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第七章 アイリス六歳
その6 閑話1 エリゼールの残照
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閑話 1
南北に細長いエナンデリア大陸の東側と西側には、二つの山脈が連なっている。
西の海岸沿いに南北に延びているのは万年雪を頂いた山脈、白き女神の座ルミナレス。
東側には、活火山系があるため真冬でも雪を被ることのない黒き峰、夜の神の座ソンブラ。
白き女神とはこの世界における最高神、闇夜を照らす青白く明るい月、「真月まなづき」の女神イル・リリヤ。
黒き夜の神とは、宗教上において最高神に次ぐ二位の神でありながらも、忌名の神にして、闇を払うこともなく夜空に張り付く暗赤色の小さな月、「魔眼」とも「魔月」とも呼称されるセラニス・アレム・ダル。(この神名を口にするとき、ヒトは『大いなる精霊よ、許したまえ』と、災い除けの言葉を唱えることになっている)
二つの峰は大陸中央部で寄り添い、高山台地を形成している。ノスタルヒアス高原である。
ここにはかつて、ノスタルヒアス王国があった。
ノスタルヒアス王国は、1000年前に二つに分かれ、レギオン王国とエルレーン公国になった。6百年前、レギオンのとある権力者が国を出て南へ赴き、キスピとアマソナという小国を手中におさめ、さらには南西にあるサウダージ共和国から領土を割譲されて建国した。新興国グーリアが神聖帝国と名乗り、周辺諸国を盛んに攻め、領土を切り取った。数々の小国が地図から消え、属国となった。
高山台地から流れ出る大河沿いには大森林があり、太陽神の息子であるという皇帝が、クーナ、ケチュ、アイマ、コパルなどいくつかの小国をまとめ統治している『四州国』がある。この国は、グーリアに呑まれることはなかった。
大陸最北端の地には、巫術を使う王の統治するアストリード王国。
精霊族に姿が似ていることから精霊枝族(セ・エレメンティア)と呼ばれる一族の住むガルガンド士族国。
中央部には古い歴史を持つレギオン王国。その西に、レギオン王国の王族が独立して国を開いた、エルレーン公国。
南に、グーリア神聖帝国。
魔法を禁じているサウダージ共和国。
今では滅びた国も数々ある。
ロントリア、アステルシア、キスピ、アマソナ。
そして……エリゼール王国。
※
荒野を彷徨っていた。
何も考えずただただ歩いた。思考は麻痺していたのだろう。身体の感覚もなかった。
感情も動かない。
少女はたった一人で、ただ、足を前に進めるだけ。
吹雪に巻かれた。
力尽きた。
目の前が暗くなった。
そのとき。
……無機質な声が。胸に響いた。
《滅びた国の乙女よ。そなたが死ねば、エリゼールの民は全て消える。
これまで命を落とした者たちは、ただ、そなたを助けてくれと
我、『世界の大いなる意思』に願って、死んだ。
その死は、たいそう重い。
願いは、思いは降り積もり、我が大地を覆い尽くすだろう。
それゆえに、願いは聞き届けられねばならぬ。
でなければ『瑕疵』、癒えぬ傷となる。
水源に流された毒のように、世界を侵す……
我は、それを望まぬ。
死に行く者よ、幼き者よ。
そなたの願いをかなえてやろう。いのちへと、手を差し出せ。
さいごのちからで、わたしが、のばした、やせた手は。
確かに、何かに、触れた。
※
気がつけばどこか温かいところにいた。
仰向けに身を横たえていた。
柔らかいものにくるまれている。
きっと、これも、うそだ……
本当のこととは思えなかった。
まばたきをすれば消えてしまう幻。そう思っていないと、裏切られたときが、つらいから。
親族を頼ってたどり着いたあの王国で、そうだったように。
あのとき、わたしは、すべてを喪った。
けれども、
目を開けて最初に見えたのは、長い黒髪と、黒い目をした、色の白い長身の人物だった。
きれいなひとだ。
ぼんやりとした頭で、思う。
「気がついたね。危なかった。もう少し遅ければ死んでいた」
穏やかな、あたたかい声が、呼びかけてくる。
優しい、黒い瞳が見つめる。
「君の名前は?」
「わたし…わたしは」
……エリーゼ。
本名を答えようとして、ふと、名前の意味など、とうの昔に失われていることに思い至る。
「……ルイーゼロッタ」
南北に細長いエナンデリア大陸の東側と西側には、二つの山脈が連なっている。
西の海岸沿いに南北に延びているのは万年雪を頂いた山脈、白き女神の座ルミナレス。
東側には、活火山系があるため真冬でも雪を被ることのない黒き峰、夜の神の座ソンブラ。
白き女神とはこの世界における最高神、闇夜を照らす青白く明るい月、「真月まなづき」の女神イル・リリヤ。
黒き夜の神とは、宗教上において最高神に次ぐ二位の神でありながらも、忌名の神にして、闇を払うこともなく夜空に張り付く暗赤色の小さな月、「魔眼」とも「魔月」とも呼称されるセラニス・アレム・ダル。(この神名を口にするとき、ヒトは『大いなる精霊よ、許したまえ』と、災い除けの言葉を唱えることになっている)
二つの峰は大陸中央部で寄り添い、高山台地を形成している。ノスタルヒアス高原である。
ここにはかつて、ノスタルヒアス王国があった。
ノスタルヒアス王国は、1000年前に二つに分かれ、レギオン王国とエルレーン公国になった。6百年前、レギオンのとある権力者が国を出て南へ赴き、キスピとアマソナという小国を手中におさめ、さらには南西にあるサウダージ共和国から領土を割譲されて建国した。新興国グーリアが神聖帝国と名乗り、周辺諸国を盛んに攻め、領土を切り取った。数々の小国が地図から消え、属国となった。
高山台地から流れ出る大河沿いには大森林があり、太陽神の息子であるという皇帝が、クーナ、ケチュ、アイマ、コパルなどいくつかの小国をまとめ統治している『四州国』がある。この国は、グーリアに呑まれることはなかった。
大陸最北端の地には、巫術を使う王の統治するアストリード王国。
精霊族に姿が似ていることから精霊枝族(セ・エレメンティア)と呼ばれる一族の住むガルガンド士族国。
中央部には古い歴史を持つレギオン王国。その西に、レギオン王国の王族が独立して国を開いた、エルレーン公国。
南に、グーリア神聖帝国。
魔法を禁じているサウダージ共和国。
今では滅びた国も数々ある。
ロントリア、アステルシア、キスピ、アマソナ。
そして……エリゼール王国。
※
荒野を彷徨っていた。
何も考えずただただ歩いた。思考は麻痺していたのだろう。身体の感覚もなかった。
感情も動かない。
少女はたった一人で、ただ、足を前に進めるだけ。
吹雪に巻かれた。
力尽きた。
目の前が暗くなった。
そのとき。
……無機質な声が。胸に響いた。
《滅びた国の乙女よ。そなたが死ねば、エリゼールの民は全て消える。
これまで命を落とした者たちは、ただ、そなたを助けてくれと
我、『世界の大いなる意思』に願って、死んだ。
その死は、たいそう重い。
願いは、思いは降り積もり、我が大地を覆い尽くすだろう。
それゆえに、願いは聞き届けられねばならぬ。
でなければ『瑕疵』、癒えぬ傷となる。
水源に流された毒のように、世界を侵す……
我は、それを望まぬ。
死に行く者よ、幼き者よ。
そなたの願いをかなえてやろう。いのちへと、手を差し出せ。
さいごのちからで、わたしが、のばした、やせた手は。
確かに、何かに、触れた。
※
気がつけばどこか温かいところにいた。
仰向けに身を横たえていた。
柔らかいものにくるまれている。
きっと、これも、うそだ……
本当のこととは思えなかった。
まばたきをすれば消えてしまう幻。そう思っていないと、裏切られたときが、つらいから。
親族を頼ってたどり着いたあの王国で、そうだったように。
あのとき、わたしは、すべてを喪った。
けれども、
目を開けて最初に見えたのは、長い黒髪と、黒い目をした、色の白い長身の人物だった。
きれいなひとだ。
ぼんやりとした頭で、思う。
「気がついたね。危なかった。もう少し遅ければ死んでいた」
穏やかな、あたたかい声が、呼びかけてくる。
優しい、黒い瞳が見つめる。
「君の名前は?」
「わたし…わたしは」
……エリーゼ。
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「……ルイーゼロッタ」
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