203 / 358
第六章 アイリス五歳
その28 スリーピングビューティー(閑話終了)
しおりを挟む
28
深い、深い眠りだった。
だって眠りと死は、ごく近い間柄だもの。
あたしは深海に沈んでしまおうと決めた。
永遠に凍り付いたまま。
そのはずだったのに。
《やあ、お目覚めかな「眠り姫」こと天沢・美夜?》
魂に響くような声がして。
強引に揺り起こされた。
「いったい何なの。あたしは寝起きが悪いのよ」
横たわったまま答えたつもりだったけれど、声は出なかった。体も声帯も、思うように動かせない。
かたい寝床。
人造大理石でできている、シート部分は褥瘡予防のためにハニカム構造になっている樹脂が覆っているのだ。なぜならあたし、天沢美夜は、さめることのない永い眠りについていたはずだったから。
《そのままでかまわないよ美夜。取引しないか?》
面白がっているような、なにものかの声。空気を揺るがす振動となって伝わってくる。
「あたしはコールドスリープポッドに入ってたと思うんだけど」
《その認識でおおむね正しい》
「二度と目覚めないはずだったのに」
《ところで、世界を終焉に導いた大災厄のことは知っている? いや、自分が冷凍睡眠中に起こったことなどあずかり知らぬとわかっていて、我は、そなたに訊いたのだけれども》
「悪趣味だわね」
あたしは言った、いや、思った。
この巨大な存在に意思を伝えるためには思考するだけで事足りる。
「あたしは満足に起きられないのよ。なにを取引したいのかわからないけど、ものの役には立たないでしょ」
《簡単な話だよ、儚きもの、死者たる幼子よ。氷のしとねより起き上がるがよい。無限の命を与えよう。我は実験したいのだ。我が血肉であるこの世界に満ちている力は、ヒトたちに取り込まれ、魔力と呼ばれる。比較対象としてそなたには、我が力の影響を受けない環境にあるものたちの「偶像」「象徴」となってもらいたい。永遠の少女とかいうものを、ヒトたちは好むようだから》
「なんで、あたしを?」
《均一化した世界は、たやすく滅びに向かうからだ。現に、ただ一つのプログラムエラーによって歪んだ共同体ができあがりつつある。目覚めよ、「眠り姫」。エラーを修正し、世界に投げ入れられる石となることを我は期待するものである》
「なにさまだか知らないけど、上司かっ。そりゃあ、あたしは人類救済補助プログラムの開発補助をしてたけど。もう人間なんて嫌になっちゃったの。だから、共同開発者のイリヤと、自我の芽生えた人口知性に後を託して、覚めないはずの冷凍睡眠についたのに」
《そうはいかぬ。生みの親の責任だ。イリヤは『もう』いないのだ。そして我の愛し子には、メンテナンス作業は向かぬゆえ。技術者であったおまえにしかほころびは繕えぬ。ゴーストたちの管理官の生みの親よ。そなたが口は悪いが実は地球に愛着を持っていたことは、わかっている》
「報酬なしでやってられないわよイリヤもいないんじゃ……」
《しばらくの間でもいい。数百年かそこらのこと。いずれは任をといて、再び眠りにつくことを許す》
「やれやれ。クライアントは、いつも無理を押し付けるんだから」
あたし、天沢美夜は、観念して起き上がる。
仕事が待ってるらしいわね。やっぱりブラック企業かな?
「ところで、あんたの『愛し子』ってなに? その子に、あたしのとは別の無理難題を押し付ける気なんでしょ」
《そうとも言えるが。あれは、美しく強靭な魂だ。くじけはしない。あれは我のもの。余人には渡さぬ》
「やだやだ、ストーカーってこれだから。気の毒に」
《早く往け》
声は、じれったそうに、せかした。
《言い忘れていたが、その「ポッド」は、この世界ではすでに、「失われた神の座」としてあがめられている。そなたが目覚めて外に出ていけば、聖女の降臨ということになるだろうな。導いてやるがよい。エラーコードが生み出してしまった「……」の、慈悲深い養親となることがさだめられている》
「はあ!? なによ、その無理ゲー!」
思わず叫んだら、どうやら声は外まで聞こえてしまったようだ。
とたんに、ポッドの外が、騒がしくなったのを感じる。
おおぜいの、ヒトの気配。
揺れ動く感情、ばたばたどたどたと、うるさく駆け回って。
冷凍睡眠の間に、地球は滅びたらしい。
じゃあ、世界は、どうなったの?
同僚たちは、あの計画を推進したのだろうか。
うつろな海に、徒手空拳にひとしい小舟で、漕ぎ出すことを。
世界が終わったのなら、なにが起きてもおかしくはない。
だけど一つだけは、わかることがある。
時代が過ぎても人って変わらないのね。
残念ながら、あたしは人の考えを読み取ってしまう能力者だから。(そのおかげで家族も友達もいなかったんだけどさ)
外に集っている人々の、身を焦がすような強い感情に、もう、おなかいっぱいだ。
だれかの苦しみ、悲しみ、愛と憎悪。そして……決して届きはしない、憧憬とで。
これから、あたしが聖女として君臨することになるだろう、国は。
サウダーヂ、と、呼ばれていた。
深い、深い眠りだった。
だって眠りと死は、ごく近い間柄だもの。
あたしは深海に沈んでしまおうと決めた。
永遠に凍り付いたまま。
そのはずだったのに。
《やあ、お目覚めかな「眠り姫」こと天沢・美夜?》
魂に響くような声がして。
強引に揺り起こされた。
「いったい何なの。あたしは寝起きが悪いのよ」
横たわったまま答えたつもりだったけれど、声は出なかった。体も声帯も、思うように動かせない。
かたい寝床。
人造大理石でできている、シート部分は褥瘡予防のためにハニカム構造になっている樹脂が覆っているのだ。なぜならあたし、天沢美夜は、さめることのない永い眠りについていたはずだったから。
《そのままでかまわないよ美夜。取引しないか?》
面白がっているような、なにものかの声。空気を揺るがす振動となって伝わってくる。
「あたしはコールドスリープポッドに入ってたと思うんだけど」
《その認識でおおむね正しい》
「二度と目覚めないはずだったのに」
《ところで、世界を終焉に導いた大災厄のことは知っている? いや、自分が冷凍睡眠中に起こったことなどあずかり知らぬとわかっていて、我は、そなたに訊いたのだけれども》
「悪趣味だわね」
あたしは言った、いや、思った。
この巨大な存在に意思を伝えるためには思考するだけで事足りる。
「あたしは満足に起きられないのよ。なにを取引したいのかわからないけど、ものの役には立たないでしょ」
《簡単な話だよ、儚きもの、死者たる幼子よ。氷のしとねより起き上がるがよい。無限の命を与えよう。我は実験したいのだ。我が血肉であるこの世界に満ちている力は、ヒトたちに取り込まれ、魔力と呼ばれる。比較対象としてそなたには、我が力の影響を受けない環境にあるものたちの「偶像」「象徴」となってもらいたい。永遠の少女とかいうものを、ヒトたちは好むようだから》
「なんで、あたしを?」
《均一化した世界は、たやすく滅びに向かうからだ。現に、ただ一つのプログラムエラーによって歪んだ共同体ができあがりつつある。目覚めよ、「眠り姫」。エラーを修正し、世界に投げ入れられる石となることを我は期待するものである》
「なにさまだか知らないけど、上司かっ。そりゃあ、あたしは人類救済補助プログラムの開発補助をしてたけど。もう人間なんて嫌になっちゃったの。だから、共同開発者のイリヤと、自我の芽生えた人口知性に後を託して、覚めないはずの冷凍睡眠についたのに」
《そうはいかぬ。生みの親の責任だ。イリヤは『もう』いないのだ。そして我の愛し子には、メンテナンス作業は向かぬゆえ。技術者であったおまえにしかほころびは繕えぬ。ゴーストたちの管理官の生みの親よ。そなたが口は悪いが実は地球に愛着を持っていたことは、わかっている》
「報酬なしでやってられないわよイリヤもいないんじゃ……」
《しばらくの間でもいい。数百年かそこらのこと。いずれは任をといて、再び眠りにつくことを許す》
「やれやれ。クライアントは、いつも無理を押し付けるんだから」
あたし、天沢美夜は、観念して起き上がる。
仕事が待ってるらしいわね。やっぱりブラック企業かな?
「ところで、あんたの『愛し子』ってなに? その子に、あたしのとは別の無理難題を押し付ける気なんでしょ」
《そうとも言えるが。あれは、美しく強靭な魂だ。くじけはしない。あれは我のもの。余人には渡さぬ》
「やだやだ、ストーカーってこれだから。気の毒に」
《早く往け》
声は、じれったそうに、せかした。
《言い忘れていたが、その「ポッド」は、この世界ではすでに、「失われた神の座」としてあがめられている。そなたが目覚めて外に出ていけば、聖女の降臨ということになるだろうな。導いてやるがよい。エラーコードが生み出してしまった「……」の、慈悲深い養親となることがさだめられている》
「はあ!? なによ、その無理ゲー!」
思わず叫んだら、どうやら声は外まで聞こえてしまったようだ。
とたんに、ポッドの外が、騒がしくなったのを感じる。
おおぜいの、ヒトの気配。
揺れ動く感情、ばたばたどたどたと、うるさく駆け回って。
冷凍睡眠の間に、地球は滅びたらしい。
じゃあ、世界は、どうなったの?
同僚たちは、あの計画を推進したのだろうか。
うつろな海に、徒手空拳にひとしい小舟で、漕ぎ出すことを。
世界が終わったのなら、なにが起きてもおかしくはない。
だけど一つだけは、わかることがある。
時代が過ぎても人って変わらないのね。
残念ながら、あたしは人の考えを読み取ってしまう能力者だから。(そのおかげで家族も友達もいなかったんだけどさ)
外に集っている人々の、身を焦がすような強い感情に、もう、おなかいっぱいだ。
だれかの苦しみ、悲しみ、愛と憎悪。そして……決して届きはしない、憧憬とで。
これから、あたしが聖女として君臨することになるだろう、国は。
サウダーヂ、と、呼ばれていた。
10
お気に入りに追加
277
あなたにおすすめの小説
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる