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第七章 アイリス六歳
その5 金と銀
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あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼル六歳の誕生日には、いよいよ世間へのお披露目会が開かれることになっています。順調に用意が整っていく中で、ドレス選びに関しては難航していたの。
首都シ・イル・リリヤの高級店と、ヒューゴーお祖父さまが紹介した隣国レギオン王国の有名店の争い。相手側がレギオンの威光をかさに着て高圧的に出るものだから、このエルレーン公国の首都シ・イル・リリヤの商工会全体の反発を招くことになって、あたしのドレス選びだけの問題ではなかった、ってこと。
お披露目会が二ヶ月に迫っても、なお、騒動は静まらなかった。
当人であるアイリス、お父さま、お母さまにも、思うようにできない案件になってしまっていた。
そこで尽力してくださったのは、アイリスの『代父母』であるアンティグア家でした。代兄さまと代姉さまにあたる、高名な魔法医師エルナトさまとヴィーア・マルファさまご兄妹が、大公家御用達のデザイナー、ルイーゼロッテさんを紹介してくださったのです。
ルイーゼロッテさんは誰からも文句の付けようもなくやっかみさえ無意味な、別格のデザイナーで、やんごとなき高貴な血筋のかたなのですって。
カルナックお師匠さまとコマラパ老師も、これ以上のもめごとは起こさせないって保証してくださったし。
ああ、よかった!
あたしたちはドレスをルイーゼロッテさんにお任せできて、もう安心なのです!
お披露目会のほうは、カルナックさまが取り仕切ってくださるって!
※
引き受けてからのルイーゼロッテの行動は早かった。
ラゼル家の当主夫妻及びその弟エステリオ・アウル、家令のバルドル、ハウスキーパーのエウニーケの、無制限の委任を受けている。
後の打ち合わせは、魔導士協会との間で進められている。
協会から派遣されているのは、カルナックの信任も厚いサファイア=リドラ・フェイである。
「近年、お披露目のドレスは貴族たちが競い合ってきたせいで華美に走りすぎているのよ。原点に立ち返るべきだわ。そもそも、これはヒトの子が精霊の領分から無事に人間世界に戻ってきたことを祝って大盤振る舞いをするのが目的の儀式なの。神事に匹敵するわ」
だから。
「デザインはシンプルに。女神や精霊への感謝の祈り、畏敬の念をこめて、神事に着用する飾り気のない白衣を土台に、人間世界をあらわすスカートを外側に重ねた、原型に立ち返る装束を、世間に周知させるためにもラゼル家のお披露目会でぜひとも披露したいのよ」
とルイーゼロッテは語る。
「なるほど。で、アイリス、パオラ、パウルの衣装を実質二か月以内に作ることを可能にしたと。さすが、悪知恵が働くわね」
サファイアは頷く。ルイーゼロッテとは、性格の合う合わない、人間的な好き嫌いはともかくとして、互いの能力においては認め合っていた。
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「まったく、貴重な素材をお師匠様にねだるなんて。保護した子供には弱い、お師匠様の優しさにつけこんで」
「そこがお師匠様の素敵なところでしょ?」
ルイーゼロッテは、いたずらっぽく笑う。
「あなただって」
「そうだけど」
サファイアはほんのり頬を上気させて、こほんと咳払いをした。
「お披露目会までの日程調整は魔導士協会が取り仕切ります。お手並み拝見ですわね」
挑戦的に、微笑む。
ルイーゼロッテも、笑う。
「ヒトが手にすることの叶わない黄金の絹と、銀蜘蛛(アルゲントゥム・アラーネア argentum aranea)の銀絹を提供していただけるのですものね。最高の、『シンプルな儀式の衣』をご覧にいれますわよ」
この場に、カルナックやルビーを同席させないのは、どことなく後ろめたいからだった。
できる限り、いい顔だけを見せたいものなのだ。
恋する相手には。
相手がそれを知らなくとも。本気にしてくれなくとも。
あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼル六歳の誕生日には、いよいよ世間へのお披露目会が開かれることになっています。順調に用意が整っていく中で、ドレス選びに関しては難航していたの。
首都シ・イル・リリヤの高級店と、ヒューゴーお祖父さまが紹介した隣国レギオン王国の有名店の争い。相手側がレギオンの威光をかさに着て高圧的に出るものだから、このエルレーン公国の首都シ・イル・リリヤの商工会全体の反発を招くことになって、あたしのドレス選びだけの問題ではなかった、ってこと。
お披露目会が二ヶ月に迫っても、なお、騒動は静まらなかった。
当人であるアイリス、お父さま、お母さまにも、思うようにできない案件になってしまっていた。
そこで尽力してくださったのは、アイリスの『代父母』であるアンティグア家でした。代兄さまと代姉さまにあたる、高名な魔法医師エルナトさまとヴィーア・マルファさまご兄妹が、大公家御用達のデザイナー、ルイーゼロッテさんを紹介してくださったのです。
ルイーゼロッテさんは誰からも文句の付けようもなくやっかみさえ無意味な、別格のデザイナーで、やんごとなき高貴な血筋のかたなのですって。
カルナックお師匠さまとコマラパ老師も、これ以上のもめごとは起こさせないって保証してくださったし。
ああ、よかった!
あたしたちはドレスをルイーゼロッテさんにお任せできて、もう安心なのです!
お披露目会のほうは、カルナックさまが取り仕切ってくださるって!
※
引き受けてからのルイーゼロッテの行動は早かった。
ラゼル家の当主夫妻及びその弟エステリオ・アウル、家令のバルドル、ハウスキーパーのエウニーケの、無制限の委任を受けている。
後の打ち合わせは、魔導士協会との間で進められている。
協会から派遣されているのは、カルナックの信任も厚いサファイア=リドラ・フェイである。
「近年、お披露目のドレスは貴族たちが競い合ってきたせいで華美に走りすぎているのよ。原点に立ち返るべきだわ。そもそも、これはヒトの子が精霊の領分から無事に人間世界に戻ってきたことを祝って大盤振る舞いをするのが目的の儀式なの。神事に匹敵するわ」
だから。
「デザインはシンプルに。女神や精霊への感謝の祈り、畏敬の念をこめて、神事に着用する飾り気のない白衣を土台に、人間世界をあらわすスカートを外側に重ねた、原型に立ち返る装束を、世間に周知させるためにもラゼル家のお披露目会でぜひとも披露したいのよ」
とルイーゼロッテは語る。
「なるほど。で、アイリス、パオラ、パウルの衣装を実質二か月以内に作ることを可能にしたと。さすが、悪知恵が働くわね」
サファイアは頷く。ルイーゼロッテとは、性格の合う合わない、人間的な好き嫌いはともかくとして、互いの能力においては認め合っていた。
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「まったく、貴重な素材をお師匠様にねだるなんて。保護した子供には弱い、お師匠様の優しさにつけこんで」
「そこがお師匠様の素敵なところでしょ?」
ルイーゼロッテは、いたずらっぽく笑う。
「あなただって」
「そうだけど」
サファイアはほんのり頬を上気させて、こほんと咳払いをした。
「お披露目会までの日程調整は魔導士協会が取り仕切ります。お手並み拝見ですわね」
挑戦的に、微笑む。
ルイーゼロッテも、笑う。
「ヒトが手にすることの叶わない黄金の絹と、銀蜘蛛(アルゲントゥム・アラーネア argentum aranea)の銀絹を提供していただけるのですものね。最高の、『シンプルな儀式の衣』をご覧にいれますわよ」
この場に、カルナックやルビーを同席させないのは、どことなく後ろめたいからだった。
できる限り、いい顔だけを見せたいものなのだ。
恋する相手には。
相手がそれを知らなくとも。本気にしてくれなくとも。
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