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第七章 アイリス六歳
その16 事件記録
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16
あたしの六歳の誕生日、そしてお披露目晩餐会を前にした、当日の昼間。
突如として明らかにされた、エルテリオ・アウル叔父さまの、過去の事件は、衝撃的すぎた!
エステリオ叔父さまは、四歳の誕生日のお披露目の晩餐会途中に誘拐されたことがあった。
人身売買組織に、レギオン王国貴族に売られて。
カルナックお師匠さまたち、魔導師協会が調べて、追ってくれたけれど、
助出されたのは半年後だった。
「じゃあ、エステリオ叔父さまは……」
半年も……?
決して短い期間ではない。
六ヶ月……180日。それだけの、昼と、夜と……
その間……四歳だったエステリオ叔父さまは……いったい、どうなっていたの……
「叔父さま……」
それなのに、いつも、叔父さまは、アイリスを守るって、言って。
あんなに大事にして、優しくしてくれていたの。
ふいに熱いものが目に溢れてきた。
とまらない。
涙……
「あ~あ、泣かせちゃった!」
ルビーさんは柔らかい生地のハンカチを出して目にそっと添えてくれた。
「ごしごしこすっちゃダメだよ」
涙を押さえてくれる手は、とても優しい。
「ところでサファイア。確かに事実だけど、言い方ってもんがあるだろ。六歳幼女に、きついよ」
「ごめんなさい。他に聞いてる人がいない、いい機会だったから。それにアイリスちゃんは『先祖還り』だし、ただの六歳じゃないのよ?」
ばつが悪そうに、サファイアさんは首をすくめた。
「アイリス嬢ちゃんは『先祖還り』っていったって前世でも十五歳の若さで亡くなった女の子だってコマラパ老師から聞いてたよね? もう一人分の、イリス・マクギリスっていう前世だって、二十五歳で死んだって」
「わ、悪かったわ。ちょっと早まったかなって、わたしも後悔してるのよ」
「前世で四十歳越えてたあたしや、三十六歳で死んだあんたに比べたら、まだ子供みたいなものだよ。かわいそうに、このたびの肉体年齢だって六歳になったばかりなのに。いきなり、大好きなエステリオ叔父さんが四歳の時に誘拐されて変態貴族に売られてたとか教えられてショック受けるに決まってんじゃん!」
「へんたい!?」
「いや、ルビー=ティーレ、わたしはまだ、そこまでは言ってなかったんだけど……」
変態とか。と、小声でサファイア=リドラさんが呟く。
「えっ?」
口が滑ったと、慌てるルビーさん。
そのことによって、よけいに事実だと、裏付けしたのと同じ。
あまりの事実の重さに、あたしは言葉を失う。
※
沈黙がしばらく続いて。
重い雰囲気をどうにかしたい。
あたしは、話題を変えてみた。
「あの、お尋ねしてみたかったんです。はっきりとは聞いていませんが、サファイアさんとルビーさんって、『先祖還り』ですよね。それに……もしかして日本人?」
返事がなかったので重ねて尋ねてみた。
「最初にエルナトさまの助手でお会いした時、スキャンとかMRIとか言ってたし……」
ルビー=ティーレさんは、しばらく唸っていた。
観念したように、どすんとソファに腰をおろした。
「そうだよ。つい口が滑ったな。まあ、思わせぶりなことも言ったしね」
「うふふふ。ティーレは。うっかりでしょうけど、わたしは確信犯っだったわよ? サファイアとルビーって言葉を知ってるわねって尋ねるのは、つまり、わたしたちも知っているって白状したのも同じだし」
「そういうとこが、カルナックお師匠様に似てんだよリドラは。じゃあ、あらためて。前世の自己紹介といこうか。あたしは日本人、東京都、新宿区に住んでた杉村操子(すぎむらそうこ)。四十歳で死んだ。で、こっちが嵐山律(あらしやまりつ)。享年三十六歳、男。奇しくも同じ職場の上司と部下で」
「え! 上司と部下?」
でも一番驚いたのはそこではなくて。
「それで、お、おとこ? だってリドラさんて、こんなにセクシーで女性らしくて」
するとリドラさんは、嬉しそうに、にまっと笑った。
さっきまでとイメージ違います。
もしかして、いい女、演じてた?
「あら、わたしのこと? 女性に生まれたかったなーって思ってたから、願いが叶ったっていうか! 可愛い子は、女の子でも大好きだけどね」
「もう黙れ! 律。女の子でもいいとか言うな。お嬢が驚くだろ」
「あ、でも安心してアイリスちゃん。わたしの一番の好みは渋いイケオジなの。幼女は外れるなあ。それに護衛対象に色恋は抱かないわよ」
「……あ、安心してます。素敵なお姉さんだと思ってますから」
「うふふふふ! ありがとう~」
ちょっとだけ雰囲気が軽くなった。
エステリオ叔父さまのことは、もっと、落ち着いて考えたいから、時間がほしかったの。
驚くことばかりだったけれど、最初から順序立てて話してもらった。
もともと、ティーレさんはリドラさんと組んでいた。
お互いの前世が日本人で同じ職場の上司と部下という希有な巡り合わせだったことが、魔法使いの養成学校の入学式で出会ったときに、わかったのだと。
ティーレさんは十五歳くらい、リドラさんは二十歳くらいに見えるけど、もっと年上だった。
北方の、人間の身ながら精霊に近いと言われている民族……別名『精霊枝族セ・エレメンティア』と呼ばれるガルガンド氏族国の出身。この種族は歳を取るのが遅いという。
エルフみたいなものなのかな。
この世界での寿命は、保有魔力の多さに影響されるのだそうです。
詳しくは知らないのだけど。
いつかカルナックさまに聞きたいな。
ちなみにティーレさんとリドラさんの実年齢は「内緒」だそうです。
リドラさんは大陸の南東部、サウダージ共和国出身。魔力の多い人間は歓迎されない、むしろ迫害されている国だという。
むかし、サウダージをカルナックさまが訪問していたときに出会って、出国する時に、カルナックさまが力を貸してくださった。この時に、弟子になったのだって。
そしてリドラさんはエルレーン公国立学院、魔導師養成コースに入学して、新入生として入って来たティーレさんと運命的に出会った。
二人とも、飛び級で卒業してフリーで依頼を受ける賞金稼ぎになった。
賞金稼ぎというのは別名で、魔導師組合特別技能部門、というもの。
エルナトさんはやはり飛び級で卒業、特別措置として同じ部門に所属していて、二人と出会ったということ。
そして事件は起こった。
エナンデリア大陸全土で、大規模な人身売買が行われていることが明らかになり。
エルレーン国内における犯罪組織があぶり出されようとしていた矢先のこと。
大陸全土に影響力を持つラゼル商会の、首都シ・イル・リリヤにある本邸で。
神童と謳われていた次男のエステリオ・アウルが、四歳の誕生日に行方不明になった。誕生日と同時に行われた、お披露目の最中で、まだ晩餐会は終わっていなかった。
自宅を出た形跡は、どこにもなかった。
あたしの六歳の誕生日、そしてお披露目晩餐会を前にした、当日の昼間。
突如として明らかにされた、エルテリオ・アウル叔父さまの、過去の事件は、衝撃的すぎた!
エステリオ叔父さまは、四歳の誕生日のお披露目の晩餐会途中に誘拐されたことがあった。
人身売買組織に、レギオン王国貴族に売られて。
カルナックお師匠さまたち、魔導師協会が調べて、追ってくれたけれど、
助出されたのは半年後だった。
「じゃあ、エステリオ叔父さまは……」
半年も……?
決して短い期間ではない。
六ヶ月……180日。それだけの、昼と、夜と……
その間……四歳だったエステリオ叔父さまは……いったい、どうなっていたの……
「叔父さま……」
それなのに、いつも、叔父さまは、アイリスを守るって、言って。
あんなに大事にして、優しくしてくれていたの。
ふいに熱いものが目に溢れてきた。
とまらない。
涙……
「あ~あ、泣かせちゃった!」
ルビーさんは柔らかい生地のハンカチを出して目にそっと添えてくれた。
「ごしごしこすっちゃダメだよ」
涙を押さえてくれる手は、とても優しい。
「ところでサファイア。確かに事実だけど、言い方ってもんがあるだろ。六歳幼女に、きついよ」
「ごめんなさい。他に聞いてる人がいない、いい機会だったから。それにアイリスちゃんは『先祖還り』だし、ただの六歳じゃないのよ?」
ばつが悪そうに、サファイアさんは首をすくめた。
「アイリス嬢ちゃんは『先祖還り』っていったって前世でも十五歳の若さで亡くなった女の子だってコマラパ老師から聞いてたよね? もう一人分の、イリス・マクギリスっていう前世だって、二十五歳で死んだって」
「わ、悪かったわ。ちょっと早まったかなって、わたしも後悔してるのよ」
「前世で四十歳越えてたあたしや、三十六歳で死んだあんたに比べたら、まだ子供みたいなものだよ。かわいそうに、このたびの肉体年齢だって六歳になったばかりなのに。いきなり、大好きなエステリオ叔父さんが四歳の時に誘拐されて変態貴族に売られてたとか教えられてショック受けるに決まってんじゃん!」
「へんたい!?」
「いや、ルビー=ティーレ、わたしはまだ、そこまでは言ってなかったんだけど……」
変態とか。と、小声でサファイア=リドラさんが呟く。
「えっ?」
口が滑ったと、慌てるルビーさん。
そのことによって、よけいに事実だと、裏付けしたのと同じ。
あまりの事実の重さに、あたしは言葉を失う。
※
沈黙がしばらく続いて。
重い雰囲気をどうにかしたい。
あたしは、話題を変えてみた。
「あの、お尋ねしてみたかったんです。はっきりとは聞いていませんが、サファイアさんとルビーさんって、『先祖還り』ですよね。それに……もしかして日本人?」
返事がなかったので重ねて尋ねてみた。
「最初にエルナトさまの助手でお会いした時、スキャンとかMRIとか言ってたし……」
ルビー=ティーレさんは、しばらく唸っていた。
観念したように、どすんとソファに腰をおろした。
「そうだよ。つい口が滑ったな。まあ、思わせぶりなことも言ったしね」
「うふふふ。ティーレは。うっかりでしょうけど、わたしは確信犯っだったわよ? サファイアとルビーって言葉を知ってるわねって尋ねるのは、つまり、わたしたちも知っているって白状したのも同じだし」
「そういうとこが、カルナックお師匠様に似てんだよリドラは。じゃあ、あらためて。前世の自己紹介といこうか。あたしは日本人、東京都、新宿区に住んでた杉村操子(すぎむらそうこ)。四十歳で死んだ。で、こっちが嵐山律(あらしやまりつ)。享年三十六歳、男。奇しくも同じ職場の上司と部下で」
「え! 上司と部下?」
でも一番驚いたのはそこではなくて。
「それで、お、おとこ? だってリドラさんて、こんなにセクシーで女性らしくて」
するとリドラさんは、嬉しそうに、にまっと笑った。
さっきまでとイメージ違います。
もしかして、いい女、演じてた?
「あら、わたしのこと? 女性に生まれたかったなーって思ってたから、願いが叶ったっていうか! 可愛い子は、女の子でも大好きだけどね」
「もう黙れ! 律。女の子でもいいとか言うな。お嬢が驚くだろ」
「あ、でも安心してアイリスちゃん。わたしの一番の好みは渋いイケオジなの。幼女は外れるなあ。それに護衛対象に色恋は抱かないわよ」
「……あ、安心してます。素敵なお姉さんだと思ってますから」
「うふふふふ! ありがとう~」
ちょっとだけ雰囲気が軽くなった。
エステリオ叔父さまのことは、もっと、落ち着いて考えたいから、時間がほしかったの。
驚くことばかりだったけれど、最初から順序立てて話してもらった。
もともと、ティーレさんはリドラさんと組んでいた。
お互いの前世が日本人で同じ職場の上司と部下という希有な巡り合わせだったことが、魔法使いの養成学校の入学式で出会ったときに、わかったのだと。
ティーレさんは十五歳くらい、リドラさんは二十歳くらいに見えるけど、もっと年上だった。
北方の、人間の身ながら精霊に近いと言われている民族……別名『精霊枝族セ・エレメンティア』と呼ばれるガルガンド氏族国の出身。この種族は歳を取るのが遅いという。
エルフみたいなものなのかな。
この世界での寿命は、保有魔力の多さに影響されるのだそうです。
詳しくは知らないのだけど。
いつかカルナックさまに聞きたいな。
ちなみにティーレさんとリドラさんの実年齢は「内緒」だそうです。
リドラさんは大陸の南東部、サウダージ共和国出身。魔力の多い人間は歓迎されない、むしろ迫害されている国だという。
むかし、サウダージをカルナックさまが訪問していたときに出会って、出国する時に、カルナックさまが力を貸してくださった。この時に、弟子になったのだって。
そしてリドラさんはエルレーン公国立学院、魔導師養成コースに入学して、新入生として入って来たティーレさんと運命的に出会った。
二人とも、飛び級で卒業してフリーで依頼を受ける賞金稼ぎになった。
賞金稼ぎというのは別名で、魔導師組合特別技能部門、というもの。
エルナトさんはやはり飛び級で卒業、特別措置として同じ部門に所属していて、二人と出会ったということ。
そして事件は起こった。
エナンデリア大陸全土で、大規模な人身売買が行われていることが明らかになり。
エルレーン国内における犯罪組織があぶり出されようとしていた矢先のこと。
大陸全土に影響力を持つラゼル商会の、首都シ・イル・リリヤにある本邸で。
神童と謳われていた次男のエステリオ・アウルが、四歳の誕生日に行方不明になった。誕生日と同時に行われた、お披露目の最中で、まだ晩餐会は終わっていなかった。
自宅を出た形跡は、どこにもなかった。
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