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第七章 アイリス六歳

その3 オートクチュール

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「いいデザイナー?」

「そうよ。顧客は貴族で、格式高いから、滅多なことでは依頼できないけどね。前世でいえばオートクチュールよ。アイリスちゃんなら知ってるでしょう」
 サファイアさんは断言した。

「ごめんなさいサファイアさん、あたし、よくわからないの」
 けれどあたし、アイリスはかぶりを振る。
「今はアイリスと月宮アリス以外の『魂』……イリス・マクギリスさんやシステム・イリスさんの意識と、つながっていないの。よくわからないけど、一年くらい前から」

 取り繕ってもしかたないので正直に打ち明ける。
 サファイアさんもルビーさんもすごく驚いていた。

 パオラさんとパウルくん、シロとクロは、事情がわからないまま、きょとんとしてる。

 空中にはアイリスの守護精霊の光のイルミナ、風のシルル、水のディーネ、土のジオが、薄羽を持つ小妖精の姿で飛び回っている。アイリスのように幼い身で四属性の守護精霊がいるなんて、めったにない。ちなみに現在、子ども部屋にいるものたちは全員、精霊の姿を見、声を聞くことができるほど、保有魔力は多い。
 しかしながら、サファイアとルビーが妖精たちを見やっても、答えはかえってこなかった。彼等がおしゃべりなのは、主であるアイリスに対してだけなのだ。

「そ、それはともかく。まずはドレスのことよ」
 サファイアさんの視線が泳ぐ。

「逃避してんじゃねーよ!」
 すかさずルビーさんが突っ込んだ。
 だけどルビーさんも挙動不審です。
「どうすっかぁ。お師匠様に報告しとかねえと怒られるよな」
「こわいわー、こわすぎる。だけど報告を先延ばしにしたらよけいまずいわよ!」

 そんなに2人で震えるほどなの? すこし前まではシステム・イリスさん、イリス・マクギリスさんの意識と会話できてたんだけど……あたしは、なぜか、危機感がなかった。
 本当に危ないときにはイリスたちが助けてくれるようにしておくって、カルナックさまがおっしゃってたから。

 カツン、カツン!

 そのとき、子ども部屋のドアのノッカーが、控えめに二回、叩かれた。
 サファイアとルビーは飛び上がった。
 カルナックに怒られることを、ひどく怖れていたせいである。

「お嬢様、お客さまがお見えでございます」
 ドアを開いたのはエウニーケだった。
 きりりとした表情、褐色のまっすぐな髪を三つ編みにして頭に巻き付けて留めている。黒い制服姿が似合う、我が家の筆頭というべき一流のハウスキーパー。
 彼女に並び立てるのは家宰のバルデルくらいだろう。アイリスの小間使いローサを伴っていた。

「お客さま? おやくそく、あったかしら」
 首をかしげるアイリス。

「はい、大切なお客様でございます。旦那様と奥様がお迎えになっておられます。ホールへおいでください。ローサ、お嬢様をご案内して。サファイア、ルビー、獣神様がたの付き添いをしてさしあげてくださいな」

 二人は魔導師協会からの出向だけど我が家のメイドでもあるので、立場上はエウニーケさんが家人のうちで最も上位になるのです。

「どなたがいらしてるの?」

「お嬢様、はしたのうございますよ。おめにかかれましたら、わかることでございます」

 この言い方からすると、お客さまは、かなり、ご身分が高いひとだと思うわ。
 急いだほうがよさそう。
 立ち上がると、サファイアさんが着替えをさせてくれた。こういうとき、彼女はとても手際がいいので、助かっているの。

          ※

 お客さまをお迎えするホールに向かいます。
 とはいえ、五歳と十ヶ月の幼女ですから、それほど早くは歩けません。まえは乳母やのサリーが抱っこしてくれたけど、ぎっくり腰になったので、乳母やの仕事は続けてもらってるけど、もう抱っこは卒業するって、お父さまとお母さまにお願いしたの。
 エウニーケさんは本当はすごく足が速い人だけれど、幼女のあたしを気遣って、歩調をゆるめてくれています。

 ホールに入って行くと、お父さまとお母さまがお客さまとお話ししているところが目に入ってきました。
 お客さまは……

「元気そうだね、アイリス嬢」

「しばらくぶりね! 会いたかったわ」

 魔法医師の、エルナトさまでした!
 それに妹のヴィーア・マルファさま!
 背中まである軽い金髪と灰緑の目をした美青年と、透き通るような赤い髪、ターコイズ色の目をした美少女という兄妹。目の保養だわ! うっとりするような美形!

 アンティグア家は、あたし、アイリス、パオラさん、パウルくんの『代父母』を引き受けてくださった家なのです。もしも万が一のことがあったときは実の親のかわりをして下さるおうちだから、エルナトさまとヴィーア・マルファさまご兄妹は、あたしにとっても『代兄姉』さまにあたるのです。
 お父さまとお母さまが、休息日ではない日、昼間のこの時間に、お仕事ではなく家にいるのも、たいせつなお客さまをお迎えするため。
「アイリス、お客さまにご挨拶をなさい」
「おふたりは義理の兄であり姉様として、おたずねくださったのだからね」

「いらっしゃいませ、エルナトさま、ヴィーア・マルファさま」

「いいね、きちんと、ごあいさつできて、アイリス嬢はかわいいな。うちの乱暴な妹と違って」
 口を滑らせかけたエルナトさまの脇腹を、どすっと肘打ちした、ヴィーア・マルファさん。

「兄さまはいいわよ、主治医として訪問できて、うらやましいわ。わたしは女学校にいて、なかなか来れなかったのよ。それでね、小耳にはさんだんだけど。お披露目会のドレス選びで悩んでいるのですって?」
「エステリオ・アウルから聞いている。サファイアとルビーも、困っているそうだね」

「やだ地獄耳よ!」
「あいかわらず早いな! この兄妹!」

「褒めてる? ねえ褒めてるのかな? お兄様?」
「ああ、情報収集のことなら誇れるよ。そのために紙買いも飼っているのだからね」

 むずかしいコトバが飛び交う。よくわからないけど、貴族さまって、こんな感じなのかしら。 

 ものすごく偉い、大公さまのご親戚の貴族さまって聞いていたんだけどなあ、なんて。ふと素朴な疑問を感じたときでした。
 あたしの妖精たちが集まってきて、ぶんぶん羽根を震わせてホバリングしはじめたの。

(ねえねえ、このひとたちって貴族よね?)
(なんかイメージ違わない?)
(知らないの、アンティグア家の兄妹は、人間離れしてるんだって)
(あ~、例の……『憑きもの』のね) 

 不穏なことばを、囁いた。
「黙りなさいな」
 鋭く制止したのは、サファイアさんだった。

「禁句よ。守護妖精のままでいたいでしょ?」
 いつものサファイアさんらしくない、怖いほど真剣な声でした。

(……!!)

 とたんに妖精たちは静かになって、キラキラした光の粉みたいになって、散っていった。

「アイリス。アンティグア家の方々が、よいお店をご紹介してくださるそうなのですよ」
 お母さまのお顔が、輝いています。

「取引先から多くの店を推薦されて、嬉しいのだが選びかねていてね」
 お父さま、ほっとした顔だわ。悩んでいらしたのね。
 エステリオ叔父さまも、エルナトさまに相談していた。
 あたしばかり困っていたわけではなかった。

「たしかに、アンティグア家の紹介した店なら、誰もが引き下がるわね。わたしが想定していたデザイナーじゃないかしら?」
 サファイアさんは、真っ黒な瞳を挑戦的にキラキラ輝かせていた、

「実はもう、連れてきているのよ!」
 ヴィーア・マルファさまが、満面の笑みで、背後を振り返る。

「首都シ・イル・リリヤきっての、超高級洋装店(オートクチュール)! 大公家の御用達、ルイーゼよ」
 さっと、身を横に引く。

 奥に控えていた女性が、進み出る。
「お初にお目に掛かります。ただいまご紹介にあずかりました、ルーゼロッタですわ」

 完璧なカーテシーを披露したのは、二十歳過ぎくらいの、上品な若い女性だった。
 

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