転生幼女アイリスと虹の女神

紺野たくみ

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第八章 お披露目会の後始末

その33 お師匠さまじゃない

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       33

 怖かったけれど、勇気を振り絞って、たずねた。
「お師匠さま。あなたの騎士マクシミリアンくんは、おそばに付き従っていないのですか。今、どちらに?」

「マクシミリアン……? ん~、誰だっけ?」
 長い黒髪に、漆黒の瞳をした長身の青年は、軽く首をかしげた。
 それから、「ああ」と、ぽんと手を打って、「そうだったね、思い出したよ」こうつぶやいて「ふふ、ふふふふ」忍びやかに笑った。
「そうそう。ストロベリーブロンドの野性的な彼か。ふふ、彼なら、まあ、なんとかやっていけるだろうよ。コマラパはねえ、私と一緒。そろそろ人生に飽いてきたところ。何しろ長らく生きてきたからね」

 その様子を見た、あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルは、大きな違和感を覚える。
「アーくん」
『うん、ボクも、わかったよ。フェイクだ』

「あなたは……お師匠さまじゃ、ないんですね」
 あたしは冷え切ったこぶしを握りしめて、声をあげる。
 凍えているから、たいして大声も出せないけれど。
「カルナックお師匠さまは、あれで面倒見のいいお方だもの。ご自分の命を削って分け与えたマクシミリアンくんを、一瞬だって忘れるはずなんてないの!」

「おや」
 美青年は、面白そうに、こちらに目を向ける。こころなしか瞳に青い光が宿ったように見えた。
「どうして、そう思うんだい?」

「あたしなんかお弟子にしていただいてから日も浅いけど。お師匠さまは……いつも、すっごく優しいの。この世界ぜんぶ、まるごと愛してる。とっても、あたたかいんだから!」

 いつも、あたしを見てくれてた笑顔が思い浮かぶ。
 サファイアさんや、お弟子さんたちに向ける大らかな包容力。
 コマラパ老師との、互いに信頼し合ってると感じるやりとり。
 マクシミリアンくんの命を助けて。
 それに、グレアムさんから聞いたの。カルナックさまは星辰神殿にある孤児院の子供たちの「代親」をかって出て、後ろ盾になってくれてるって。

(まだ、まだ早いです、カルナックさま)
 お願いだから、この世界から、いなくならないで。
 あたしは、お師匠さまに、まだ、この人間世界にいてほしい……!

(息を整えるのよ、アイリス)
 ともかく深呼吸して。
 自分に言い聞かせた。
 なんのためにサファイアさんと、あたしは「留学」したの!
 青竜さまも白竜さまも、あんなによくしてくださった。
 ご恩に報いるためにも、ここで踏ん張らなきゃだわ!

 青竜さまの統べる『水底の異界』で。慣れない集団生活に、みんなで分担してご飯作ったりとか、幼女が習うには難しいレベル高いお勉強とか。
 全力で魔力を放つこととか?
 青竜さまは、あたしのために魔法の家庭教師を招いてくださった。
 北の果ての国からいらしたアルナシル王さま。
 乱暴だけど明るくて強い人で、『見込みがある』って、厳しく教えていただいたのだから。
 お礼に新しく創り出した魔法の打ち上げ花火を披露したら、大喜びでご満悦だった。

 そうよ、生まれてからずーっとレベル0だった、あたしの魔法レベルが幾つも上がったことも、カルナックお師匠さまにご報告したかった!
 そのことを思いながら、体内の魔力を、アルナシル王さまに教わったように「練って練って練って練って」体中に纏わせる。今はアーテルくんの冷気遮断のおかげで凍死こそ免れているけれど、まだ寒すぎて行動を起こすのもままならない。だから、なんとか自力でも熱を生み出しておかなきゃ。

 黒髪の青年はクスクスと笑った。
「そっかぁ。カルナックも、キミには良いところを見せたかったんだなあ」
 目を細めた。遠くを見ているみたいに。

「あの子はねえ、たしかに、ヒトを愛していたよ。愚かでも愛おしい、ヒトを守るために、それほど好きでも嫌いでもない、この国に五百年もとどまっていたくらいにはね」
 黒髪の青年が、くるりくるり、身を翻す。
 しだいに黒い色は、晒されたように抜けていき、そこには、長身はそのままに、長い銀の髪と水精石(アクアラ)色の目をした、このうえない美貌の青年が佇んでいた。

 それは、あたしにも、後ろにいてくれる黒竜アーテルくんにも、ものすごく見覚えのある姿をしていた……

「え!? グラウケーさま?」
「なんで!?」
 
 第一世代の精霊であり《世界の大いなる意思》に、もっとも近しい存在は、肩をすくめて。
「アイリス、キミの腕輪の精霊石に宿る『別の』ラト・ナ・ルアの意識は、精霊の最上位にある、このわたしがいるから、この場に出てこれないしキミの危機にも応えられないわけさ」

「はあ。そりゃあ無理ないね」
 ため息を吐き出しながら、アーテルくん。

「わたしたち精霊は、この五百年ずっとカルナックを見守っていたけれど、もう我慢ならない。迎えにきたんだよ。この国は他より少しはましだと思っていたんだが、いつの間に腐っていたのやら……見るかい、おいで」

 グラウケーさまに手招きされて、ふらふらとついて行きそうになった、あたしを引き留めたのは、アーテルくんだった。
 バサリ。
 羽音を立てて、ぶるりと身体をゆすり、人間の姿をとる。
 いつもは十四歳くらいの、美少女にしか思えない姿になるんだけど、今は、十七、八歳くらいの、青年の姿になっている。
 ひょいと、あたしを腕に抱えあげた。
「え、アーくん?」
「ボクも一緒に行くよ。グラウケー、いいよね?」
 
「ああ、キミは友だちだ、かまわないよ。だけど、アーテル、アイリスのことが気に入ってるね」
 グラウケーさまはくすり、と笑う。

 寒気が緩んだのを肌で感じた。
 霜がとけて、石を敷き詰めた床面があらわになっていく。
 だけど、この場合、それがいいことだったのか、どうか……?

        ※

「ひっ」
 情けない声が出た。
 
 凍った死体が、転々と落ちている。
 はっきり見るのがこわくて、目をそらしてしまう。
 死体があっても。
 何が起こっていたとしても。何の力も持たない、あたしにはどうにもできない。
(ごめんなさい。あとでちゃんと埋葬します)
 心の中で詫びながら、足を止めることもできず、進む。
 先をゆくグラウケーさまを見失わないように、アーテルくんに抱っこされたまま、奥へ進んでいくだけ。


「そうだな。アイリス、キミと出会ったこと。そしてマクシミリアンという存在を得たことが、あの子にとって、きっかけになったのだろうな」

 グラウケーさまの静かな声が、地下の空間に響いた。

「何も持っていないときならば、漠然と「ヒト」を守ると思えただろうが。何よりも大切なものを得てしまえば……失うことに、耐えられなくなる」
  
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