転生幼女アイリスと虹の女神

紺野たくみ

文字の大きさ
上 下
306 / 360
第八章 お披露目会の後始末

その27 大切なものの記憶

しおりを挟む
       27

 灰色の女はアイリスの正面に立つと、目深に引き下ろしていた灰色の布を、肩に落とした。
 現れ出たのは、力強いまなざしをした、うら若い女性だった。
 腰まで届く、つややかな長い髪は、シルバーグレイの光を宿していた。
 
「また会えて嬉しいよ。アイリスお嬢様。懐かしいねえ」
 銀色の瞳が、ぱちりとまたたいた。

「あなたは? どこかでお目にかかったことが?」
 つい、疑うような物言いになってしまった。
「あ、ごめんなさい! 信用してないとかじゃないんです。あの、あたしの名前をご存じなのですね」

「ああ、知っているとも。息子からよく聞かされているからねえ」
 彼女はクスクスと笑った。
「あたしの名前はグレイス。グリス(灰色)とも呼ばれているよ。息子の名前はルナ。前に会ったことがあるかって? そうさね、会ったことがあるとも言えるし、まだ、ないとも言える」

 だめだ! 名前を聞いても、思い出せないわ!

「グレイスさん、あなたのような綺麗な人に会ったら、きっと忘れないと思うんですけど」

「おやおや、お世辞でも嬉しいねえ!」
 彼女はカラカラと笑った。
「覚えてないだろうねえ、あのとき、お嬢さんはもっと小さかったからね」

「小さいとき……?」
 考えてみたけど、よく思い出せない。
 ところどころ、記憶に空白がある気がする。
 これって問題なのでは……!

「深く考えるこたないよ。アイリスお嬢さんは、むかし、あたしと息子を助けてくれたんだ。だから恩返しがしたいのさ。道がわからないんだろう、ついておいで、迷子さん」

 グレイスさんが差し伸べてくれた手を握った。
 あたたかい手だ。
 少し、安心した。
「おや、きれいな腕輪をしているね。すかしで見えているのは『精霊石』じゃないか。アイリスお嬢さんは精霊様に愛されているんだねえ」

「ありがとうございます。石は精霊様にいただいたんです。腕輪にしてくれたのは魔法使いになる学校に通っている、叔父さまで」
 はめ込まれている『精霊石』のことを思った。
 エステリオ・アウル叔父さまのこと。
 そして、精霊石に宿る守護精霊ラト・ナ・ルアのこと。

 心が、ほっこりする。

 グレイスさんと繋いだのは腕輪をしているほうの右手。
 左手は、そっとポケットの小さなポーチに触れる。これはお守り。中には、生まれてまもない頃から、あたしを守ってきてくれた守護精霊たちの宿るたまごが入っているの。
 いろいろな事件があって、力尽きて卵に戻ってしまったのだから。時間をかければ、いずれ元通りの姿になって戻ってくるって、カルナックさまに教えていただいた。

「目を閉じて、ゆっくりおいで。目眩がするからね」

 まぶたを閉じても真っ暗になるわけではない。光の残滓を感じながら、音と、匂いに意識を向ける。
 すん、とする、胸のすくような香りが立った。
 ローズマリー? ミントかな……。
 ゆっくりと足を運ぶ。移動距離はどれくらいかしら。

 カツ、カツ。
 響くのはグレイスさんの靴音だ。
 ということは、やっぱり精霊さまではなさそう。
 ……そんなに多くは知らないけれど、精霊さまたちって、ご自分の素性を隠したりしないしね。
 途中でちょっとふらついて、グレイスさんの手にすがりついてしまった。
 目眩がしたのだ。
 まるで転移魔法陣に乗ったときみたいに。

「着いたよ。シ・イル・リリヤの目抜き通り『月晶石通り』だ」 

 あたしは、注意深く、目を開けた。
 違和感をおぼえた。
 見渡す限り何もかもが灰色の風景だった。

 目の前に広がっている街は、あたしの知っているようで、まるきり見知らぬ街のようだった。
 六歳と半月の幼女であるアイリス・リデル・ティス・ラゼルは虚弱だったこともあって深窓のお嬢様だったので、街の様子を知っていると言ったところで大層なものではないけれど。
 館の窓から見えていた大通りとその周辺、お父さまご自慢の我が家のお庭から見えていた、大公さまの住んでいるお城なら、よく覚えているのよ。
 念を押すけど、あたしは幼女で脳細胞はフレッシュ(たぶんね!)記憶力はいいんだから。

「変だわ……」
 あたしはつぶやいた。
「色がないの! 黒と灰色と白だけ。でも、きっとここはシ・イル・リリヤの通りだと思うんだけど」

「そりゃそうさね」
 グレイスさんが言う。

「今、ここの時間は止まっているからね」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

元チート大賢者の転生幼女物語

こずえ
ファンタジー
(※不定期更新なので、毎回忘れた頃に更新すると思います。) とある孤児院で私は暮らしていた。 ある日、いつものように孤児院の畑に水を撒き、孤児院の中で掃除をしていた。 そして、そんないつも通りの日々を過ごすはずだった私は目が覚めると前世の記憶を思い出していた。 「あれ?私って…」 そんな前世で最強だった小さな少女の気ままな冒険のお話である。

処理中です...