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第六章 アイリス五歳

その22 甘く危険な微笑

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         22

 名前を聞いてなかったと気づいた。

 タイガーアイが印象的だった、美青年の大きな背中に……

 デジャヴ。
 いつか見たことがあるような?

 ふいに背筋が総毛立って、ゾクゾクした。

 恐い!
 あの青年が、その姿が、カルナックさまに近づくのは嫌だ。
 なんでそんなこと思ったのかは自分でもよくわからないけれど。
 強烈な、抗いがたい欲求。

 あたしはやっと五歳になったばかりで、お出かけもしたことない。
 家族と親戚と、カルナックさま。コマラパ老師さま。それにサファイアさんやルビーさんたちを含めて、魔導師協会の人たちとしか、知らない。
 今回だって、顔を見せないための薄いヴェールをかぶってる。
 代父母さま、代兄姉さまになってくださったアンティグア家のかたがたや、魔導師協会の生徒、トミーさんとニコラさん、グレアムさんたちには、カルナックさまが抱き上げてくれて、少しだけ顔が見えるようにヴェールを持ち上げて挨拶したの。
 これはとても薄いけど、魔法がかかっているから、見せたくない相手には、しっかりと姿を隠してくれる。

 そう、あの青年の、タイガーアイからも。
 
 名乗らないままに会場を去った彼は、身分の高い人に違いない。
 身に付けていた衣装の豪華さ、きらびやかな金髪、何より『王家の証』と言われている、金茶色の瞳……。
 まず間違いなく、大公閣下に連なる方、少なくとも近しい血筋の方だろう。

 けれども、あたしは。
 そのことに驚いたり、光栄に感じたりするよりも、そんな『特別な身分の』青年を、カルナックさまがはねつけたことが、嬉しかった。

「あたし、わがままだわ」
 ひとりごとだったのに、サファイアさんは、聞き逃さなかった。

「どうしたの、アイリスちゃん。今日は、あなたのお祝いの日なのよ?」
 カルナックさまに似た、黒髪と、底知れない瞳をしたサファイアさんは、笑顔で、飲み物を差し出してくれる。
 ひとくち、甘い果実水を飲んで、あたしは溜息をついた。

「あたし、あのひとに、やきもちやいたんです」

「あら。それはいいことね」
 サファイアさんは、微笑む。

「あたし、悪い子だわ。あのひとが、カルナックさまに近づいてほしくなかったの」
 涙が、ぽろりとこぼれた。

「それは自然な感情よ。大切にしなさいね」
 サファイアさんはとても優しい。
「アイリスちゃんはまだ五歳の幼女だから。なんでも、望んで良いの」

 青年を見送って、戻って来たカルナックさまが、近づいてくる。
「どうした、サファイア」

「お師匠様! もっとアイリスちゃんのそばにいてください。今日の主役なんですからね」

「うん、そうだね、すまなかった」

 みんな、優しすぎる。
 そんなだと、あたしはきっと、ずっと、勘違いしたままです。

「なんでも望んで。私にできることならなんでも、かなえてあげる」

 それはとても、甘く危険な……微笑みでした。

 
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