196 / 359
第六章 アイリス五歳
その21 金茶色のタイガーアイ
しおりを挟む
21
「パーティ会場はここであってるよね!?」
風のように大食堂に飛び込んできた青年は、カルナックお師匠さまを見つけ、こう叫んだ。
「おお! マイハニー!」
たいそう嬉しそうだけれど。
それは彼だけだったみたい。
まさにその瞬間、空気が変わったわ。
さーっと、体感温度が凍り付きそうに下がったの。
特に、呼びかけられた当人であるカルナックお師匠さまの表情が、複雑だった。
親しみを持っているのは感じられたけれど、あたしを抱っこしてくださっている腕が、少しだけこわばったから。必ずしも好意だけではないような気がしたの。
お師匠さまを困らせるなんて。
……誰、これ?
そう呟いてしまった、あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルです。
あたしは今日、この国の子どもたちが五歳の三月に迎える『代理父母』さまとの儀式を、首都の中心部にある星辰神殿に出かけて、行った。
とどこおりなく儀式が終わったあと、みんなで公立学院の大食堂に移動した。
神殿のシャンティ司祭さまが、すごく乗り気で、お祝いをしましょうって話がとんとん拍子に進んで。学院を選んだのも司祭さまなのです。
そしてここは、宴会が繰り広げられていた会場。
集まっているのはお父さまお母さま、エステリオ・アウル叔父さまと、『代理父母』になってくださったアンティグア家のご夫妻と、そのご子息であるエルナトさま、ご令嬢のヴィーア・マルファさま。
神殿からは、どうみても大神官に違いないのに「一介の司祭です」と言い張るシャンティさま、司祭さまの護衛をつとめる衛士にして某国のやんごとなき高貴な家名をお持ちのミカエルさま(二人とも、隠しているおつもりらしいので身分には触れませんが)
カルナックさま、コマラパ老師さま、本来はカルナックさまの護衛で、あたし、アイリスの家に派遣されてるサファイアさん、ルビーさんたち、トミー、ニコラ、グレアムさんたち、学院の寄宿生たちがたくさんという大所帯で、賑やかに宴をしていたところ。
なのに、突然、あたし、アイリスにとってはまったくの初対面な、見知らぬ青年が乱入してきたのだから。
青年は、すごく嬉しそう。
カルナックさまに駆け寄って手を取ろうとして……
「寄るな」
ばしっと、はねつけられた。
「ええっひどい」
傷ついたように言った青年の姿に、なぜだか、あたしは大きな犬の幻が重なって見えた。
「ひどいもクソもあるかバカ者!」
カルナックさまに容赦ない罵声をあびせられた青年は、なぜだか、うっとりした。
「ああ、たまらない……」
あれ?
そこ、喜ぶとこです?
おかしくないかしら?
美丈夫という表現がある。
まさに、そのとおりの姿。
年頃は二十代半ば。
身長は2メートル近くあるだろう。カルナックお師匠さまより頭一つ背が高い。
ついでに言えば鍛え上げられた筋肉は盛り上がり、戦士のようだ。
癖のある、赤みを帯びた金髪が、ふさふさと肩へと降りかかっているさまは、野性的だった。
金茶色の、タイガーアイのような瞳は王侯貴族に特有のものだと、誰でも周知している。
生まれながらの王者。
なのに、叱られてなおかつ喜ぶなんて……
大きいのに。
駄犬?
「呼ばれていないのに、押しかけてくるな。サファイア!」
「はい、お師匠様」
すぐさまサファイアさんがやってきた。
「この子を隠せ」
カルナックお師匠さまは、腕に抱いていたあたしを、身体を覆っている白いヴェールごと持ち上げて、サファイアさんに預けた。
「かしこまりました。このサファイアにお任せください」
「……サファイアさん」
しっかりと抱き留められて、ほっと息をついた、あたし。
自分でも忘れかけてたけど、儀式の前に、顔を隠す薄いヴェールを被っていたの。
その上から銀のサークレットで抑えていて、しかもカルナックお師匠さまに魔法をかけてもらっているから、ちょっとやそっとじゃ外れないようになっている。
内側からは……つまり、あたしの視界は遮られないけど、外からは、あたしの顔は見えない。
儀式用にあつらえた白いドレスのスカートと、ヴェールからはみ出している髪の色くらいはわかるかしら。
「その子が、あなたのお気に入りの」
タイガーアイが、きらっと光ったような……?
「黙れ。口にするな」
「お披露目前だからですか」
美青年。
カルナックお師匠さまは、唇に指を当てて。
「精霊の怒りをかいたくなければ、それ以上は近づくな。口を開くな」
そして、息を吐いて。
「いずれ正式に会わせるまで待て」
断ち切るように、言った。
「では、この場は引き下がりますよ。愛しいあなたのために」
大仰な仕草で、頭を垂れて、青年は立ち去る。
その後ろ姿に、あたしは。
デジャヴ……
どこかで、あの背中を見なかったかしら?
だけど、それは、いつ?
あたしは、今日まで、家の外へ出たことなんてないのに……?
ああ、そういえば。
タイガーアイの美青年、名前も聞かなかったわ。
「パーティ会場はここであってるよね!?」
風のように大食堂に飛び込んできた青年は、カルナックお師匠さまを見つけ、こう叫んだ。
「おお! マイハニー!」
たいそう嬉しそうだけれど。
それは彼だけだったみたい。
まさにその瞬間、空気が変わったわ。
さーっと、体感温度が凍り付きそうに下がったの。
特に、呼びかけられた当人であるカルナックお師匠さまの表情が、複雑だった。
親しみを持っているのは感じられたけれど、あたしを抱っこしてくださっている腕が、少しだけこわばったから。必ずしも好意だけではないような気がしたの。
お師匠さまを困らせるなんて。
……誰、これ?
そう呟いてしまった、あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルです。
あたしは今日、この国の子どもたちが五歳の三月に迎える『代理父母』さまとの儀式を、首都の中心部にある星辰神殿に出かけて、行った。
とどこおりなく儀式が終わったあと、みんなで公立学院の大食堂に移動した。
神殿のシャンティ司祭さまが、すごく乗り気で、お祝いをしましょうって話がとんとん拍子に進んで。学院を選んだのも司祭さまなのです。
そしてここは、宴会が繰り広げられていた会場。
集まっているのはお父さまお母さま、エステリオ・アウル叔父さまと、『代理父母』になってくださったアンティグア家のご夫妻と、そのご子息であるエルナトさま、ご令嬢のヴィーア・マルファさま。
神殿からは、どうみても大神官に違いないのに「一介の司祭です」と言い張るシャンティさま、司祭さまの護衛をつとめる衛士にして某国のやんごとなき高貴な家名をお持ちのミカエルさま(二人とも、隠しているおつもりらしいので身分には触れませんが)
カルナックさま、コマラパ老師さま、本来はカルナックさまの護衛で、あたし、アイリスの家に派遣されてるサファイアさん、ルビーさんたち、トミー、ニコラ、グレアムさんたち、学院の寄宿生たちがたくさんという大所帯で、賑やかに宴をしていたところ。
なのに、突然、あたし、アイリスにとってはまったくの初対面な、見知らぬ青年が乱入してきたのだから。
青年は、すごく嬉しそう。
カルナックさまに駆け寄って手を取ろうとして……
「寄るな」
ばしっと、はねつけられた。
「ええっひどい」
傷ついたように言った青年の姿に、なぜだか、あたしは大きな犬の幻が重なって見えた。
「ひどいもクソもあるかバカ者!」
カルナックさまに容赦ない罵声をあびせられた青年は、なぜだか、うっとりした。
「ああ、たまらない……」
あれ?
そこ、喜ぶとこです?
おかしくないかしら?
美丈夫という表現がある。
まさに、そのとおりの姿。
年頃は二十代半ば。
身長は2メートル近くあるだろう。カルナックお師匠さまより頭一つ背が高い。
ついでに言えば鍛え上げられた筋肉は盛り上がり、戦士のようだ。
癖のある、赤みを帯びた金髪が、ふさふさと肩へと降りかかっているさまは、野性的だった。
金茶色の、タイガーアイのような瞳は王侯貴族に特有のものだと、誰でも周知している。
生まれながらの王者。
なのに、叱られてなおかつ喜ぶなんて……
大きいのに。
駄犬?
「呼ばれていないのに、押しかけてくるな。サファイア!」
「はい、お師匠様」
すぐさまサファイアさんがやってきた。
「この子を隠せ」
カルナックお師匠さまは、腕に抱いていたあたしを、身体を覆っている白いヴェールごと持ち上げて、サファイアさんに預けた。
「かしこまりました。このサファイアにお任せください」
「……サファイアさん」
しっかりと抱き留められて、ほっと息をついた、あたし。
自分でも忘れかけてたけど、儀式の前に、顔を隠す薄いヴェールを被っていたの。
その上から銀のサークレットで抑えていて、しかもカルナックお師匠さまに魔法をかけてもらっているから、ちょっとやそっとじゃ外れないようになっている。
内側からは……つまり、あたしの視界は遮られないけど、外からは、あたしの顔は見えない。
儀式用にあつらえた白いドレスのスカートと、ヴェールからはみ出している髪の色くらいはわかるかしら。
「その子が、あなたのお気に入りの」
タイガーアイが、きらっと光ったような……?
「黙れ。口にするな」
「お披露目前だからですか」
美青年。
カルナックお師匠さまは、唇に指を当てて。
「精霊の怒りをかいたくなければ、それ以上は近づくな。口を開くな」
そして、息を吐いて。
「いずれ正式に会わせるまで待て」
断ち切るように、言った。
「では、この場は引き下がりますよ。愛しいあなたのために」
大仰な仕草で、頭を垂れて、青年は立ち去る。
その後ろ姿に、あたしは。
デジャヴ……
どこかで、あの背中を見なかったかしら?
だけど、それは、いつ?
あたしは、今日まで、家の外へ出たことなんてないのに……?
ああ、そういえば。
タイガーアイの美青年、名前も聞かなかったわ。
10
お気に入りに追加
276
あなたにおすすめの小説
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる