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第八章 お披露目会の後始末

その5 新しい朝、シロとクロが戻ってきた

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 目覚める、少し前のこと。

 ふんふんふんふんふんふん……

 耳元で、においを嗅いでる、大きなもふもふが右側にいる……。変な夢ね。

 クンクンクンクンクンクン……

 鼻を鳴らしてるのは、ベッドの左側にいる、大きなもふもふで。

 あたし、今、シロとクロがいたときの夢を見てるのかな……。カルナックさまが貸してくださっていた。大きな強い従魔。
 だけどお披露目会の夜、セラニスに操られて凶暴になりかけてたから、あたしの影の中に緊急避難させるしかなくて。あれからずっと、出てきていないの。
 会いたいなあ……。

 きゅうううううん……わわん……
 情けない鳴き声が、ベッドの左右から聞こえてきてる。

「……って! シロとクロ!?」
 あたしは思わず声をあげて、ベッドから飛び起きた。
 ……つもりだったけど、まだ寝ぼけていて、手を動かせただけだった。  

 さしのべた、その手の先に。柔らかくて暖かい毛並みが触れた。
 目を開けたら、懐かしいシロとクロがいたの。
 申し訳なさそうな表情(のような気がした!)で、白い子犬と、黒い子犬が、ちょこんと座っていたの。

「もどってきてくれたの? シロ、クロ!」

「わふん!」「くううん!」
 勢いあまって二匹はベッドに飛び乗ってきた。
 やっぱり、甘えん坊だ!

「よかった! もう会えないかと思ったわ。嬉しい!」
 あたしはシロとクロのもふもふを全力で愛でる。

「二匹とも、アイリスちゃんが起きるのをずっと待っていたのよ。カルナックお師匠様が、アイリスちゃんの影の中から出してやって、診てくれたから。もう大丈夫よ、セラニスの影響は消えているわ」
 傍らで声がした。
 シロとクロの後ろに、サファイアさんがいたの。

「おはようございます、アイリスお嬢さま」

「あ、サファイアさん、きょうも一日、よろしくお願いしますね」

「了解よ~! こんな可愛い子ちゃんのためなら時間外残業も厭わないで頑張っちゃうからね~!」
 満面の笑みで、Vサイン。
 ……口を開かなければリドラさんは絶世の美女です。

          ※

 コンコン。
 遠慮がちなノックの音がした。

「おはようローサ。お嬢さまはお目覚めですよ」

 サファイア=リドラさんがドアを開けて招き入れたのは、癖の強いたっぷりの赤毛を耳の下で二つに束ね、三つ編みのお下げにした、小間使いのローサ。
 あたしより七つ上だから十三歳。
 生まれたときからお世話をしてくれた小間使いで、あたしには歳の近いお姉さんみたいな親しみがある。

「おはようございます、お嬢さま。よくお休みになられましたでしょうね」

「おはよう、ローサ。もちろんよ。きょうもよろしくね」
 言葉を交わした後、ローサはふと、部屋の中、天井のあたりを見回した。
 何かを探しているように。

「ああ。そうでした。妖精さんたちは……」
 寂しそうな顔のローサ。今は守護妖精がいないことを知っているから。

「ローサ、安心して。守護妖精さんたちは、ここよ」

 あたしは妖精の卵を見せる。
 サファイア=リドラさんが作ってくれた、スエードの小さな巾着袋に入れて、スカートのポケットに入れて持ち歩くことにしたの。ポケットつきのスカートは、ルイーゼロッテさんのプレゼント。

「これが『妖精の卵』なんですか、お嬢さま」
 妖精や精霊を視るほど魔力を持っていないローサにも、「妖精の卵」は、見ることができた。

「はじめて見ます! いろんな色をしているんですね」

「そうよ、光、風、水、土。その性質にふさわしい色になっているらしいわ。みんなは、あたしを助けるために、《世界の大いなる意思》のふところまで潜っていって精霊さまたちを呼んできてくれたの。そんな無理をしたから、消えてしまうところだったけど、精霊さまたちが卵に戻してくれたのよ。大事にあたためるわ。卵が孵ったらまた妖精になるのですって」

「お嬢さま、だいじょうぶですわ。きっと卵は孵ります。元通りの妖精さんたちと、お会いになれますよ」
 力強い笑みを浮かべたローサ。

「ところでローサちゃん、何を持ってきたの?」

「あっ、はい! お嬢さまの洗顔のご用意ができております」
 ローサは湯を満たした陶器の水差しと清潔な亜麻布を運んで来たのだ。

 この世界には蛇口をひねればお湯と水が出る朝シャン洗面台なんてものは備わっていない。サファイア=リドラさんとローサに手伝ってもらって顔を洗う。
 お肌の潤いを落としすぎない保湿効果のある洗顔石鹸を使って。
 実はこの石鹸、エステリオ叔父さまがコマラパ老師と一緒に研究室で開発したものなのです。
 ちょっと自慢しちゃおう。
 叔父さまも、人が良いから誤解されやすいけど、ほんとは、すごい魔法使いなんだから。

 洗顔の後はメイド長のエウニーケさんをはじめ、メイドさんたちがやってきて怒濤のお着替えタイム。
 メイドさんたちは毎朝のお着替えが楽しいみたい。嬉しそう。

 最後に髪を整えてくれるのはサファイア=リドラさん。

「みなさんがお着替えに萌えるのわかりますわ~!」

「そうでしょ、そうでしょ」
 サファイアさんと親しい、レンピカさんが言う。お母さま付きのメイドさんだけど、今、まだルビー=ティーレさんが入院しているので、よくサポートに入ってくれてるの。

「ごらんになってお嬢さま。とっても愛くるしいですわ」

 鏡台の前に座る、あたし、アイリス。
 六歳と二週間の幼女です。

 白いリネンとレースを重ねた生地をたっぷり使った、スカート部分のドレープがキレイに出ている膝丈のワンピースに、フリルつきのエプロンドレスを重ね着してる。スカートには秘密の内ポケットがついてて、あたしは後でこっそり妖精の卵をポケットに入れて持ち歩くつもり。
 アクセサリーや髪飾りはつけていない。

 黄金の絹糸のような髪、透き通ったエメラルドグリーンの目。色白なのは館から出てないからだけど幼女だけあって肌のきめが細かいのね。
 将来はお母様似の美人になると思う。
 自画自賛っぽくて恥ずかしいけど、事実なのです。

 お着替えを終えたらメイドさんたちに連れられて子供部屋を出て、食堂へ向かう。

 マウリシオお父様とアイリアーナお母様が待っていた。
 毎日お忙しいお父様、お母様と朝食を一緒に食べてお話しできるのは楽しみで、すごく嬉しい。

 エステリオ叔父さまも一緒だったらもっといいんだけど……入院してるのだから、我慢するの。
 だから、朝ごはんもちゃんと食べるの。

         ※

 朝食後は、商工会議所へ出かけるお父さまのお見送り。
 あたしのお披露目会が、爆発事故(ということになったの)で、台無しになったから、いずれ日を改めてやり直すこと、列席してくださったために意識不明になって入院していた招待客たちへのお詫びの問題で、話し合うことになっているの。

 お母さまは大貴族であるアンティグア家(叔父さんの親友のエルナトさんのご実家)の昼食に招待されているから、早くからお出かけの準備に余念が無い。

 かくして自由になった、あたしは、本当はすぐにでもエステリオ叔父さまのお見舞いに駆けつけたいところなんだけど。

 サファイア=リドラさんの言うことには。
「だめよアイリスちゃん。いい女ってものはね、安売りしちゃだめ。じらすテクニックも身につけておかないと」

 六歳の幼女に言うことじゃない気がする。

「具体的な例をあげれば、カルナックお師匠様なんて基本がツンだから。それがたま~に、あの美形の顔でにっこり笑ってみ! 誰でもくらっといくわ、老若男女問わないよ、面白いように釣れるんだ! それだけで魔導師協会の評判もうなぎ上っちゃうし勝手にお布施……じゃない、寄付が集まっちゃうもんね。いや、お師匠様は何も知らないけどさ。エルレーン公国大公様がスポンサーなのはありがたいけど組織には、表沙汰にしたくない出費はつきものだからね。おいしい! お師匠様は、おいしいよ!」

 あたしは軽く引いた。
 サファイア=リドラさんの前世はエリート営業マンだったって、本当なんだろうな。

 転生した今では女豹だわ!
 でもこれって「いい女に必須のじらしテクニック」とは関係ないんじゃない?

 サファイア=リドラさんの言うところでは、エルレーン公国魔導師協会の長カルナック様は天然な残念美形です。自分が超絶キレイだとか、わかってなさそう。きっといいとこのお嬢さまだったんだわ。あれ? それとも、いいとこのご子息かな? あの浮き世離れっぷりは。

 お出かけになるお母様にご挨拶して。
 護衛をしてくれているメイド服のリドラさんと子供部屋に戻って。

 ……って思っていたんだけど。
 行き着いたのは、エステリオ叔父さんの書斎だった。
「ここって、サファイアさん……?」

「さぁ遠慮無く入って」
 リドラさんが率先して扉を開けた。
 鼻歌まじりに。

「勉強するには教材が揃っている部屋がいいでしょ? どうせ部屋の主のエステリオ・アウルは入院してるんだし、アイリスちゃんが使うのに文句はないわよぅ」

「お勉強?」

「そうよ、魔法のね。お師匠様が、これからはわたしの指導で魔法も教えるようにって。家庭教師はまた別に探してくれてるから、それはそのときね。 さあ、行くわよアイリスちゃん」

 サファイア=リドラさんが、あたしの背中を押した。

「エステリオ・アウルのセーフルーム兼、魔法の練習場にね」


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