転生幼女アイリスと虹の女神

紺野たくみ

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第六章 アイリス五歳

その23 たまには甘く

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         23

 大公の領分と呼ばれる土地がある。
 エルレーン公国首都シ・イル・リリヤの奥津城、公務が行われる大公の宮殿から、大公妃、側妃、その子供達がそれぞれ居住する離宮を擁する、それだけで街をなすほどの規模を持つ区画である。そのことからも、大陸において古王国レギオンにつぐ由緒ある国、エルレーン公国の威光を世に知らしめるものである。

 しかしながら大公の跡継ぎである公嗣フィリクスの居住する離宮は、その身分から人が想像するよりかは、ずいぶんと質素なものであった。
 大公や一家への顔合わせ、公務などは主宮殿で行われる。離宮は居住するための私的な建物なのだ。
 離宮へとつながる長い回廊ばかりはやけに豪勢なつくりであったが。

 側近筆頭のケイン、数名の護衛騎士を引き連れ、フィリクスは離宮に帰り着く。
 ここまでは公的な顔。
 一分の隙も無いほど表情も引き締まっている。
 この年の初頭から、正式に大公の跡継ぎとしての公務も増え、多忙を極めていた。
 内心の愚痴などは一切、こぼさぬ。
 回廊の果て、フィリクスの離宮に帰り着いて、ドアの中に入るまでは。

 しかしながら、今宵は、信じがたいできごとが待ち構えていたのだった。

 書き物机や書棚、小さなテーブルなどが置かれた、ダイニングを通り抜ける、ケインに外套やら上着を脱いで預ける。女性の小間使いは置いていない。
 同居している母親の同じ妹、シア姫ことルーナリシアの世話係である二人の女性は、常にシア姫につきっきりであった。
 寝室の扉を開ければ、奥にしつらえたれた天蓋付きの幼児のベッドのかたわらに、銀髪の、二人の女性が佇んでいる。睡眠の必要が無いという彼女たちほど、心強い付き人はいない。

 そう、今夜も。
 キュモトエーとガーレネーという、彼女たちがシア姫のやすらかな眠りを見守り。
 そして……その手前に、思っても居なかった人物が。いたのだった。         

「やあ、おかえり」

「え!? えええええええええ~!」

 フィリクスは足元がふらついた。
 あやうく転ぶところだったが、受け止めてくれた人物がいた。
 そしてそれは、頼もしい側近のケインではなかったのである。

「カルナック、様?」
 受け止めてくれたのは、愛しい人っだということが、信じがたいようにつぶやく。
 フィリクスにとって、つれない扱いを受けるのが当然の日常だったのだ。

 その頭を優しく撫でるのは、漆黒の魔法使いカルナック、その人だった。

「もちろん私だとも。きょうは、えらかったね。よくがんばった。たまには、ちゃんとねぎらってあげるよ」
 優しく微笑んで、言った。
「おいで」

         ※

「お師匠様、サービスしすぎですわ」
 ひっそりと近づいてきた影が、ひょいと立ち上がって、囁いた。

「たまにはね。茶番に付き合わせたわけだし」
 ソファに横たわる大型犬を思わせる、フィリクス。撫でてもらっているうちに熟睡してしまった。

「それに、この坊やには何もできはしませんよ」
「わたくしたちも、ついていますのよ」
 キュモトエー、ガーレネーが、おもしろがっているように、小さく笑う。

「そうでしょうけど!」
 声を荒げるのは、サファイアだった。

「ご報告が。……アイリスは、お師匠さまに恋してます」

「そんなわけはないだろう」
 カルナックは、とりあわない。

「わかってないのは、お師匠様だけです! フィリクスのときも、言いましたよね!? 命を救われて、お師匠様に恋しないものは、いないって!」

「へええ?」
 くすっと、カルナックは笑う。
「おかしいな。その理屈だと、君も、私に恋してることになるよね?」

「この、朴念仁がっ!」
 思わず吐き捨てたのはサファイアの本音だった。

「どうするんです、もうっ!」

「それは想定してなかったけど。今日、茶番を演じてまでフィリクスが伝えてくれたのだ。他の貴族や公子たちは、大公の厳命を本気で受け止めてはいない。今後、アイリスは狙われるだろう。誘拐もありうる。そのために、フィリクスは私的な宴会に乱入しても追い払われる程度ですむ間柄だと、アピールしてくれたのだがね」

「だったら、まじでアイリスを取り込む……おつもりですか。彼女が、お師匠さまに次ぐ魔力の持ち主だから、誰かの陣営のものになるのは防ぎたいと」

「そこまで私を鬼畜だと思うのかな? だから、ルビー=ティーレをここに連れてこなかったの? あの子は、正義漢だからね」

「え、いや……それは」
 鬼畜だとは言ってませんよと、サファイア=リドラは口ごもった。

「最初の予定より、お披露目を一年早める。もともと、許嫁は生まれたときから決めてあるのだから、その席で、公に発表することとする」

「え?」
 サファイアは耳を疑った。
「許嫁? 生まれたときから決まってるんですの?」

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