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第八章 お披露目会の後始末

その29 可愛いメイドさん、活躍する

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       29

 ひたひたと近づいてきた足音の主は、顔を上げてアイリスを見た。
「待ってたんだよ」
 真っ黒な長い髪、水のように透き通った青い目で。

「あたしを?」
 アイリスはうっかり答えてしまった。
(あっしまった)
 幼い頃に絵本を読んでくれた叔父が教えてくれたことを思い出す。
(返事をしちゃいけないって……叔父さまが)


『妖精に出会い、問われたならばまともに答えてはいけないよ』
 エステリオ・アウル叔父さまはいたずらっぽく言ったけれど、はしばみ色の目は優しい。
『妖精は嘘をつく。たいがい、嘘をついているつもりもないから困るんだよ。守護妖精なら別だけど』
「守護妖精ならいいの?」
『そうだよ、彼らは《世界の大いなる意思》に厳正な誓いを立ててやってくる。《儚きヒト》を気に入って……だけどヒトは彼らに見合ったものを返せているんだろうか?』


(見合ったものを返す……?)
 アイリスが内心つぶやいたとき、無邪気な笑みを浮かべてルナちゃんが言った。

「そうだよ、アイちゃん」 

 そのとたん、
 心臓を、ぎゅっと、つかまれた。

 思い出した……!
 どうして忘れていたんだろう。
 四歳の終わり頃だった、あたしは、この子に、ルナちゃんに会ってる。

 我が家に転移魔法陣を設置に来てくれた、学院のトミーさんとニコラさんが失敗して、どこかわからない場所に飛ばされてしまって。
 その先で、ルナちゃんに出会ったの。
 《欠けた月》の村、アティカで。
 ルナちゃんは、アイちゃんっていう大切にしてた縫いぐるみをなくして探してて。 
 なぜかルナちゃんは、あたしを縫いぐるみと間違えて、あたしをアイちゃんって呼んだの。
 違うってわかって、しょんぼりして。
 あたしはルナちゃんがかわいそうで、何かしてあげたくなったの。
 そして胸をはって、言ったんだわ~。

「いくらでも、おいでなさい! あたし、こう見えても、おうちでは、みんなに、そばにいると『幸福』な気持ちになるって評判なのよ!」

 いつかのあたしは。
 胸を叩いて、自信満々に(そう振る舞っていただけで、正直、ぶるってたんだけどね)

『あたしはアイリスっていうの。だから、アイちゃんって呼んでもよろしくてよ。』

 …………(爆死)…………

 あああああああ!
 やーだ、言ってた!じぶんで。
 なに考えてたのかしらその時のあたし。

「アイちゃん。今度こそ、一緒に居てくれるよね? ずうっと、ずうっとだよ」

 ルナちゃんは手をのばした。
 細くて、骨貼ったちいさな手。
 それを見たとき、違和感があった。

 ルナちゃんて……こんなだったかしら……?

 グレイスさんも、さっきから一言も話してくれない。
 おかしいな、はじめは頼もしかったのに。
 だんだん、生気をなくしてきてない?
 まるで枯れ木か何かに見えてきちゃって、あたしは目を何度もこすった。

 そもそも、ここどこ?

 だんだん、頭がぼうっとして何もかも考えられなくなった……
 あたしはルナちゃんに手をのばした。

 そのときだった。
 太陽が上った。
 そんな錯覚を覚えるほどに明るい、男の子の声が響いたのは。

『それに触っちゃダメ!』

 それはまるで光のように、ルナちゃんとグレイスさんに突き刺さった。
 あたしは驚いて、ルナちゃんに差し出していた手を引っ込めた。

『お待たせ!! 強くて可愛いアーテルくんだよ~ん』

 あたしとルナちゃんの前にひらりと降りてきたのは、黒いワンピースに白いフリルのエプロンを着けた十二歳くらいの女の子かと見まごうくらい綺麗な、けれどしっかり男の子のりりしい顔をした『黒竜』くんだった。白いリボンでポニーテールに結んだ肩までの黒髪が揺れ、青い目にすさまじい魔力を体現した光があふれる。
 
「アーテルくん!?」
 黒竜のアーテルくんが、どうしてここに!?

『あれは《まがもの》で《まがいもの》だよ。例の《赤い魔女》セラニスがこぼしていった、よぶんなエネルギーの影響で生まれちまった、いびつなやつら。キミが、だだもれだから引かれてきちゃったんだ』

 光が差したみたいだった。
 夜のとばりに包まれた街を、朝日が照らした。

 灰色の影が、みるみる、縮んで小さくなって、滑るように逃げていく。

「あっ! 待って、ここどこ……」
『キミ馬鹿なの? 危ないとこだったんだよ? 何しようとしたか考えなよ』
「手がかりが他にないのよ! お師匠さまやサファイアさんたちとはぐれて」

 必死に訴えるあたし、だけどアーテルくんたら、すごーく残念なものを見るように、生暖かいまなざしを注いでくれたのです。

『追うのはやめなよ。あれは記憶の中から持ってこられてる「影」だから始末が悪い。判別つきがたいだろ?』
 つまり、と。黒竜は、うそぶいた。
『本物じゃ、ないってこと』

「そうなの?」
 
『そうそう。それからキミ、ボクの鱗のこと忘れてなぁい?
 せっかく、この引きこもりドラコーのアーテルくんが、友達のしるしにあげたのに』

「え!?」

『右手の腕輪をよく見てごらん。認識阻害されてたんだよ』

「ああっホントだわ! 精霊石の光が外に漏れすぎないようにって、エステリオ叔父さまが工夫してくれたデザインなのに、わからなくなってたなんて! なんか悔しいっっ!」

 愕然とする、あたしを見て、アーテルくんは、大きなため息をついた。

『やれやれだよ。できればボク、この世の終わりまで働きたくないんだけどなぁ。知らないかもだけど、このボクが出るなんて、よっぽどのことさ。なのにキミ、結構な頻度で、ピンチになっちゃってるんだから』

 
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