上 下
257 / 358
第七章 アイリス六歳

その35 弟子たちの困惑

しおりを挟む
         35

「虚ろの海を渡り闇夜を照らし出す、夜と死の眠りを司る御方。死者と咎人と幼子の護り手、白き腕(かいな)の真月(まなづき)の女神イル・リリヤ様。その御名により永遠の守護を約束されし都シ・イル・リリヤにて、我が娘アイリスの六歳の誕生日をお披露目できることを、心より感謝いたします」

 イル・リリヤさまに捧げるお父さまのお祈りが終わると、豪勢なお料理と飲み物が次々に運ばれてきた。

 大広間の奥に一段高く設けられたテーブル席に座って、あたし、アイリスはお客さまがたを見ていた。カルナックお師匠さまが授けてくださった加護のヴェールごしに。
 それにしてもカルナックさま、過保護じゃないかしら。
 お父さま、お母さまに挟まれて座る、あたしの足元にはカルナックさまからお借りした従魔『シロ』と『クロ』もいるし。メイドとして護衛してくれてるサファイア=リドラ、ルビー=ティーレさん、他にも大勢の魔法使いさんたちに守られている。
 エステリオ叔父さまはお父さまの隣に座っている。

 盛り上がる宴をよそに、あたしは気がかりになっていることが、頭を離れないでいた。
 おじいさまのことだ。
 招待していないのにやってきた、先代当主であるヒューゴーおじいさま。エルナトさんに捕まって拘束されていたはずなのに午後のお茶会に顔を出して、あたしとエステリオ・アウルの婚約に異議を唱えてきた。
 あの後どうしたろう、また捕まったかしら?
 晩餐会にも出てきそうで、いやだな。

「お嬢様、お飲み物と軽食をどうぞ」
 考え込んでいたあたしの前に、すっと、冷たい果実水のグラスと、小さく切ったサンドイッチが差し出された。
「あら? グレアムさん!」
 給仕してくれたのは、グレアムさんだった。
 トーマスさんと二コラさんと三人で、我が家に転移魔法陣を設置しにきてくれたことがある、学院の生徒さんだ。
 将来は一般家庭で使える魔法道具を開発して販売したいって言ってて、あたしは三人がお店をだすときは出資するって約束してる。実際はお父さまがお金を出すわけだけど、あたしの名前でやってみなさいって、お父さまがおっしゃったの。
「グレアムさん、お手伝いにきてくださったの」
「ええ。学院からも何人か応援にきてます。頼もしい先輩がたもたくさんいます。安心してください」
 もしかして、おじいさまのことで気に病んでいたのが伝わったのかしら。
「ありがとう。頼もしいわ」
「おまかせください」
 にっこり笑って、グレアムさんは席を離れた。

「アイリス、これを」
 お父さまが小さな紙包みを渡してくれた。開けてみたらスミレの花の砂糖漬けが入っていた。
「エステリオからだ。回復薬にもなってるそうだよ。晩餐会はまだ続くからな」
「ありがとうございます、お父さま」
 エステリオ叔父さまは黙って目配せをしてきた。あたしは笑みを返す。ヴェール越しだけれど、エステリオ・アウルにはわかるはず。
 果実水を飲んで、サンドイッチを食べて、砂糖漬けを口に入れる。
 おいしい。お腹がすいてたみたい。
 豪華なお料理が盛り付けてあっても、あたしが取りに行ってバクバク食べるわけにはいかないじゃない?
 お披露目会の主役で六歳の幼女がね?

 お客さまがたは楽し気に、お料理を楽しんで、歓談しているようす。
 音楽と踊りを披露する楽士団も宴を盛り上げる。

 お茶会のときよりお客さまは増えている。晩餐に合わせていらした方々だ。
 お披露目を祝う挨拶に来てくださる。混雑しないように魔法使いの人たちが誘導してくれていて、やってくるのは一度に一組まで。奥さまやお子さまを伴っている方もあるから。

 そわそわしてきた。
 きっと、もうじき。
 生まれたときからの許婚エステリオ・アウルと、あたしアイリスの婚約を、魔導師協会の長カルナックさまと副長コマラパ老師が証人になってくださって、公の婚約式を行う。
 この婚約は前もってエルレーン大公さまに認めていただいているけれど、婚約式をみなさまの前で公開することに意味があるそうなのです。
 晩餐会の中盤で、婚約式をすることになっているの。
 その後に、我が家に滞在している、極東という海を隔てた外国『扶桑』からのお客さま、パオラさんとパウルさんも紹介する予定で、二人はまだ控室にいるの。
 一緒にお披露目をするから、あたしと同じく大公さま御用達のデザイナー、ルイーゼロッテさんに作ってもらった古式豊かな、神事のときのような装束をまとっているし、ヴェールもお揃い。
 二人の付き添いは、シェーラザードさん。コマラパ老師のお師匠にあたる青竜さまのお嬢さんなの。それと二人がとても懐いているギィおじさん。彼は、自分は平民だから晴れ舞台にふさわしくないと謙遜するけれど、そんなこと言ったら、我が家だって商人をしてる平民だもの。

 あたしは密かに、婚約式を心待ちにしていた。

 けれど……。
 どうしたのかな。魔法使いさんたちが、ざわざわしてる。

「アイリス困ったことが」
 風の精霊の補助を受けてルビー=ティーレさんが囁きを届けてくれた。
「お師匠が、マクシミリアンのテーブルにいる」

 ……はい?

 教えられて、広間の入り口近くにある家族用のテーブルに目をやって。驚いた!
 そこに座っているのは、赤みの強い金髪をした、あたしより少しだけ大きい男の子、マクシミリアンくんと、よく似た男の人、たぶんお父さま。
 そして、長い黒髪と黒い目の、ものすごい綺麗な女の人が、食事をしていたの。

 優しそうな美人のお母さまだなあ。マクシミリアンくんと一緒に、お料理を取りに行って、山ほど持ってきて、お父さまの前に、どん、と置いて。楽しそうに笑って。

 ……え?
 あれが、カルナック師匠なの?
 でもでも、魔法使いのローブじゃないよ?
 漆黒のドレスだよ?
 目も黒いよ?

「幻術だよ。ほんとはいつもの魔法使いのローブ。目の色も、幻だ」

「……うそ。美女にしか見えないんですけど!」

「あたしにも謎だ……師匠は男……のはず、だけど、なんかもう自信ないわ」
「わたしもよ。お師匠様は何やらかしてもおかしくないもの」

 いや待って。
 古くからの弟子でカルナックさまの護衛を任されてるって自負してるルビー=ティーレさんとサファイア=リドラさんの二人が自信ないってどゆこと。
 二人だけじゃないみたい、あたしたちを守るために周囲を固めている魔法使いたちにも、ざわめきと動揺が広がっているのが、わかった。

「もしかして潜入捜査の一環なのでは」
「そうだよ! あの師匠がなんの魂胆もなく、ただ食事を一緒にしてるだけってありえないもんな」
「きっとあのまわりの商人たちを調べるんだ」
「よし僕たちも師匠を手伝おう。地方商人たちを調査しておこう」

 主に盛り上がっているのは学院から駆り出された学生たちだった。
 付き合いの長い弟子ほど、つまりサファイアとルビーは困惑の程が大きい。

 ああ、……魔法使いさんたちがピンチです。

 精神的に。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

処理中です...