが始まりだけれど。ならば、また《奪う》しかないだろう? とことんきみを追い詰めて、我にすがるしかないくらいに弱らせておいて、だいぶんもったいをつけて、恩に着せてきみに大事な『彼』を返してやろうと思っていたのになあ」

「相変わらず、いい性格してらっしゃいますね」
 カルナックはグラウケーを通じて、世界と対話する。

「では、戻してやろう。我を楽しませてくれるという約束に従い、対価を払おう」

 エルレーン公国首都シ・イル・リリヤ、大公の領分である離宮の地下深くに築かれていた牢の、広大な空間に、光が満ちる。

『しばしの別離だ、我が愛し子よ。ここに流れた血肉を《原初の精霊》どもに渡してやるがいい。あれらは我の別の側面だが、我の支配下にはおらぬ、交渉することだ』

「仰せのままに」
 深く身体を折ったカルナックは、黒耀の杖を掲げ、原初の精霊たちを呼び出した。
 アイリス・リデル・ティス・ラゼルの邸宅で行ったことと同様に。

 交渉の末に四大精霊たちが地下牢の修復を行っている。
 それが今しも終わろうとしているとき。
 カルナックの影から、ヒトの身体ほどもある、氷柱がせり出してきた。
 みるみるうちに氷柱は溶けていき、あとには水もしたたる……黒髪を腰までのばした美女が、立っていた。

「カルナック様。わたしをいつ呼んでくださるかと思っていたんですけど」

「あ、ごめん。すぐに出すつもりだったんだよ! ホントだから!」

         ※

「で、言い訳は?」
 サファイアは怒っていた。滅多にないほどに怒っていた。何せ黒真珠を思わせるつやのある瞳に魔力の青い光を浮かべながらも表情のほうは彼女の得意な営業スマイルを浮かべ。
「ねえ、お父様」
 こう言ったのだ。

「え、いやそれは」
 思わず怯んでしまった。エルレーン公国に本拠地を置く魔道士協会の長にして漆黒の魔法使い、500年を生きる闇の呪術師(ブルッホ・デ・ソンブラ)と呼ばれるカルナックともあろう者が。

「昔、私を養子にしてくださったとき、『おとうさん』って呼べっておっしゃたじゃありませんこと」

 これは地味にこたえた。
 いつもより距離感のある他人行儀な敬語づかい。

「ごめん悪かった」
 早々にカルナックは白旗を揚げた。

「は?」
 サファイアは柳眉を逆立てる。
「ギィとシェーラが『水底の異界』まで呼びに来たんです! よほどのことでしょ。なのに矢も楯もたまらず駆けつけた、わたしたちを、あっさりと門前払いしてくださいましたよね。転移魔法陣の動作不良でアイリスだけ弾いたことも、お父様が意図して仕掛けておかれたなんてびっくりですわ。ギィとシェーラはまとめて外に追い出して銀竜に押しつけて。わたしのことは『冷凍睡眠』で、影の中に収納しましたね。従魔のシロとクロじゃあるまいし、なんでしたの。『わたくし』モノ扱いされるのに『小さい頃は』慣れてましたけど、まさか今になってお父様からそんな目に合わされるとは思ってもみなかったですのよ!」

「すまない」
 まずい。サファイアのトラウマに触れてしまった。カルナックは焦った。だが彼は怒っている女性をなだめるのは上手くなかった。昔から。

「わたくしが頼りにならないからですね」
「そんなことは思っていない」
「じゃあ何故ですの。お父様」
 サファイアは公式の場で用いている『お師匠様』呼びをすっかり放り投げていた。

「迷惑がかかると思って」
「……今さらですか?」

 カルナックはついに観念した。
「おいで」
 両手を広げた。
「久し振りに、抱っこしよう。きみが大きくなってからは、あまりやらなくなっていたね」

「ずるいです。……お師匠様」
 約束だった。サファイアが今回の人生では恵まれなかった実親のかわりに、父となってくれるという。そのためにカルナックは孤児院を創設し、多くの子供を養った。
 サファイアだけを養子にすれば、彼女が『弱点』であると知られてしまう、そのことを危惧したのだ。

「ところで一つ、お願いがあるんだけど。私を助けてくれるかな?」

「……そんなことだと思いましたわ!」


       ※


 この世界に、最初に転生したときのことを思い出して、あたしは、身が引き締まる思いをした。
 あれは失敗した、破棄されたルート。
 この国は独立したエルレーン公国じゃなかった。
 権力を持っていた宗教組織は『聖堂教会』で、エステリオ・アウル叔父さまは教会の司祭だった。
 大きな『聖なる力』を持って生まれたあたしは、教会とレギオン国王に目をつけられて、家族から引き離されそうになった。お父さまも、お母さまも、叔父さまも、あたしが利用されないように守ろうとして……

 死んだ。
 権力によって。
 そして今でも、

 あたしは、転生した肉体が今の時点で六歳の幼女だからってことで逃げていた。あたしは前世も併せれば遙かに大人だというのに。
 目が覚めたわ。
 もう、幼女を看板にしない。
 どれだけ甘えれば気が済むの、あたし。


 目が覚めたら。
 おとなになっているって、誓います。

 身体は、急には成長しないけど。
 精神的な意味です!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...