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第六章 アイリス五歳
その10 シャンティとミカエル
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10
五歳になる年の3月は、イル・リリヤ女神さまの月で、代父母の儀が執り行われるならわし。
この儀式が終われば、実際の生まれ月はともかく、その年に限って『数え年』で儀式のあとはもう五歳という扱いになるのです。
儀式はとどこおりなく終わりました。
「これから、私たちはアイリスちゃんの父母も同じよ。嬉しいわ、こんなにかわいい娘ができるなんて」
「もしも万が一、どんなことが起こっても、必ず守り通してみせますよ。どんどん頼ってください」
豪商とはいえ平民にすぎないラゼル家にとって、アンティグア家の方々の申し出はたいそう心強いものでした。
これが後ろ盾というものなのね。
「よかった、無事に終わって」
お父さまもお母さまも、エステリオ叔父さまも。みんな心底安心したように、ほっとしています。
「代父母さま、どうぞよろしくおねがいしますね」
「まあ! なんてかわいい!」
代母さまは感極まったように声をあげました。
萌えポイントに触れたみたい!?
儀式が神殿で行われたから、執事さんやメイドさんや乳母やのサリーや小間使いのローサには同席してもらえなかったのが少しだけ残念です。
ところで……
「やったー! さあ、宴会しましょう!」
儀式が終わったとたん、踊り出しそうなようすで声をあげた人がいました。
それは、シャンティ司祭さま。
「宴会って! それはないです! 神殿ですよ!」
シャンティ司祭さまをいさめたのは、ミカエル衛士さまでした。
「やだなあ。かたくるしい。もう、そんなの、なしなし! 無礼講!」
鼻歌まじりに踊り出すシャンティ司祭さま。
「じゃあ、どこにする?」
カルナックお師匠さまが止めに入る人だとは、あたしも思っていなかったですけれども!
「神殿の外ならかまわんじゃろう。学院はどうだ」
コマラパ老師まで!
「それいい! わたしも二百年前くらいまで学生寮の舎監をしていましたしね! 抜け道はまだそのままでしょう。良い酒があるんですよぉ」
シャンティ司祭さま、初耳ですけどいろいろと問題なのでは?
「酒はだめです! 若様、ご自分で思ってらっしゃるよりずっと、酒に弱いんですよ! それで何度失敗したと思ってるんです!」
もしかしたらこの場で一番の常識人は、ミカエルさまかもしれません。
なぜなら、我が家の全員も。
アンティグア家のご家族さまも。
みんな、シャンティ司祭さまの提案にノリノリで、大賛成だったから!
きっと、緊張の糸が切れたのね……。
あたしも、四歳十一ヶ月の幼女的に体力の限界がきたみたい。
ものすごい眠気に襲われて、気を失うように眠ってしまった……
※
起きてみたら、宴会場でした。
魔導師教会の学生寮には、秘密の宴会場があったのです!
アイリスとしては、人生初の魔導師教会、初の学生寮入りが、こういう状況で、よかったのかしら?
学院長のカルナックさま、副長のコマラパさま、シャンティさまも主催側だもの。
学生たちも何人かいるし。
代父母さまとお父さまお母さまも楽しそうに語らっています。
「起きたの、アイリス」
エステリオ叔父さまが、抱っこしてくれていました。
「アンティグア家も含めてみんな揃って、安心して宴会なんてできるのは、やっぱり学院くらいしかないからね」
ふふふと、笑う。
しょうがないなあ。
「叔父さまも楽しそうだから、いいわ」
あたしも、笑う。
飲み物は、あたしだけジュースだった。
シャンティ司祭さまは、昔はここの学生寮を取り仕切っている舎監をしていたのだって。
それで、すごく開放されたように楽しんでいるのね。
お酒に、ごちそう。
笑い声。
……あれ?
こんなこと、前にも、どこかで……
シャンティさま。
ミカエルさま……
ちがう。違和感がある。
「あのときは、ミハイルって名前だったもの」
口をついて出た、その直後。
「あれ? なんで、そう思ったんだろう……」
それは、あたし自身にもわからなかった。
「思い出してしまった?」
耳元で聞こえたのは、カルナックさまの声だったろうか。
「まだだよ。もうしばらくは、忘れていなさい」
とても優しいささやきで。
浮かび上がったかすかな疑念は、また、心の底に沈んでいった。
「それより、見てごらん。なぜアンティグア家は護衛を連れていないと思う? エルナトとヴィーア・マルファが、護衛も兼ねているんだよ」
カルナックお師匠さまの指し示すほうを見て、あたしは、さきほど感じていた記憶のかけらを、忘れた。
それくらい、驚いたの。
エルナトさまの髪が、水色に見えた。
ヴィーア・マルファさまの髪は、透き通った炎のように見えた。
カルナックさまは、淡々と、言う。まるで授業の、講義のように。
「学生寮を照らしている魔法のあかりの効果だよ。内面にあるものが見えている。エルナトは水の精霊、ヴィーア・マルファは、炎の精霊と、融合している」
精霊と、融合?
「守護精霊とは、ちがうのですか」
「うん、少し特殊な状況で契約したんだよ。……いつか、教えてくれるだろう」
五歳になる年の3月は、イル・リリヤ女神さまの月で、代父母の儀が執り行われるならわし。
この儀式が終われば、実際の生まれ月はともかく、その年に限って『数え年』で儀式のあとはもう五歳という扱いになるのです。
儀式はとどこおりなく終わりました。
「これから、私たちはアイリスちゃんの父母も同じよ。嬉しいわ、こんなにかわいい娘ができるなんて」
「もしも万が一、どんなことが起こっても、必ず守り通してみせますよ。どんどん頼ってください」
豪商とはいえ平民にすぎないラゼル家にとって、アンティグア家の方々の申し出はたいそう心強いものでした。
これが後ろ盾というものなのね。
「よかった、無事に終わって」
お父さまもお母さまも、エステリオ叔父さまも。みんな心底安心したように、ほっとしています。
「代父母さま、どうぞよろしくおねがいしますね」
「まあ! なんてかわいい!」
代母さまは感極まったように声をあげました。
萌えポイントに触れたみたい!?
儀式が神殿で行われたから、執事さんやメイドさんや乳母やのサリーや小間使いのローサには同席してもらえなかったのが少しだけ残念です。
ところで……
「やったー! さあ、宴会しましょう!」
儀式が終わったとたん、踊り出しそうなようすで声をあげた人がいました。
それは、シャンティ司祭さま。
「宴会って! それはないです! 神殿ですよ!」
シャンティ司祭さまをいさめたのは、ミカエル衛士さまでした。
「やだなあ。かたくるしい。もう、そんなの、なしなし! 無礼講!」
鼻歌まじりに踊り出すシャンティ司祭さま。
「じゃあ、どこにする?」
カルナックお師匠さまが止めに入る人だとは、あたしも思っていなかったですけれども!
「神殿の外ならかまわんじゃろう。学院はどうだ」
コマラパ老師まで!
「それいい! わたしも二百年前くらいまで学生寮の舎監をしていましたしね! 抜け道はまだそのままでしょう。良い酒があるんですよぉ」
シャンティ司祭さま、初耳ですけどいろいろと問題なのでは?
「酒はだめです! 若様、ご自分で思ってらっしゃるよりずっと、酒に弱いんですよ! それで何度失敗したと思ってるんです!」
もしかしたらこの場で一番の常識人は、ミカエルさまかもしれません。
なぜなら、我が家の全員も。
アンティグア家のご家族さまも。
みんな、シャンティ司祭さまの提案にノリノリで、大賛成だったから!
きっと、緊張の糸が切れたのね……。
あたしも、四歳十一ヶ月の幼女的に体力の限界がきたみたい。
ものすごい眠気に襲われて、気を失うように眠ってしまった……
※
起きてみたら、宴会場でした。
魔導師教会の学生寮には、秘密の宴会場があったのです!
アイリスとしては、人生初の魔導師教会、初の学生寮入りが、こういう状況で、よかったのかしら?
学院長のカルナックさま、副長のコマラパさま、シャンティさまも主催側だもの。
学生たちも何人かいるし。
代父母さまとお父さまお母さまも楽しそうに語らっています。
「起きたの、アイリス」
エステリオ叔父さまが、抱っこしてくれていました。
「アンティグア家も含めてみんな揃って、安心して宴会なんてできるのは、やっぱり学院くらいしかないからね」
ふふふと、笑う。
しょうがないなあ。
「叔父さまも楽しそうだから、いいわ」
あたしも、笑う。
飲み物は、あたしだけジュースだった。
シャンティ司祭さまは、昔はここの学生寮を取り仕切っている舎監をしていたのだって。
それで、すごく開放されたように楽しんでいるのね。
お酒に、ごちそう。
笑い声。
……あれ?
こんなこと、前にも、どこかで……
シャンティさま。
ミカエルさま……
ちがう。違和感がある。
「あのときは、ミハイルって名前だったもの」
口をついて出た、その直後。
「あれ? なんで、そう思ったんだろう……」
それは、あたし自身にもわからなかった。
「思い出してしまった?」
耳元で聞こえたのは、カルナックさまの声だったろうか。
「まだだよ。もうしばらくは、忘れていなさい」
とても優しいささやきで。
浮かび上がったかすかな疑念は、また、心の底に沈んでいった。
「それより、見てごらん。なぜアンティグア家は護衛を連れていないと思う? エルナトとヴィーア・マルファが、護衛も兼ねているんだよ」
カルナックお師匠さまの指し示すほうを見て、あたしは、さきほど感じていた記憶のかけらを、忘れた。
それくらい、驚いたの。
エルナトさまの髪が、水色に見えた。
ヴィーア・マルファさまの髪は、透き通った炎のように見えた。
カルナックさまは、淡々と、言う。まるで授業の、講義のように。
「学生寮を照らしている魔法のあかりの効果だよ。内面にあるものが見えている。エルナトは水の精霊、ヴィーア・マルファは、炎の精霊と、融合している」
精霊と、融合?
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