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第八章 お披露目会の後始末
その32 ただ純白の。(書き直しました)
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32
『着いたよ、ここが目的地だ』
アーテルくんの声に、あたしは閉じていた目を開けようとしたのだけれど。
「うわ!?」
急に、息が詰まった。
胸の中が痛い!?
瞬きできない!?
睫が凍ってるのっ!?
びょうびょうと耳を打つのは風の音?
むき出しになってる手足、顔の皮膚の表面が固くなってきて、驚いた。
身体が動かせない。
身震いもできない。固まっているから!
『ああ、これはヒトの身では苦しいな。アイリス、力場を広げるから、息を少しずつ吸って、吐いてごらん』
しばらくすると、温度があきらかに変わった。
巨大な冷凍庫から、冷蔵庫の中になったみたいな。
凍気が、少しずつやわらいでいく。
よかった、瞼がひらく。瞬きできるわ。
けれど目に映るのは、ただ、いちめんの純白。
壁らしきものも床も、白、白、白。
「ここどこ……?」
目は開いたけど、何も見えないわ。
だって何にもないの。
見渡す限り、あたりは雪と氷と霜に覆われている。
エルレーン大公宮殿の地下牢……なの?
がらんとした吹き抜けの空間だった。
サッカースタジアムより大きくはないだろうけど、かなりの広さで、よく見れば壁面に格子のようなものがびっしりと並んでいる。
それも全てが雪に埋もれていた。
あたりは静まりかえっていた。
音もしなければ声もない。
動いているものも、いない。
そして、あたし、アイリスは気がついた。
ほんとはとっくにわかっていたけど。
あたしは着くのが遅かったのだ。
闇が、降ってきた。
地下牢の並んでいた広間の中央に。
漆黒の闇を纏った、長い黒髪、黒い目の、背の高い美青年。
左の足首に小さな銀の鈴を連ねたアンクレットをした、素足が、雪を踏んで、しゃりり、と微かに音を立てた。
「あれ、きみも来ちゃったんだ?」
屈託のない笑顔をアイリスに向ける。
「カルナック……おししょう、さ、ま?」
アイリスは問いかけを確信がなさそうに、尻すぼみに飲み込んだ。
手招きをされて、ふらふらとアイリスは黒竜の背中で立ち上がり。床に降りていく。
繻子の靴をはいていたので、床に凍り付いたため、歩みを止める。
「うん。そうだね」
彼は微笑んだ。
今までアイリスが見たこともないくらいに、自由に、解き放たれたように。
「あの、あの、おししょうさま! 行ってしまわれるのですか?」
どこへ、と。
カルナックは問い返さない。
「ああ、そろそろ潮時かなって」
潮時って、なんの?
聞きたかったけど、言えない。
口が渇いて、ひりひりした。
「カルナックさま! おたずねしておきたいことが。あの、サファイアさんは、ギィおじさんは。シェーラザード姉さまは、ここに……?」
「うん。来たね。でもキミが気にすることじゃないよ」
さらりとカルナックは、歌うように答えた。
「サファイアさん、は……」
「ねえ知ってた? サファイアは私の養子なんだよ。三百年前にサウダーヂから連れ出すためにね。あの子には、かっこ悪いところ見せたくなかったなあ。連れていけないんだ。ルビーがこの街にいるから。ギィとシェーラザードは私が連れていく。《大いなる意思》にお目通りをするつもりだよ」
こんなの。
こんなの、違う。
カルナックさまはこんなこと。
おっしゃるはず、ないもの!
あたしはまだ、受け入れられないでいた。
信じたくない。
お師匠さまは、人間の世界を捨てていってしまうつもりなんだ。
ひさが、震えた。
背中が、身体が、ひどく、寒い。……凍っていく。
『アイリス、落ち着いて』
アーテルくんの声が、胸に響いた。
まだ、大きな竜の姿をして、後ろにいてくれる。だから心強いの。
『だいじょうぶだよ。いつもの気まぐれだって! 本気じゃないよ、カルナックは、だってさ。いたずら坊主だって、コマラパも言ってたじゃん!』
「そういえば……コマラパ老師は?」
もっと気になっていることを、あたしはまだ、口に出せないで居た。
マクシミリアンくんは、どうなっているのか、って。
『着いたよ、ここが目的地だ』
アーテルくんの声に、あたしは閉じていた目を開けようとしたのだけれど。
「うわ!?」
急に、息が詰まった。
胸の中が痛い!?
瞬きできない!?
睫が凍ってるのっ!?
びょうびょうと耳を打つのは風の音?
むき出しになってる手足、顔の皮膚の表面が固くなってきて、驚いた。
身体が動かせない。
身震いもできない。固まっているから!
『ああ、これはヒトの身では苦しいな。アイリス、力場を広げるから、息を少しずつ吸って、吐いてごらん』
しばらくすると、温度があきらかに変わった。
巨大な冷凍庫から、冷蔵庫の中になったみたいな。
凍気が、少しずつやわらいでいく。
よかった、瞼がひらく。瞬きできるわ。
けれど目に映るのは、ただ、いちめんの純白。
壁らしきものも床も、白、白、白。
「ここどこ……?」
目は開いたけど、何も見えないわ。
だって何にもないの。
見渡す限り、あたりは雪と氷と霜に覆われている。
エルレーン大公宮殿の地下牢……なの?
がらんとした吹き抜けの空間だった。
サッカースタジアムより大きくはないだろうけど、かなりの広さで、よく見れば壁面に格子のようなものがびっしりと並んでいる。
それも全てが雪に埋もれていた。
あたりは静まりかえっていた。
音もしなければ声もない。
動いているものも、いない。
そして、あたし、アイリスは気がついた。
ほんとはとっくにわかっていたけど。
あたしは着くのが遅かったのだ。
闇が、降ってきた。
地下牢の並んでいた広間の中央に。
漆黒の闇を纏った、長い黒髪、黒い目の、背の高い美青年。
左の足首に小さな銀の鈴を連ねたアンクレットをした、素足が、雪を踏んで、しゃりり、と微かに音を立てた。
「あれ、きみも来ちゃったんだ?」
屈託のない笑顔をアイリスに向ける。
「カルナック……おししょう、さ、ま?」
アイリスは問いかけを確信がなさそうに、尻すぼみに飲み込んだ。
手招きをされて、ふらふらとアイリスは黒竜の背中で立ち上がり。床に降りていく。
繻子の靴をはいていたので、床に凍り付いたため、歩みを止める。
「うん。そうだね」
彼は微笑んだ。
今までアイリスが見たこともないくらいに、自由に、解き放たれたように。
「あの、あの、おししょうさま! 行ってしまわれるのですか?」
どこへ、と。
カルナックは問い返さない。
「ああ、そろそろ潮時かなって」
潮時って、なんの?
聞きたかったけど、言えない。
口が渇いて、ひりひりした。
「カルナックさま! おたずねしておきたいことが。あの、サファイアさんは、ギィおじさんは。シェーラザード姉さまは、ここに……?」
「うん。来たね。でもキミが気にすることじゃないよ」
さらりとカルナックは、歌うように答えた。
「サファイアさん、は……」
「ねえ知ってた? サファイアは私の養子なんだよ。三百年前にサウダーヂから連れ出すためにね。あの子には、かっこ悪いところ見せたくなかったなあ。連れていけないんだ。ルビーがこの街にいるから。ギィとシェーラザードは私が連れていく。《大いなる意思》にお目通りをするつもりだよ」
こんなの。
こんなの、違う。
カルナックさまはこんなこと。
おっしゃるはず、ないもの!
あたしはまだ、受け入れられないでいた。
信じたくない。
お師匠さまは、人間の世界を捨てていってしまうつもりなんだ。
ひさが、震えた。
背中が、身体が、ひどく、寒い。……凍っていく。
『アイリス、落ち着いて』
アーテルくんの声が、胸に響いた。
まだ、大きな竜の姿をして、後ろにいてくれる。だから心強いの。
『だいじょうぶだよ。いつもの気まぐれだって! 本気じゃないよ、カルナックは、だってさ。いたずら坊主だって、コマラパも言ってたじゃん!』
「そういえば……コマラパ老師は?」
もっと気になっていることを、あたしはまだ、口に出せないで居た。
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