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第六章 アイリス五歳

その38 竜の娘

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         38

「また《世界の女神様》に遭遇しちゃったの。ダメだから! ギィはこのあたし。竜のシェーラザードが見つけて拾ったのよ。勝手に死んだり離れていったりなんか、ぜったい、許さないの!」
 ぷんぷん怒って、純白の姫竜は、地団駄を踏む。

「やめろ。魔法陣が壊れる!」
 ランギは、白い姫竜のシェーラザードが人の言葉をしゃべることには驚かない。
「だって!」
「それじゃまるで幼い子どもだ。パウルとパオラだってもう少し上品だぞ」
 そう口にしたのは、比較できる子どもを他に知らなかったからである。しかしその名前をあげたのは得策ではなかった。ますます姫竜は不機嫌になる。
「いまは、あたしのことだけ考えて!」
 泣く子どもには誰も勝てない。

 ランギは降参した。
「かわいいシェーラ、俺の導き手。機嫌を直してくれよ。いつも有り難いと思ってる」

 すると、たちまち、
「そぉ~う?」と、表情はやわらぐ。
 もじもじして、
「じゃあ許してあげちゃおうかな。だったらね、新しいアクセサリーちょうだい。ネックレス! 精霊銀で、スーリア(サファイア)の濃い青石のよ。それか、ソルフェードラ(スタールビー)でも、よろしくてよ」

「なんだそりゃ」

「あら! にんげんって、恋人に宝石を贈るんでしょ。婚約のときは指輪なんだって?」

「誰だよ変なこと教えたのは!」

「もちろん、カルナック様よ!」

「恋人じゃねえし」

 嘆息をして、紙買いギィことランギは、純白の姫竜と荷車と共に魔法陣を出た。
 一瞬、立ちくらみがして目を閉じた。
 船酔いに似ている、とランギは思う。
 次ぎに目をあけたときには、周囲のようすは一変していた。

          ※

 そこは窓のない屋内だったが、高価な灯りが輝いており、昼間のように照らされていた。
 家具や調度品はない。転移に使われるための準備室であったからだ。

 魔法陣の光が消えると、すぐに何人もの従者たちがやってきた。
「お疲れ様です」
 言葉少なに頭を下げて敬意をあらわし、慣れたようすで白い姫竜の胴体を清潔な布で拭き、引き具を外すと荷車をどこかへ運び去っていった。

 あとに残ったのはランギと姫竜。

 前には、にこやかな笑みを浮かべた、黒衣の青年が立っていた。

「やあご苦労さま。いつもながら仲良しだねえ」

 漆黒の魔法使いカルナックが、満面の笑みを浮かべていたのだった。
 ランギは再び、嘆息する。

「……井戸までの間に、五、六人に尾行されていた。指示どおりに転移魔法陣を使ったが、あれは見られてかまわないものだったのか」

 くすっと、カルナックは笑う。
「織り込み済みだ。そちらはすでに片付けた。きみたちが表だって目を引いてくれるから、街がきれいになって、助かるよ」

「囮として役立てば、幸いだ」

「やあねギィってば、そこは追加で報酬をもらっておけばいいのに。あなたがいらないのなら、あたしがもらってあげてもよろしくてよ」
 ころげるような、若い娘の声が、言う。

「おや、姫は、ランギにおねだりしていたのでは?」

「あなたも、くださるならかまわないですわよ?」

 ランギの傍らに佇んでいるのは、美しい少女だった。

 まず目に飛び込んでくるのは、力強い表情と、くっきりとした眉、濃い青の目だ。
 肌の色はまるで透き通るよう。
 背中に流れ落ちるまっすぐな純白の髪に、鮮烈な青色の房が半々に混じっている。
 すらりと背が高く、細身である。
 黙ってにっこり微笑んでいれば、二十歳にもならない、楚々とした麗しい令嬢そのもの。

 純白の姫竜の姿は、どこにもなかった。

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