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第六章 アイリス五歳

その8 虚空の間

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「では、まいりましょう」
 とても上品で優しそうな美青年司祭、シャンティさまは、奥の方へ向けて、先に立って歩き出しました。
 短い銀髪の青年は、シャンティ司祭の脇を歩いています。
 このひとは、司祭さまの護衛なのかしら。

 あたしは、お父さまお母さま、エステリオ・アウル叔父さま、付き添いの二人のメイドさんと、サファイアさんとルビーさん、そして双子のパウルくんとパオラさんと合流した。
 観光ツアーの団体みたい。
 お目付役というかツアーガイドがカルナックお師匠さまとコマラパ老師さま、というところ。

 お母さまが、手を握ってくださった。
 パウルくんはルビーさん。パオラさんはサファイアさんに手をつないでもらっている。

「あちらのご家族の方々も、もうじきに到着しますよ」
 シャンティさま、とても気さくで親切な方だわ。

 やがて、最初の広間を通り、次の広間へ。

「着きましたよ、ここが『虚空の間』です」
 シャンティ司祭さまの誇らしげな声が聞こえる。

 あたしは、周囲を見回して……
「うわぁ」
 思わず声が出た。

 お父さま、お母さまも、エステリオ・アウル叔父さまをはじめ、家族の誰も、驚いたようすはなくて、落ち着いている。きっと見慣れている眺めなのだろう。

 あたし、アイリスは、ここを初めて訪れたのだから、興奮するのは、しょうがないじゃない。

 さっきの広間よりも大きい。
 驚いたのは、壁に描かれている図を見たから。

 白い壁に、群青の、海。
 巨大な絵が描かれていた。
 海の青のよう。夜空をあらわしているようにも思えた。
 その中に、不思議な絵が。

 小さな白い円のまわりをとりまく、八つの円環。その円環の中には、さまざまな大きさの丸い光点が位置して。
 こ、これは……!

「太陽系!?」

 それに答えてくれたのは、カルナックお師匠さまだった。

「その名は口にしないことだ。聖堂教会の記録によれば、あれは『失われた理想郷』『白き太陽の統べる古き園』を描いたものだよ」
 カルナックさま、楽しそう。

「聖典には、こう記されている。かつて白き太陽神の加護を受けし古き園あり。
 長きにわたる繁栄を享受し人々は天地に満ちる、と」

「神話?」

「ああ、そんなようなものだな。あとは、ありきたりさ。
 やがて人々は堕落し神々の怒りに触れ、滅びる。
 そして……古き園は、永遠に失われる。
 教典には、こう記されている。
 ……
 先人の罪を贖うために生まれたる、幼き咎人たちを哀れみしは夜と死を支配する真月(まなづき)の女神。
 その白き腕(かいな)に咎人(とがびと)たちを抱き、虚ろの空の大海を渡りぬ。
 ……とね。
 神話なんてものは、たいがい似ているよ。楽園喪失、追放。新たな『約束の地』にたどり着く。
 ……ま、このくらいにしておこう。きょうの目的は、歴史をひもとくことではないから」

 お師匠さまは、くすくすと笑う。

「きみたちの代父母、義理のきょうだいになろうという人たちとの対面だ。さあ、儀式の場所に行こう」

 そこは、虚空の間の中心。
 石造りの、丸い水盤があって。
 清らかな水があふれ、こぼれ落ちている。

 儀式のために整えられた施設だ。

「もうじき、やってくるよ」

 義理の子、となる、あたしたちは、気持ちを落ち着けて、待つだけ。

 しばらくして、どこかから、しゃらしゃらと、きれいな音が響いてきた。
 先触れの鈴。
 従者のひとが、鳴らしているのだ。

「いらっしゃったわ」
 お母さまが、緊張した声で、ささやいた。

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