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第八章 お披露目会の後始末

閑話 転生ゲーム『ティエラ・アスール・オンライン』より「エーリクはバカだ」

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 はじめに言っておく。
 前々からバカだバカだと思っていたけど、やっぱり本物のバカだった。
 エーリク。
 桜吹雪の向こうで、笑う、彼。

       ※

 あっヤバい!
 クリティカル食らった。

 いきなりガツンと減ったHPのバーを見て、焦った。
 幸い、一撃でロストはしてない。

「死者と咎人(とがびと)と幼子の護り手! 白き腕(かいな)の慈母神イル・リリヤ様、皆に、ご加護を!」

 この世界の最高神イル・リリヤに感謝の祈りを捧げる。
 エリアヒールをかけてパーティー全員の底上げをし、なおかつ続けざまにエクストラヒールを自分にかけた。

 銀色の光に包まれると、みるみる、傷が癒えていく。

「気を付けて!」
 パーティー仲間の魔法使いカルナックが、檄を飛ばしてきた。

「シア、油断してたね。きみは全員の防御と回復の要なんだから自分を大事にしないと。私も回復はできるけど、そうなったら攻撃に参加できなくなるから、今は最後尾に下がって」

「はい~!」

「おれの後ろに!」
 あたしの盾になると言ってくれたのは、エルフの弓使いエーリク。魔法も得意なの。彼はエルフなのに弓に魔力をつがえて全方位に魔法攻撃するという、えげつなさ。

 あたしが所属しているパーティー《漆黒の翼》は、魔法に特化したプレイヤーが多い。

 その筆頭は全属性の魔法を呼吸するみたいに自在に操る、漆黒の魔法使いカルナック。
 大森林出身の、生身で戦う『闘士』コマラパ。そのうえ雷と水の魔法も得意なの。
 聖なる祈りで領域ごと浄化して魔物を無力化する『神官』シャンティ。もうじきクラスアップして『大神官』になるんじゃないかしら。
 シャンティの幼馴染の『剣士』ミハイル。斬撃が半端なく力強いのなんの。
 氷の魔法を得意とする『魔法士弓使い』エーリク。
 回復魔法に特化した、あたし『治癒士』シア。

 負ける気がしないわ。
 実際、ずっと負け知らずのパーティーだけどね。
 
 何しろ、負けるわけにいかない理由がある。
 このゲームはヤバい。

 ヤバいっていうのは何故か?
 死んだらそれっきりで蘇生できないから。

 こつこつ育ててきたロールプレイキャラは『死ぬ』から、二度と使えない。
 アイテムも装備も全部パー。

 21世紀初頭。
 オンラインゲーム《ティエラ・アスール・オンライン》。
 没入型バーチャル生活RPG。並河コーポレーションっていう総合商社が開発、配信してる。
 剣と魔法の異世界を舞台にしたファンタジーのゲーム。

 あたしたちプレイヤーは、こう呼んでる。
《転生ゲーム》と。

 なぜってゲーム中にキャラが死んだら、生き返れないから。次にログインするときにはまったくの別人で始めなきゃいけない。

 でも、かろうじてフォロー要素もある。
 レベルとスキルは引き継げるんだよね。
 そうでもないと、みんなバリバリ課金してつぎ込んでやってるんだから、やってられないわ。運営のサイトが炎上しちゃうわよ。

 でもねえ、妙な感じよ。
 死んで《転生》してログインすると、ゲームの中では、ある程度の年数が経過しているから。
 以前ロールプレイしていた《自分》を覚えている他のプレイヤーから、昔話として聞くこともある。

 だけど、せつないの。
 ゲーム中では制限がかかっていて、転生前のキャラの名前をつけられないし、自分がそうなんだってことを誰にも打ち明けられないってこと。
 混乱を防ぐためなんだって。
 それなら普通に、蘇生できるようにしてくれてもいいのになあ。

 これまで何度かロストして《転生》を繰り返してきた、あたしだけど。
 今回は、ぜったいに、死にたくなかった。

 同じパーティーの仲間に、大好きな人がいたから。

 彼はエルフで。
 ガルガンドっていう北国出身。
 淡い色のプラチナブロンド、色白で繊細で、そのくせ上背があって、なんか頼れそうで。
 皮肉屋で、口は悪いけど、ほんとは親切なの。

 エーリク・フィンデンブルグ・トリグバセン。
 ガルガンド氏族長の息子だけど、故郷を遠く離れて、冒険に出たの。

 生まれたときに決められていた、彼のほうはぞっこんだった許嫁が、南から出稼ぎにきた他の男に心変わりして、こっぴどく、ふられたんだって。
 ちなみにガルガンドの習わしでは、男性側がいったん婚約破棄されたら、再度、婚姻を勝ち取るには相手の女性と決闘して勝たないといけない。
 そしてエーリクは『元許嫁』に決闘を申し出てボコボコに叩きのめされたんだって。
 そりゃ、へこむわよね。
 故郷に居づらくなって、旅に出たエーリク。

 いつだったか、あたしは飲み会で彼の身の上話を聞いちゃって。
「ひどい話だわ。エーリクはいい男なのに。だったら、あたしと付き合わない?」
 すっごい決意して言ったんだけど。
 エーリクってば、爆笑するなんてひどいと思う。
「おかしい。まさか本気じゃないだろうけど」

「冗談で言ってないわ。ねえ、あたしの恋人になって、エーリク・トリグバセン」

「だめだよ、シア。……ルーナリシア」
 彼は急に真顔になって。
「きみはレギオン王国の正当な王女様なんだから」

「えー! なによそれ、今さら!」
 憤慨したわ。
「あたしなんて母親の身分は低いし第七王女よ。レギオン王国は人でなしの国なの。王女なんて政略結婚の駒。変な婚約者をあてがわれる前に家出して、冒険者になったんだもん。もう平民です。パンピーですぅ」

 エーリクは、ため息をついて。
「無理して平民っぽく話さなくていいからね。シアは品がいいから、俗な言葉は身についてないよ」

 うううぅ~。
 エーリクが、可愛そうな子を見るような目を向けるわ~!

 ここらへん、奇妙なとこなんだけど。

 ゲームにログインしている間は、ロールプレイしているキャラの設定に、引っ張られちゃう。
 ゲーム補正っていうらしい。

 中の人である、あたしは。
 本名をシア・山本。
 母親がフィンランド出身なだけで、あたしは生まれも育ちも日本、東京で。ごく普通の女子高校生なのに。
 キャラのプロフィール《若い女性冒険者、実はレギオン王国の第七王女さまである》って設定から、大きく外れた行動ができないんだよね。
 もうちょっと自由度があるといいなぁ。

 アバターのキャラメイクは、設定項目が多くて、かなりめんどくさいから、種族・出身地・年齢・名前そのほか、あらかじめ何千種類か用意されてるキャラを使うのが一般的だ。

 あたしは高校の同じクラスにいる親友、並河香織に「我が社のゲーム、モニターしてくれない? やってみて感想聞かせてよ」って言われて始めた。香織はゲームを作ってる会社の社長令嬢で、機械やソフトにも詳しかったなあ。おかげでクラスの半分はゲームに沼ったわ。

 何度か《転生》したものだから、そろそろキャラメイクのネタに尽きちゃったあたしは、彼女に頼み込んでアバター作ってもらったんだけど、なぜか生身の姿とあまり変わらないの。
「えー髪の色も目の色もそのまま? ゲームだし、もうちょっと変えたいな」
「いいじゃない、シアは可愛いんだから」
 彼女、カリスマ性があって、香織の言うことなら「まぁいっか」になっちゃうんだよね。
 ただ香織もプレイしてるはずなのにフレンド登録してくれないの。そうするとモニターにならないでしょって。
 せめて、どんなアバターなのかだけでも教えてくれないかな。もし一緒にプレイできたら楽しいじゃない?

 ところでプレイヤーと区別がつきにくいのが、NPC。
 おまけに運営側の管理者も、ふつーに街にいて紛れてる。

 例えば、あたし疑ってるんだけど『漆黒の魔法使いカルナック』は、管理者側じゃないのかな。

 男か女かわからないような美形で、誰もが見とれちゃう。
 ってことは、きっと男性なんだろうな。
 ゲーム中にちらっと出てきた、グーリア王国のオッサン、なんて名前だっけ? えーとガルなんとか……彼に執心のようすで、言い寄ってたよね、あれ。あぶない感じだったわ。
 カルナックのほうは気がないみたいだったけど。

          ※

「さあ、気を引き締めて!」
 あたしたちのパーティー《漆黒の翼》の要。『漆黒の魔法使い』カルナックが、皆に注意を喚起する。
「手強い敵がやってくる!」

 あたしたちは強制イベント、『魔眼の王』に挑んでいる。
 クリアすると素敵な報酬があるから、みんな張り切ってる。
 ただ、難易度高いよぅ!

 舞台となるエナンデリア大陸は、『精霊火(スーリーファ)』と呼ばれる自然現象で有名だ。それは成人男性の頭ほどある球状の青白い光のかたまりで、空中をふわふわ漂っている。
 例えれば、蛍のでっかいのみたいな感じ。
 夜明けには、そこら中から集まって光の川みたいになって流れていくのが見られる。
 すごく異世界っぽい光景だなって思えて、あたしは大好き。

 ところで、
 不審な事件があったって冒険者の皆が噂していた。

 サウダージ共和国の地方都市ペレヒリが原因不明の爆発で壊滅したって。
 共和国も調べたそうだけど、開示された調査の書類は黒塗りだらけ。

 あの国は怪しい。
 共和国元首は『ミリヤ』っていう、永遠の十五歳の少女で、不老不死という触れ込み。
 
 このゲームは異世界ファンタジーだからありなの?
 NPCか運営側なのかな?

 地道な調査を兼ねた魔物狩り旅を重ねていた、あたしたち《漆黒の翼》は、ジークリートとクイブロという男の子たちに出会った。
 クイブロくんの妹でスーリヤっていう女の子がさらわれて、グーリア王国に連れていかれた!

 グーリア帝国の皇帝がラスボスみたいだったんだけど、そいつを倒すと、それを傀儡にしていた本当のラスボスが登場するの。

 あたしたちは戦って、仲間を失って、それでも戦い続けて……。

          ※

 過去の夢を見て目覚めたら、泣いていた。
 今更、どうしようもないのにね。

 あたし、シア・山本は、高層マンションの一室から外を見る。
 実際の景色ではないけど。
 セカンダリサーバの中に構築された、現実とみまごう世界。
 ゲームをやってたのは数年前。
 あたしは並河コーポレーションに就職してプログラマーになった。
 忙しい毎日の中、ふと、若いころに入れ込んでたゲームのことを思い出す。
 結局、ロストしちゃった、あたしは。
 アカウントとアバターを取り直してログイン……しなかった。

 シア姫として死ぬ、その直前に。
 エーリクも、倒されちゃったから。
 ログインしなおしても、もう、エーリクは、いないんだ。
 あたしの分身(アバター)だった、シアもいない。

 ばかだなー。
 なんで、現実世界のメールアドレス渡しておかなかったんだろう。
 あ、でもエーリクは美形な好青年だったけど、リアルでは全然イケてないおじさんだったりして……。
 そう考えたら、ちょっと笑えた。

 今日はひさしぶりの休暇。
 街へ出かけよう。 
 あたしは絶賛、おひとりさま。
 エンジョイするぞ!

 ショッピングして外食して、ふらふら歩く。
 ここは浅草。隅田川のほとり。
 コーラのペットボトル持って歩く。みたらし団子を買って。
 満開の桜が、きれい。

 あたしはたったひとり、桜堤を歩く。
「背筋を伸ばしなよ」
 やだ、幻聴。
 よくエーリクに同じ事を言われたなあ……何年前だよ。
 アンチエイジングが進んで、ヒトは、あまり外見の年齢にこだわらなくなったけど。

 桜並木が、わさっと突風にあおられて、花吹雪が舞う。

「……シア」

 風の中に、ふっと、懐かしい声が紛れてきて。
 これは桜の見せた幻?
 背の高い、プラチナブロンドの外人さんが立ってる。立ち尽くしてる。

 あたしの思ったことを正直に言おう。

 エーリクは、ばかだ。
 キャラメイクするときに、わざわざ手間をかけて自分に寄せたキャラ作ったんだ……。そんなの、キャラ造りを香織にやってもらった、あたしくらいのものだと思ってたわ。

 ……だから、あたしも、バカなんだってことです。

 それから、
 あたしたちはゲームを再開した。
 アカウントを取り直すことも覚悟したけれど。

 例の『魔眼の王』のイベントはゲーム会社のミスで、ありえないほど難易度が高く設定されていたのだと発覚し、メーカーは、及び腰ながらようやく、ユーザーからの要望が多かった『生き返り』機能を導入することにした。
 悪評高かった『魔眼の王』のイベントに参加してロストした者から適用になったのだ。

        ※

 さて、エーリクと付き合い始めたことも含めて、あれからいろいろあったけれど。
 ……香織に彼を紹介したら「やっぱりね」って言われたよ。まるで、彼女は昔からエーリクとあたしのことを見てたみたいに。
 相変わらず香織はどんなアバターなのか教えてくれないけど。

 飽きずに『ティエラ・アスール・オンライン~蒼き大地~』をプレイしてる、あたしたち。
 カルナックもコマラパもシャンティたちも同じくキャラ復活したのでもと通り《漆黒の翼》パーティーは無双してます。
 ところで……
 ゲームの中にいて、あたしは、ときどき不思議な思いにかられる。 
 これは、現実なんじゃないのか?

 少なくとも、こんなふうな異世界、きっと、どこかにあるんじゃないかって。
 もしかしたら、それは。
 遠い未来で、地球でさえない、どこかの『世界』かもしれない。
 きっと…… 

 あたしはときどき、思うんだ。

 今の生を終えたら、そこに生まれ変われたら、いいのにな……

 ただし、エーリクも、苦楽を共にしてきた、カルナックやコマラパ、シャンティやミハイルたち、パーティー仲間も一緒にね!

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